ビジネス書から語学本まで
アジア本NOW
ビジネスパーソンにおすすめのアジア関連書籍を、新刊を中心にNNA編集スタッフがセレクト。今回は、香港に強い思いを寄せるベテラン研究者による回顧録と、大学院でフィリピンパブを研究するうちにホステスと交際し、その後さらに地方都市で結婚生活を送るに至った一風変わった体験記を紹介する。
満腔、香港
香港! 香港?
樋泉克夫(著)
2023年9月7日 エイチアンドアイ 4,950円
文化大革命による上演禁止措置を逃れ、香港の「第六劇場」で演じられていた京劇の音源を収録。QRコードから楽しめる
数奇な運命をたどった都市の生きざま
「すべてを香港から学んだ。すべてを香港が教えてくれた。青春の一時期に香港を腹イッパイ味わい尽くした」
こんな熱っぽい書き出しで始まる本書は、華僑および華人ビジネス研究の第一人者(同書より)による香港回顧録。1970年代、留学生として同地で暮らした体験をつづると同時に、社会の変貌について歴史を深掘りしながら解説。毎日のように見ていたという京劇の作品紹介もあり、文化、政治、経済など多角的に香港を解き明かす500ページ超の大作だ。
70年代といえば、中国全土で文化大革命が巻き起こっていた時代。英国の支配下にあった香港では、混沌(こんとん)とした空気が広がりつつも自由を享受できていたと振り返る。
「東洋の魔窟」と呼ばれたスラム街・九龍城に魅了されて足しげく通ったエピソードなどは、無秩序さが魅力だった当時の雰囲気がたっぷり。「九龍城を膨らませれば香港に変身する」の一文には膝を打った。
アジアにおける華僑・華人ビジネスの実態を解説した補論は、同地に進出する日系企業関係者なら読んで損はないだろう。彼らが血縁や人脈を駆使していかにビジネスを拡大してきたか、その戦略について最新動向を盛り込みながら説明。「大中華圏経済圏」を俯瞰(ふかん)するのにうってつけだ。
植民地時代から現在まで、激動の歴史を歩んできた香港は「支配されながら支配する」の技を培ってきたと唱える。中国化が一層進むであろう今後、いずれその技が発揮されるはずだとして「悲観するには及ばない」という言葉に著者の切実な願いを感じた。
フィリピンパブ嬢の経済学
中島弘象(著)
2023年6月20日 新潮社 902円 電子版あり
国際カップルのリアルなお金事情
のどかな光景が広がる愛知県春日井市。地元の大学院で、在日フィリピン人女性の研究にいそしむ男子学生がいた。ある日、調査のため訪れたのが客引きに教えてもらったフィリピンパブ。偶然テーブルについたホステスの明るい人柄に引かれ、通ううちに恋愛関係に発展する。
彼が仰天したのが、ホステスたちの劣悪な生活環境。住まいは逃亡防止のために監視付きで、ゴキブリも同居。休暇は月たった2日で月給6万円。加えて、ビザのために偽装結婚をしている状況だった。恋人を助け出そうと、男子学生は暴力団の元に乗り込むが‥‥。
こんなまさかの実体験を、社会学の視点で執筆した『フィリピンパブ嬢の社会学』の出版から6年。無事結婚した2人の、その後の暮らしをつづった続編が登場した。
今作は「経済学」とあるが、妊娠を機にホステスを辞め、文化の違いに戸惑いながらも子育てをする妻の奮闘記が中心で、国際結婚を主題にしたエッセー風。そんな中、とりわけ興味を引くのがフィリピンへの送金にまつわる話だ。
国民の10人に1人が海外に移住し、出稼ぎ労働者からの送金額は国内総生産(GDP)の1割に相当するフィリピン。「日本はお金持ちの国」と思い込んでいる妻の家族や親戚が、あの手この手で送金をねだる様子を赤裸々に紹介。妻は自身の貯金を切り崩し、月に20万円以上も送っていたこともあるという。「家族の絆」とは何なのか。お金が絡むと、文化の違いといったきれい事ではくくれないと実感する。
前作『フィリピンパブ嬢の社会学』を原作にした同名映画が、11月10日から愛知県で先行上映が決定。詳細は公式サイト〈https://mabuhay.jp/〉でご確認を。