[ロンドン、ブリュッセル発]21日、ブリュッセルで開かれた欧州連合(EU)首脳会議は、エマニュエル・マクロン仏大統領が「英・EU合意が英下院で可決されないなら『合意なき離脱』になる」と最後通牒を突き付けたため、テリーザ・メイ英首相はギロチンの下に首を差し出した状態になった。英国のEU離脱に出口はあるのだろうか。(在ロンドン国際ジャーナリスト・木村正人)
英国で永住権を取得した筆者にとって3月29日に「合意なき離脱」に突入すると、生活の変更を強いられる恐れがある。現地時間の午後3時半に始まった交渉で6月30日までの離脱延期を申し入れたメイ首相は各国首脳から90分にわたって問い詰められた。
230票、149票という歴史的な大差で2度も敗れた英下院での3度目の採決についてメイ首相の見通しはなく、急先鋒のマクロン大統領は可決の可能性を10%から5%に引き下げた。ドナルド・トゥスクEU大統領(首脳会議の常任議長)は「それでも楽観的」とあざ笑った。
英BBCのカティア・アドラー欧州特派員によると、メイ首相は「合意なき離脱」というボタンをEUが押すのを待っているかのように見えたと関係者はブリーフした。メイ首相はこのあと退席させられ、窓のない部屋で待機させられたと報じられている。
午後7時に記者会見が開かれる予定だったが、メイ首相を外しての協議は4時間も続き、離脱後も英国と良好な関係を維持したいアンゲラ・メルケル独首相、オランダ、ポーランドがマクロン大統領をなだめる形で3月29日の「合意なき離脱」は何とか回避された。
■状況はレッドゾーンに
離脱合意が英下院で承認された場合、5月22日まで離脱期限を延期。合意が否決された場合は4月12日まで延期し、英国が5月の欧州議会選に参加するかを伝えるという2段構えだ。離脱にこだわるメイ首相は依然として欧州議会選への参加には否定的だ。
一報を聞いてホッと胸をなで下ろした。自宅でニュースをチェックしてもらっていた妻も同じ感想だった。しかし、一度はゼロ同然になった「合意なき離脱」リスクを50%に引き上げた市場アナリストもいるほどだ。状況はレッドゾーンに突入している。
しかし、その一方で、どうしようもない怒りを抑えることができなかった。北アイルランド・アイルランド間に「目に見える国境」は復活させないとバックストップ(安全策)で非妥協的な姿勢を貫いてきたEU側が「合意なき離脱」を許容するとは――。
そんなことをすれば英国の強硬離脱派とEU懐疑派を喜ばすだけだ。北アイルランド紛争を蘇らせないというのは奇麗事で、バックストップはやはり英国を縛り付けるための方便だったのか。
政治に翻弄されるのは、いつも額に汗して真面目に働く労働者なのだ。メイ首相も、EU各国首脳も「合意なき離脱」がどれほど労働者を苦しめるのか、真剣に考えてもらいたい。仕事を失うことがどれほど大変か、自分のこととして受け止めてほしい。
マクロン大統領は「鳴かぬなら殺してしまえ時鳥(ほとどきす)」(織田信長)タイプで、生硬過ぎる。フランス国内を見ても敵を先鋭化させている。EUはまだまだ「鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥」(徳川家康)タイプのメルケル首相を必要としている。
■英国内に渦巻くメイ首相退陣論
英国の政治不信はピークに達し、ロンドン中心部で行われた離脱撤回や2回目の国民投票を求める行進は過去最大級の100万人を上回った。英議会に離脱撤回を求める電子署名はアッという間に500万筆を突破した。メイ首相の退陣を求める声は閣内、党内、議会内、国内に渦巻いている。
手詰まりのメイ首相はテレビ演説で「英国は内紛や政争、難解な手続き論、EU離脱しか議論しない議員に辟易している」と議会に責任をなすりつけたが、その議会に進むべき道を示してもらうしかない。英国の選択肢は次の七つだ。
(1)離脱手続きの撤回、EU残留
(2)2回目の国民投票
(3)メイ首相の合意+関税同盟・単一市場へのアクセス。ノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインと同じように欧州経済領域(EEA)に参加
(4)メイ首相の合意+関税同盟。最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首の案
(5)メイ首相とEUの離脱合意
(6)自由貿易協定(FTA)。EU・カナダ包括的経済貿易協定(CETA)に上乗せする案。強硬離脱派が主張
(7)「合意なき離脱」
トゥスク大統領は首脳会議の記者会見で、英・EU合意に基づく離脱、「合意なき離脱」、離脱期限の大幅延長、離脱撤回の四つの選択肢が残されていると説明したが、マクロン大統領らはノルウェー型の超ソフトブレグジット、英・EU合意、「合意なき離脱」の3択を英国に迫るとみられている。EU側は「合意なき離脱」が最もあり得るシナリオと警戒を強めている。
首脳会議最終日の22日、EEAの25周年を祝うイベントが行われた。英国がノルウェー型の超ソフトブレグジットを選択すれば、30周年のイベントにはノルウェーやアイスランド、リヒテンシュタインの首脳と肩を並べて参加するのだろうか。
その様を想像するだけでも、どれだけブレグジットが馬鹿げているかが分かろうというものだ。過去の栄光にすがるしかない英国の姿はあまりにも惨め過ぎる。
<筆者紹介>
木村正人(きむら・まさと)
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で事件記者をした後、政治部・外信部のデスクを経験。2002~2003年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州絶望の現場を歩く』『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』、共著に『税金考』『現代ひったくり事情』『戦後史開封』がある。
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