【ビジネスノート】
台湾クラフトビールの今
コンビニ広げる身近な味
台湾でクラフトビールの存在感が高まっている。台湾では2002年の世界貿易機関(WTO)加盟に伴い民間による酒類の醸造が認められ、クラフトビールのブランドが誕生。レストランなどでの提供を通じて市場が形成されてきた。近年はコンビニなどの小売店でもさまざまな商品を展開し、消費者にとってより身近な存在になりつつある。【NNA台湾 張成慧】
コンビニで販売されている台虎ブランドの商品(上下段の左側)。パッケージのデザインが目を引く=台北(NNA撮影)
台湾コンビニ最大手の「セブン―イレブン」。酒類の陳列棚に目をやると、赤やピンクなどカラフルな缶がひときわ目を引いた。台湾で「台虎(タイフー)」ブランドを展開する台虎精醸のクラフトビールだ。
台虎は台湾のクラフトビール業界で最も早くコンビニで販売を始めたブランド。コンビニと提携した新商品も展開し、多い場合は1店当たり15種類程度の商品が販売されている。販売量ベースでコンビニが台虎にとって最大の販売チャンネルとなっている。
許若イ(イ=王へんに韋)最高経営責任者(CEO)は「コンビニで販売する商品は、消費者に分かりやすく商品の情報を伝えることが大切だ」と指摘する。商品の価格設定もその一つで、初めてコンビニで全面的に販売を始めたカクテル風ビール「9.99」シリーズは、消費者に覚えてもらいやすいように定価を99台湾元(約450円)、アルコール度数を9.99%とした。
自社のタップルームで台虎精醸の経営について語る許若イCEO=台北(NNA撮影)
台虎が13年の設立からこれまでに発売した商品の種類は100種類を超える。その特徴の一つが、缶や瓶などのパッケージデザインの斬新さだ。許氏は「パッケージデザインが鍵を握る」と断言する。パッケージは自社のデザイナーが主に担当。許氏は、自社デザイナーは会社の文化や理念を理解しており、高い水準のデザインを実現できるとの認識を示した。
「クラフトビールという言葉にはもともと人に距離を感じさせるところがあった」と許氏。しかし「ビールはビールであって、おいしく飲めれば良い。クラフトビールは以前コンビニで販売していなかったが、われわれはクラフトビールをより消費者に身近なものにした」と話す。
販路にコンビニ台頭
「最も良いチャンネル」
台湾のビール産業は日本統治時代に始まった。台湾の財政部(財務省)などによると、日本統治時代に台湾では専売制が導入され、1922年に酒類、33年にはビールが対象品目に加わった。酒類の専売制は戦後も続き、ビールの輸入が認められたのは87年になってからだった。
台湾は2002年にWTOに加盟し、専売制を廃止。民間による酒類の醸造が認められた。酒やたばこを扱ってきた「エン酒公売局(エン=草かんむりに於)」は、台湾公営の酒・たばこ類メーカーである「台湾エン酒股フン有限公司(フン=にんべんに分)」へと移行した。
ビール産業を研究している大同大学の段国仁教授によると、市場が開放された後の約7年間は大手資本が倒産するなどクラフトビール産業にとって厳しい期間だったという。金色三麦グループや吉比鮮醸など自社製造のビールをレストランで提供する企業が参入することで「市場が発展し、各社の経営状況は次第に安定していった」と段氏は振り返る。
10年代に入ると、若い世代の経営者がビアバーなどを運営する形で市場に参入した。コンビニ販売で高い知名度を誇る台虎は14年末、クラフトビールを提供する同社初のタップルーム「啜飲室」を台北市大安区にオープン。現在CEOを務める許氏は当時啜飲室に客として通っていた。
「店で扱っていた米国や日本のクラフトビールが好みだった」と振り返る許氏。「台湾人はもともと飲食にお金を使いたいと考えている人が多く、近年はお酒を飲むことにより主体的になっている」とも指摘する。
このように、台湾ではレストランやタップルームが主にクラフトビールを楽しむ場となってきたが、近年は変化が生じている。
ベルギーの調査会社、フランダース・インベストメント・アンド・トレードが21年に発表した台湾のビール市場に関するリポートによると、台湾の消費者にとって、クラフトビールを購入する際「手に入れやすさ」と「利便性」が重要になっていると分析。こうしたことから台湾の至る所にあるコンビニが自然と「最も良い販売チャンネルになっている」と指摘した。一方で、価格競争は激しくなっているという。
ヒ酒頭醸造を展開する台湾比爾文化の共同創業者兼ブルワーの3人=台湾・新北(NNA撮影)
市場に変化が生じる中、新たにコンビニでの販売を始めたブランドもある。「ヒ酒頭醸造(ヒ=口へんに卑)」ブランドを展開する台湾比爾文化は、新ブランド「ヒ酒肚醸製」を立ち上げ、今年3月からセブン―イレブンで2商品の販売を始めた(その後、1商品を追加)。アルミ缶の商品をメインに同社の他製品よりも価格を抑え、消費者に親しんでもらうことを狙っている。
台湾比爾文化の葉奕辰共同創業者兼ブルワーは「販路はレストランなどがメインだったが、コンビニが少しずつ市場の構造を変えている。台湾で有名なクラフトビールや海外製品を扱う輸入業者は、コンビニのキャンペーンに合わせて新商品を発売している」と指摘する。
同じく共同創業者でブルワーの宋培弘氏は「大手もクラフトビールを発売し、競争はますます激しくなっている。業界では以前、話題性があれば売ることができたが、現在は品質や風味が販売の最も基本的な条件になっている」と変化を語る。
ブランド多くは短命
委託から自社製造へ
台湾のクラフトビール業界の大きな特徴が、工場を持たないブランドが製造を委託するケースが多いことだ。専門の受託業者や受託製造を行うクラフトビールブランドに委託するもので、参入時に設備投資をしないでよいことから、商品の販売に注力できるメリットがある。しかし、こうしたモデルには近年変化が生じ、異業種からの市場参入や、製造を請け負う会社が自社ブランドを立ち上げるケースが出ている。
台湾のクラフトビール業界において、製造委託で成功した代表的な企業が台湾比爾文化だ。設立は2015年。同社のブランド「ヒ酒頭醸造」の「二十四節気」シリーズは台湾のクラフトビール市場で高い知名度を誇る。
ブランド設立初期、二十四節気にちなんで「立夏」と「穀雨」と名付けたエールビールを売り出した。穀雨には台湾産ウーロン茶の茶葉を使用。共同創業者兼ブルワーの段淵傑氏によると、これらの商品は大きな反響を呼び、二十四節気シリーズとして発展させることにした。
しかし、台湾比爾文化は22年末、新北市三重区に自社工場を設置した。現在は全て自社工場で製造し、委託の歴史に幕を下ろした。共同創業者兼ブルワーの葉奕辰氏は「製造委託はコミュニケーションに大きな努力を要することから、設立2、3年後から自社工場の開設を計画してきた」と説明する。
ただ、ヒ酒頭醸造のように成功するケースは多くはないのが実情だ。多くが他社に製造を委託する形でクラフトビールのブランドを立ち上げるが、短命に終わるという。「台湾人は事業を起こしたがる。多くの人がクラフトビールは金を稼げると考えるが、実際はそんなに簡単ではない」。ヒ酒頭醸造から製造を受託していた徳意生物科技の創業者兼ブルーマスターのトウ心承氏(トウ=登におおざと)はこう説明する。
ヒ酒頭醸造の「二十四節気」シリーズ=台湾・新北(NNA撮影)
「果物王国」強みに
農業団体と連携も
徳意生物科技が展開する自社ブランド「トウハ麦酒」の発泡性果実酒=台湾・桃園(NNA撮影)
これまで製造を請け負ってきた会社が自社ブランドを立ち上げるケースも出ている。徳意生物科技は16年、自社ブランド「トウハ麦酒(DBブルワリー、ハ=父の下に巴)」を立ち上げた。トウ氏が現在注目しているのが、台湾のフルーツを原材料にした酒造りだ。
「台湾は果物王国。果物の品質は非常に良いが、売り切れずに余っているとの報道もよく見る。こうした果物を酒造りに生かせば、付加価値を高められるだけでなく、他国に輸出することもできる」トウ氏はこう考えている。今年、台湾の果物などを使ったクラフトビール「台湾精醸ヒ酒」と発泡性果実酒の「水果気泡酒」の両シリーズを海外に売り込む計画だ。
伝奇酒業が農会と連携して売り出した蜂蜜酒(伝奇酒業提供)
トウハ麦酒としては現在、5つのシリーズで25種類以上の商品を展開する。「海外のメーカーはほぼ毎月のように新商品を発売する。消費者がその時の気分や季節に応じて最適なクラフトビールを探し出せることが大切だ。ブルワーはしっかりとした醸造の理論とアイデアを兼ね備えてはじめて、良いクラフトビールをつくることができる」(トウ氏)
一方、ビールの受託製造事業から起こった伝奇酒業は蜂蜜を用い、20年にはアルコール度数3.5%の蜂蜜酒の生産を始めた。自社ブランド「微醺蜜月(ビー・バズ・ハネムーン)」も打ち出し、現在は台中や彰化などの農会(農業団体)と連携。農会からは原材料の供給を受ける。「農会にとっては農産品の余剰や規格外品の問題を解決することができる。農業従事者にとって助けになる」と林晋弘総経理は話す。
公営メーカー参入
歴史的工場で製造
「台湾ビール」を手がける台湾エン酒もクラフトビール市場に参入した。日本統治時代の1919年に設立された高砂麦酒株式会社を前身とし、100年以上の歴史を持つ台北市中心部の台北ヒ酒工場でクラフトビールを製造する。
同工場は台湾で最初のビール工場だが、クラフトビール市場が成長していたことから、消費地にある台北ヒ酒工場にクラフトビールの生産ラインを設置した。2018年5月には「北ヒ精醸」ブランドで初のクラフトビールを発売。これまでに約20種の商品を出し「小麦ヒ酒」は常時製造している。
直近で台北ヒ酒工場の生産量全体に占めるクラフトビールの割合は5%に満たないが、22年下半期(7~12月)から注文や新たな商談が増え、今年は顧客数の増加が見込めるとしている。
台湾エン酒は、台北ヒ酒工場の強みは製造工程や品質面の管理能力にあるとみており、台中市の烏日工場の研究開発拠点と新商品の開発を続け、市場に売り込んでいきたいとしている。
100年以上の歴史を持つ、台北ヒ酒工場=台北(NNA撮影)