ビジネス書から語学本まで
アジア本NOW
ビジネスパーソンにおすすめのアジア関連書籍を、新刊を中心にセレクト。今回は、日本での生活経験もある豪州人ジャーナリストによる日本人論。訳を手がけたNNAオーストラリアの西原哲也が読みどころを紹介する。
外国人には奇妙にしか見えない
日本人という呪縛
国際化に対応できない特殊国家
デニス・ウェストフィールド(著)、西原哲也(訳)
2023年12月31日 徳間書店 1,870円 電子版あり
〈訳者が語る読みどころ〉
制度を疑わない日本人に喝
日本の伝統文化や現代ポップカルチャー、美しくおいしい日本食などに魅了されて、日本に「はまる」外国人旅行者は近年、アジア人に限らず欧米人にも非常に多い。30年以上前に来日したオーストラリア人のデニス・ウェストフィールド氏もその一人だった。
ところがいざ日本で働き、長年観察していると、洗練された顔とは裏腹に、奇妙で不可解な日本社会の仕組みが浮かび上がってきた。しかもその仕組みや構造は「日本人を幸福にしないものばかり」だというのに、当の日本人たちはそこから脱却する自由を持たないように見えた。
日本の新聞社での勤務経験を持つ知日派ジャーナリストでもある著者は、それを「日本人という呪縛(The Curse of Japaneseness)」と呼んだ。教育制度や社会、政治などで詳細な例を挙げて国民に覚醒を促した日本人論が本作だ。
東日本大震災といった大災害で、暴動や略奪を引き起こさない日本人のモラルの高さには、世界中から称賛の声が上がる。だが著者はそのことについて「東京のラッシュアワーの満員電車」とシンクロすると述べる。
人権や尊厳が守られるべき先進国の国民が、すし詰めで人権を蹂躙(じゅうりん)した満員電車でも不平不満を言わず、何十年も状況が改善されていないことが示すように「日本人は『困難な状況で声を上げる自由』を奪われているに過ぎない」と鋭く指摘している。
その背景には、日本人が「制度や仕組みに縛られ過ぎている」ことがある。象徴的な一つの例は、駐日オーストラリア大使を約7年間務め、現在は同国の外国投資審査委員会(FIRB)の理事長でもあるブルース・ミラー氏という大物へのインタビューで、日本では報じられなかった驚くべき内幕として語られる。
東日本大震災の際に、日本は重機空輸能力がなくて現場支援で困難に陥っていたところ、オーストラリアはC―17軍用輸送機(グローブマスター3)を提供しようと提案したが、日本は「外国の空軍輸送機を受け入れることが合法かどうか明確でなかったため」に、受け入れを拒否したという(結局、輸送機は「米軍を経由して」ようやく提供された)。
「法律の枠組みがないから、できない」という日本に対して、欧米諸国では「法律の枠組みがないから、できる」と臨機応変に判断される。
著者は、日本の行政や政治が制度や仕組みに縛られて動けないのは「国民一人一人に、自由があると知らされていないことにある」とし、その矛先は政治家やキャリア官僚だけではなく、権力の監視機関である新聞やテレビにも向けられる。また「『政治家』と『高級官僚』『新聞・テレビ』がスクラムを組んで日本の変革をかたくなに拒み、日本人から幸福感を奪ってきた」と断罪する。
外国人が日本の暗部を分析した本は多いかもしれないが、本書が興味深いのは著者の母国であるオーストラリアの教育制度や議会、選挙システムなどの仕組みを、日本の欠点を補う制度として紹介し、単なる批判本として終わらせていない点だろう。
特に、個人の特長や才能を生かした大学入試制度や選挙の「義務投票制度」、死票が限りなく少なくなる「優先順位記載方式」などは、日本の社会改革には非常に参考になるはずだ。
本書はまさに、日本国内で行政や政治家、メディアを疑うことを知らない一般の日本人の目を開かせてくれる内容だ。またオーストラリアの知識人が日本を分析した日本語書籍としても珍しく、シドニーの紀伊國屋書店では入荷直後からよく売れており、注文が絶えないという。
【著者】デニス・ウェストフィールド(Dennis Westfield)
1969年オーストラリア・アデレード生まれ。経済・外交ジャーナリスト。香港のサウスチャイナ・モーニングポスト紙記者などを経て、日本の地方新聞社の記者として取材活動。現在はオーストラリアと日本を拠点に、アジア太平洋諸国の政治・経済について幅広く取材している。
【訳者】西原哲也1968年長野県須坂市生まれ。早稲田大学社会科学部卒。93年に時事通信社入社。外国経済部記者などを経て、香港大学大学院アジア研究修士課程修了。NNA香港華南版編集長、中国総合版編集長を歴任し、現在NNAオーストラリア代表取締役。主な著書に『李嘉誠 香港財閥の興亡』(NNA)、『中国の現代化を担った日本 消し去られた日本企業の役割』(社会評論社)、『オーストラリアはいかにして中国を黙らせたのか 「静かなる侵略」を打破した外交戦略に日本は学べ』(徳間書店)など。