【タイ】
日本の魚を高鮮度で
電力いらずの保冷箱
日本のソフト開発会社が日本の生鮮魚類を高鮮度のまま東南アジアの消費地に届ける実証実験を進めている。特殊な保冷箱とIT技術を駆使し、8度以下を約5日間にわたって維持。輸送の間はいつでも鮮魚の状態や位置情報をモニターできる。温度維持に電力を使わないため、従来の鮮魚輸送に比べて運送コストの削減につなげられるという。信頼性の高い高鮮度の鮮魚を割安で提供することで、新たなニーズの創出を目指している。(NNAタイ 須賀毅)
鮮魚コールドチェーン実証実験で日本から届いた食材を使った料理の試食会が行われた=6月30日、バンコク(NNA撮影)
先月末、タイの首都バンコクの懐石料理店で、実証事業によって日本から運ばれた鮮魚を使った料理の試食会が開かれた。テーブル上には、日本から前日に届いたという鮮魚を使った料理が並んだ。ハマチの刺し身のしっかりとした食感や、ホタルイカを使った酢味噌あえなどの風味はまさに新鮮そのもの。
試食会に参加した商社や仲買人などからも「日本の鮮魚のイメージ向上と鮮度への安心感につながる。海外市場の拡大に影響を与えると思う」「温度管理が徹底しており、とても意味のある技術だと感じた」といった声が聞かれた。
特殊保冷箱とIT技術を活用
実証事業は、日本水産庁の「水産物輸出拡大連携推進事業」の一環として、ソフト開発を手がけるエム・ソフト(東京都台東区)が主体となって進めている、クラウドや電子タグ、ブロックチェーン(分散型台帳)といったIT技術を活用して、日本の産地から加工・流通、販売段階までのバリューチェーンを構築。東南アジアにおける日本産の生鮮魚類販売の安定・拡大を目指している。
熊本県天草市と富山市で水揚げされたハマチ、タイ、白エビ、ホタルイカなどの鮮魚を、温度変化が起きにくい特殊素材で作られた2層構造の保冷箱に格納して、タイとベトナムの消費地に輸送している。
保冷箱内には電子タグを設置し、3時間ごとに保冷箱内の温度や鮮魚の状態、現在地などをモニター。輸送時間を通じて、新鮮な状態を維持することができる。
一般の保冷箱の場合、箱内の温度などを確認する際、ふたを開ける必要があるため、高温のタイなどでは確認作業自体が保冷箱内の温度上昇につながる。実証中の輸送方法では、輸送中に「ZigBee タグ」と呼ばれる機器で定期的に取得した温度、湿度、傾斜などのデータを取得。リアルタイムでの発信が可能なほか、データは内蔵メモリーにも保存され、通信環境のない場所でも記録保持できる。保冷箱から約100メートル離れた場所からでもスマートフォンに接続したリーダーによりデータの読み取りが可能だ。電子タグや送信機の開発、ネットワークの提供にはKDDIのタイ法人、KDDIタイランドが技術協力している。
特殊素材の保冷箱は8度以下を最長118時間(約5日間)にわたって保持できる。タイであれば、全国どこでも発送時の温度を保ったまま届けることが可能だ。条件に応じて、保冷媒体をドライアイス、保冷剤、氷(ペットボトル)に変更することで、マイナス70度~プラス8度の範囲で温度設定を変更できる。温度保持には電気を使わないため、保冷車の燃費も高まり、一般の鮮魚輸送に比べてコストは3分の1程度に抑えられるという。
日本からタイへの鮮魚コールドチェーン実証実験の構成図
実証事業では「ZigBee タグ」と呼ばれる機器を使って定期的に冷温箱内の温度などのデータを取得。リアルタイムで発信が可能なほか、内蔵メモリーにも保存され、通信環境のない場所でも記録を保持できる(NNA撮影)
このほか、鮮魚の受発注と管理を簡素化し、オンライン化したクラウドシステムも開発。世界中どこからでもアクセスが可能であるため、24時間いつでも鮮魚の受発注ができる。
エム・ソフト傘下で、水産DX(デジタルトランスフォーメーション)の開発に携わるJMFITサービスの田窪三紀夫取締役は、「日本食が数多く受け入れられているタイでは差別化が必要だ。タイ市場に『高鮮度の鮮魚提供』という新たなニーズを創出し、日本の鮮魚の輸出拡大に貢献したい」と話した。
田窪氏は、実用化に向け、電子タグの一層の小型化とコスト削減を進めると説明。電子タグを小型化することで、小型の高付加価値商品などさまざまなモノを手軽に運ぶことができ、より多くの数量を一度に管理できるようになると話した。
一連の実証事業は2021年8月に開始。これまでにタイに3回、ベトナムに1回輸送した。22年8月末に終了することになっており、実証結果を踏まえ、半年後をめどに実用化を目指している。鮮魚以外にも、青果物や温度管理が必要な電子部品の輸送の効率化・コスト削減にも応用できる見込みという。
タイで根強い人気の日本食材
人口減少などによって日本の国内市場が縮小基調にある中、農林水産物・食品の輸出拡大は日本にとって重要な課題だ。日本の農林水産省によると、21年の農林水産物・食品の輸出額は前年比25.6%増の1兆2,382億円となり、初めて1兆円の大台を突破。日本政府は、25年に2兆円、30年に5兆円とすることを目標に掲げている。
21年の農林水産物・食品の輸出額のうち、タイ向けは9.5%増の441億円で、全体の3.8%を占め7番目。日系企業が数多く進出し、親日国として知られるタイには日本食を提供する店も多い。日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所によると、21年のタイにおける日本食レストラン店舗数は前年比6.7%増の4,370店となり、9年連続の増加となった。特に首都バンコク以外の郊外や地方で出店が増えており、日本の食材の潜在的なニーズはまだまだ高いと考えられている。
在タイ日本大使館の金城信彦二等書記官は「タイには、親日家で日本料理が好きな消費者が多いが、近年はさらに高品質な食材を求める消費者が増えている。現在、実証が進められている新たな輸送技術によって、信頼性の高い鮮魚がより多くのタイの消費者に迅速に届くようになることを期待している」と話した。
(2022年7月18日 NNAタイ版より)