ビジネス書から語学本まで
アジア本NOW
ビジネスパーソンにおすすめのアジア関連書籍を、新刊を中心にNNA編集スタッフがセレクト。今回は、かの有名なチグリス川・ユーフラテス川付近に広がる謎の湿地帯に日本から乗り込む探検談と、妻から離婚された中年男性が新たな伴侶を求めて各国をさまよう「世界の嫁探し」紀行を紹介。
イラク水滸伝
高野秀行(著)
2023年7月30日 文芸春秋 2,420円 電子版あり
辺境作家が巨大湿地帯に挑む
イラクの巨大湿地帯を舟で巡る――。世界中の辺境を探検してきたノンフィクション作家・高野秀行氏が、今回は西アジアで奇想天外な試みに挑んだ。
ある日偶然、イラク南部のチグリス川とユーフラテス川の合流地点に「アフワール」と呼ばれる、四国ほどの巨大な湿地帯があることを知った著者。
アシが生い茂り、迷宮のような水路が広がるその地は、権力にあらがうアウトローや迫害されたマイノリティーが逃げ込んできた場所。これこそは、まるで中国の奇書『水滸伝』に登場する豪傑たちの沼地の根城こと「梁山泊」のイラク版ではないかとひらめく。
4,000年以上の歴史を持つ三日月形の舟を仕立て上げ、アフワールを旅する構想を立て東奔西走するが、数々のトラブルが発生。しかし、底抜けの好奇心と行動力は失わない。「類は友を呼ぶ」で引き寄せた湿地帯の保護活動家らと幾度となくアフワールに向かう姿は、不屈のヒーローとでも呼びたくなる。
人類最古の都市ウルク、巨大神殿ジッグラトといった世界史の伝説的な史跡の下にも興味のまま遠慮なく乗り込んで行く。メソポタミア文明発祥の地ならではの壮大な歴史や、謎の刺しゅう布「アザール」の正体など知られざる伝統文化の紹介も秀逸。砕いた言葉でつづられる解説にいざなわれて、わくわくする知の旅が体験できる。また、断るのに苦労するほど行く先々で食事に誘われたといった逸話を通じて、ニュースでは伝えられない当地のホスピタリティーを紹介。遠い国と感じていたイラクに親近感が湧く。
治安問題に深刻な渇水・・・・。イラクと湿地帯は二重のカオスだったと振り返る著者。好奇心から始まったプロジェクトを足かけ6年を費やして遂行し、唯一無二の作品を完成させる情熱はビジネスパーソンにも刺さるものがあるはずだ。
花嫁を探しに、世界一周の旅に出た
後藤隆一郎(著)
2023年8月25日 産業編集センター 1,485円 電子版あり
放浪した「おじさん」の意外な末路
妻から三くだり半を突きつけられた中年男性が、傷心を癒やすために世界旅行へ。目的は新たなお嫁さん探し。著者は「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」「ザ!鉄腕!DASH!!」など人気番組の制作に携わったテレビディレクターとあり、本のテーマからしてキャッチーだ。
2部構成のうち1部は、週刊誌のニュースサイト『日刊SPA!』での連載をリライトしたもの。韓国、フィリピン、タイ、ベトナムなどアジア各地で出会った女性とのエピソードを軸に、英語力ゼロの自称「さえない40半ばのおじさん」が、バジェット(低予算)トラベラーとして奮闘する姿をつづる。
美人の英語教師にときめいたり、20歳も年下の女の子にほれ、国をまたいで追いかけたり。魅力的な女性に出会うと即恋のスイッチが入る旅路は、深夜テレビの男性向けバラエティー番組風のノリ。相手があっての恋物語を面白おかしくネタにする手法は賛否両論があるかもしれないが、さすが映像のプロ。光景や状況をそのまま再現したような細やかな描写で読ませる。
「風の旅人」と題された2部は書き下ろし。旅先は南米とアフリカに移り、トーンも一転。もはや嫁探しという目的は消え、刺激となる危険を求める「旅ジャンキー」に変わり果てた姿は痛々しい。だが、さらけ出された人間の弱さに自分を重ねずにはいられない。
本書の核心は、最終章に記したどんでん返しのざんげの言葉。離婚で自暴自棄になり海外をさまよった3年7カ月はみそぎになったのだろう。身も心もすっきりと丸裸になった自分を見付けたと語り、諦めなければ人生をやり直せることを教えてくれる。自分の半生を省みるための1冊としてもお薦めだ。