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<特別寄稿>グリーンディール産業計画と欧州経済の復興(上)

欧州では、差し当たりエネルギー・食品価格の高騰が終息したものの、コアインフレ率は高止まりしている。これに対して、欧州中央銀行(ECB)が8会合連続で利上げし、今後も継続すると表明したことも響き、景況感は悪化している。欧州連合(EU)の鉱工業生産指数は4月以降上昇に転じてはいるが、6月の総合PMI(購買担当者景気指数)は2020年初以来最低を記録し、これまで比較的楽観的であったドイツ景気期待指数(ZEW)や投資家信頼感指数(Sentix)も悪化している。

同時に、世界的なグリーン補助金競争が激化している。中国は、電気自動車(EV)の普及に公的資金を投入し、今や欧州を越えて世界最大のEV供給国である。米国は、インフレ抑制法(IRA)によって再エネやEV関連分野に3,700億ドルを投じる計画だ。既にドイツの自動車大手フォルクスワーゲン(VW)や高級車大手BMWといった欧州企業が米国でバッテリー工場を建設するなどの動きがあり、欧州の産業空洞化の懸念さえ取り沙汰されている。(立教大学経済学部教授・蓮見雄)

■グリーンディール産業計画と欧州経済安全保障戦略

こうした状況下で、欧州経済を下支えしつつ脱化石燃料を加速し、拡大が予測されるグリーンビジネスの主導権を確保することによって、欧州産業の復興を目指して、23年2月に公表されたのがグリーンディール産業計画である。EUの中期予算と復興基金の約30%、5,470億ユーロがその資金的裏付けであるが、これに加えて欧州主権基金構想が打ち出されていた。

6月には、欧州経済安全保障戦略の一環として、デジタル、グリーン、バイオの3分野の先端技術を支援する欧州戦略技術プラットフォーム(STEP)を新設し、支援対象となるプロジェクトに「主権認定(Sovereignty Seal)」を付与するとの提案がなされている。STEPによる支援は1,600億ユーロとされているが、その大半は既存のEU予算によるもので、追加資金の純増は100億ユーロにとどまる。

しかし、支援額の多寡もさることながら、より重要なことは、同計画が官民連携を前提とした欧州新産業戦略を基礎としていることである(図)。20年3月の新産業戦略は各重要産業部門における連携(アライアンス)を推奨し、産業支援を打ち出した。同戦略は、21年5月にアップデートされるが、特に重要な6分野において、産学官連携に基づきカーボンニュートラル実現への移行経路を共創する方針が示され、水素など新分野を欧州共通利益プロジェクト(IPCEI)で支援する方針が示された。

そして、グリーンディール産業計画は、予測可能でシンプルな規制環境を構築し、民間投資と人材を呼び込み、サプライチェーン(供給網)を強靱化(きょうじんか)し、欧州産業の戦略的自律性にとって重要な産業の発展を促そうとするものである。

新産業戦略からグリーンディール産業計画へ=筆者作成

新産業戦略からグリーンディール産業計画へ=筆者作成

■復興の鍵を握るグリーンディール産業計画の要点

同計画は、(1)ネットゼロ産業法案、(2)重要原材料法案、(3)電力市場改革法案、(4)水素銀行構想などから成る。

現在は太陽光パネルのウエハーの90%以上、EV・バッテリーの25%以上を中国に依存し、中国は世界のネットゼロ産業技術製造施設投資の90%以上を占める。また欧州経済安全保障戦略は、サプライチェーン、基幹インフラの物理的セキュリティー・サイバーセキュリティー、技術セキュリティー・技術漏えい、経済的依存・威圧のリスクを指摘している。

そこで、(1)ネットゼロ産業法案は、戦略的ネットゼロ技術(太陽光・太陽熱、陸上・洋上再生エネ、バッテリー、ヒートポンプ・地熱、電解装置、バイオガス、二酸化炭素(CO2)回収・貯留(CCS)、電力グリッド)について、30年までに需要の40%以上を域内生産することを目指して、産業支援を強化する方針を示した。(2)重要原材料法案も、デジタル×グリーンに不可欠な金属鉱物資源について、域内調達比率を高め(採取10%、精錬40%、リサイクル15%)、65%以上を特定の国に依存しないとの目標値を設定し、企業のモニタリング、備蓄、共同調達などを提案している。(3)太陽光・風力発電など変動型再エネ電源(VRE)が倍増するが、それを有効に産業利用するには、供給・価格の安定が欠かせない。そこで、電力市場改革法案は、長期契約と政府保証(PPA)と政府が固定額を設定し、市場価格との差額を生産者・消費者に補償する双方向差額契約(CfDs)を提案し、VRE投資を刺激しようとしている。(4)ロシア産化石燃料への依存を断つ「リパワーEU」計画の新機軸は、再生エネ電力由来のグリーン水素の産業利用によりネットゼロを加速することだが、現状では水素の商流は未形成でコスト高である。そこで、水素の需要・価格情報を整備し、水素インフラ投資を支援し、水素市場形成に民間投資を呼び込もうとする枠組みが水素銀行構想である。

こうした施策が相まって、企業行動に変化をもたらすかどうかが、欧州経済の復興の鍵を握っている。

本稿の(下)では、米中などによる補助金合戦が繰り広げられる自動車分野における動きを取り上げる。

<筆者紹介>

蓮見雄(はすみ・ゆう)

立教大学経済学部教授。専門はEU経済、特にEUのエネルギー環境政策を中心に、EUとロシア、中国、そして日本との経済関係を視野に入れながら研究している。日本EU学会理事、日本国際経済学会理事、ユーラシア研究所事務局長。「NHKクローズアップ現代」、「BSプライムニュース」、「BS―TBS報道1930」などに出演。2023年1月31日に開催されたEMBビジネスウェビナーの講演、および本特別寄稿に関連する書籍として、編著『欧州グリーンディールとEU経済の復興』(文眞堂)などがある。


関連国・地域: EU
関連業種: マクロ・統計・その他経済

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