ビジネス書から語学本まで
アジア本NOW
ビジネスパーソンにおすすめのアジア関連書籍を、新刊を中心にNNA編集スタッフがセレクト。今回は、インドのごみ山問題を取り上げたノンフィクションと、鉄道好きの新聞記者が、中国やアジア各地の高速鉄道商戦の舞台裏を明かす1冊を紹介。
デオナール
アジア最大最古のごみ山
くず拾いたちの愛と哀しみの物語
ソーミャ・ロイ(著)、山田美明(訳)
2023年9月10日 柏書房 2,860円 電子版あり
廃棄物が映す人間の業と社会
高さは20階建てのビル相当。目に映るのは、腐った食べ物に、医療廃棄物、ガラスのかけら。そして時には、女児だったばかりに生まれてすぐに遺棄された赤子も。人々が捨てたありとあらゆる物が幾重にも積まれて、1世紀以上。今や見上げるほどのごみ山になったのが、インド西部の都市ムンバイにあるデオナールごみ集積場の光景だ。
人口増加が続くインドでは、ごみ問題が深刻化している。廃棄物を処理するインフラ整備が追いつかず、各地にごみ山が林立。火災も多発していて、噴煙による住民の健康被害も社会問題になっている。
著者はムンバイで低所得者への融資サービスを行うNPOの運営者。2013年から8年以上に渡りデオナールごみ集積場に通い、くず拾いをなりわいにする人々の生きざまを当事者目線でつづったノンフィクションが本作だ。
少女ファルザーナーとその家族を中心に描いたごみ山周辺の実態が興味深い。麓にはくず拾いたちが住むコミュニティーが広がり、ごみの買い取りショップや質屋も存在。貴重品を探し当てるために、競争相手が少ない夜勤専門であえて働く者もいるといい、拾ったネックレスを元手にビジネスを始め、中流階級に出世したという成功談を紹介する。
ただ、ごみ山から去ることができるのは一握り。事故によるけがは日常茶飯事で、ファルザーナーもブルドーザーの下敷きになる。慢性的なせきも当然のことだと、くず拾いを続ける人々の姿が切ない。
処理施設の新設やごみ山の移動など、問題解決に向け政府も取り組みを始めているものの、計画は二転三転。くず拾いが、インド社会にもはや不可欠である事実も無視できない。ごみ問題の根深さにため息が出るが、彼らの生きることへの貪欲さが救いだ。
鉄道と愛国
――中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた
吉岡桂子(著)
2023年7月13日 岩波書店 2,860円
高速鉄道ビジネスの激戦描く
日本の新幹線商戦を約30年間追う新聞記者であり、「鉄ちゃん」と呼ばれる鉄道オタクの一面も持つ著者。アジア各地に足を運び、高速鉄道計画の舞台裏に鋭く迫る。
第1部では新幹線の技術をあっという間に習得し、高速鉄道商戦で強力なライバルとなった中国の勃興を紹介。第2部の舞台はベトナム、ラオス、マレーシアなど、東南アジア各地を訪ねたルポが中心。現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」を掲げて攻勢を仕掛ける中国と日本のバトルを軸に、各国の思惑を解説する。
鉄道商戦は国のメンツのぶつかり合いでもある。それを示す政府や企業関係者らのコメントが生々しい。今年10月に開業したインドネシア高速鉄道は、日中の受注バトルの末に好条件を提案した中国が勝利。しかし、当初の計画とは違いインドネシア政府が国家予算を投入せざるを得なくなったことに「それみたことか」と吐露する日本の官僚。対して著者は「どちらを選ぶかは、造る国が決める話」と冷静さを忘れない。
各地の鉄道に乗りまくり、利用する庶民たちの声も細やかに伝える。鉄ちゃんならではの観察眼はさすがで、旅情を誘う。
「鉄道は、国家と個人、政治と経済、歴史と現在が交差し、越境しあう場所だ」という著者の言葉をかみしめて、鉄道旅に出たくなる1冊だ。