【ミャンマー】
一番搾りこだわる
健康志向のゴマ油
日本の起業家が、ミャンマーで国産の高級ゴマ油を商品化した。ミャンマーのゴマ生産量は世界第2位で、特有の栄養素であるセサミンの含有量も高いが、大半が輸出され、国内にはパームなどの安価な輸入油が出回る。日本の技術を取り入れた健康志向の製品をつくり、中間層に訴求するとともに農家の支援にもつなげるのが目的だ。日本や周辺国にも展開し、ミャンマーゴマの潜在性を引き出したいという。(共同通信ヤンゴン支局 齋藤真美)
ヤンゴンの工場で行われる、ゴマ油の出荷作業=16日(NNA)
ゴマ油ビジネスに乗りだしたのは、日本の商社で食品分野を長く担当した市橋卓也さん(59)。地場の調理油輸入大手キュン・シュエ・ピー(Kyun Shwe Pyi)社、日本の老舗である山田製油(京都市西京区)との合弁会社「ミヤコフードミャンマー」を昨年に設立した。新型コロナの感染拡大や軍事クーデターの影響で遅延した当局の許認可が間近となり、本格販売に踏み切る。
国連食糧農業機関(FAO)の統計によると、2019年のミャンマーのゴマ生産量はスーダンに次ぐ2位。あまり知られていないが、日本のスーパーで売られる多くのゴマ製品にもミャンマー産が使用されている。
市橋さんらが事業化に向け、高血圧の予防や抗酸化作用があるゴマ特有の物質セサミンの含有量を調べたところ、ミャンマー産は100グラム当たり平均0.8%程度あり、他国産の0.6~0.8%を上回ることも分かった。
ゴマの栽培は樹木に実った房を乾燥直前に手でとり、シートを敷いて丁寧に房の中身を収穫する必要があるなど、機械化が難しい労働集約的な作業だ。ミャンマーは労賃が低く生産が盛んだが、質の良いものは輸出されており、パーム、ヒマワリなどが材料の安価な輸入油が国内市場の8割程度を占める。
実ったゴマをシートを敷いて収穫する農家の人々=マグウェー管区(ミヤコフードミャンマー提供)
国内では輸入油の使用が食生活に変化を及ぼし、肥満や糖尿病の患者が急激に増加した。健康に気を配る上位中間層や富裕層を中心に、代替となる良質な調理油が求められるようになっている。
ミヤコフードは、主産地の中部マグウェー管区の農家と契約し、最大都市ヤンゴンで月10トンまで生産できる工場を設けた。
ミャンマーのゴマ油生産では一般的に、搾る前のゴマに蒸気を当てて柔らかくする方法がとられるため、風味が損なわれていた。ミヤコフードは、山田製油の技術を取り入れ、最初の圧搾で出る「一番搾り」だけを使うことで、本来の香りや味の良さを保つ。搾油量を増やす化学溶剤も使わない。
一部の小売店では既に先行販売を始めた。価格はパーム油などを大きく上回るが、欧州から輸入されるようになったオリーブ油などと同水準になる。「健康志向の国産調理油は市場にないことから、良い反応を得ている」と市橋さん。ミヤコフードの公式フェイスブックでは、愛好者の現地人主婦が考案した料理例も掲載されるようになった。
農家の育成にも力を入れる。マグウェー管区の生産現場ではまず3軒を選定し、肥料の使い方やゴマの樹木の栽培方法を直接指導する取り組みを始めた。これからは、農村部でも普及するスマートフォンを利用し、農家同士が情報を共有できる生産履歴の管理システムをつくる構想も描く。
ミヤコフードのゴマ油を使った料理の提案(同社フェイスブックから)
日本に空輸のクラファンも
事業を本格化する一方で、今年2月の軍事クーデターの影響は深刻だ。国連機関は、政変による混乱で、年内にも国内の貧困層が、低所得者を中心に人口の半分に達するとも予測している。マグウェー管区でも「失職者が増え、家族全員の食べ物が十分に得られない世帯が増えている」(市橋さん)。
緊急支援のため、ミャンマー国内での本格販売に加え、日本市場向けにできたてのゴマ油を空輸するクラウドファンディングも実施した。商品の代金、加工費・管理費以外を農家の有機肥料購入費に充てる。
経済が政変前の状況に戻る明確な兆候はまだみえない。ただ、市橋さんは「潜在性のある市場であることは変わらず、産業を育てることが、人権を無視した独裁の抑止力にもなると信じている。日本の人々にもミャンマーのゴマの潜在性を知ってもらいたい」と話している。
(2021年9月21日 NNAミャンマー版より)