NNAカンパサール

アジア経済を視る March, 2023, No.98

【LegalOn Technologies 法務レクチャー】

国違えば制度変わる
発明を守る「特許」

自動車、家電、スマートフォンやそれらの部品、仕組みなどは数々の技術的な「発明」から成り立っている。これら発明の権利を保護するのが「特許」だ。自社の発明品を海外展開する際や外国で無断利用されないためにも、国内外における特許に関する制度について知っておくことが望ましい。LegalOn Technologies弁護士のTAM氏が解説する。

今年1月に開催されたシンガポール・モーターショー。自動車は無数の特許から成り立っている(NNA撮影)

今年1月に開催されたシンガポール・モーターショー。自動車は無数の特許から成り立っている(NNA撮影)

◆Lecture1
出願内容は全文公開
転用リスクも念頭に


1 特許権を取得するメリット・デメリット

特許権とは、技術的思想の創作である「発明」を保護するための権利です。特許権を取得すると、その権利の対象となる発明を独占できるようになります。特許を取得した発明が無断で使用された場合、特許権者は使用の差し止め請求や、損害賠償請求をして対応することが可能となります。また、特許権は、他社に使用権を与えてライセンスフィー(使用料)を取得するという方法で利用することもできます。

一方で、出願の重複を防ぐ目的などから、出願から1年半を経過した特許出願は、特許庁の「公開特許公報」に出願書類の全文を掲載する方法で公開されてしまいます。出願については、自社が保有する発明が公開されることにより、発明技術が(違法に)転用されるリスクが生じることにも留意する必要があります。また、特許を取得する場合は準備の労力や弁理士への委託費用などの負担も生じるため、特許取得の費用対効果が見合っているかという視点も必要になります。

2 特許権に関する紛争事例

特許権に関連した紛争事例は業種を問わず多数存在し、高額な賠償金を支払うこととなった事案も少なくありません。大手企業の例を上げると、アクシネットジャパンインクが製造するゴルフボールの販売が、ブリヂストンスポーツの特許を侵害したとして約9億円の支払いが命じられた事件、サトウ食品工業が製造する「サトウの切り餅」の販売が、越後製菓の特許を侵害したとして合計15億円余りの支払いが命じられた事件などがあります。

事業者としては故意でなくとも特許権の調査を怠った結果、このような大損害が生じる恐れがあるため、特許権には常に注意を向けた方がよいでしょう。

◆Lecture2
「革新的な発明」
説得的に表現する

特許権に関する制度や実際の業務における検討事項を、事例に沿って見ていきましょう。

【ケース】A社の事業展開の相談

A社は発電機の製造販売事業をしています。先日、革新的な発電技術を開発し、この技術を用いた新製品を開発しているところです。A社は、同技術を転用した模倣品の流通を防ぎたいと考えますが、この技術が特許として認められるか否かが判断できず悩んでいます。

1 特許権の調査

まずは、本件の発電技術が既に他社に特許を取得されているものではないか調査する必要があります。日本国内の特許権は、独立行政法人工業所有権情報・研修館が公開している特許情報データベース「J-PlatPat」で調べることが可能です。しかし、特許権の調査については検索式の設定や検索結果の精査など、専門的な知見が必要な上に、労力を要する作業であるため、特許権調査を行う専門業者に委託してもよいかもしれません。

また、特許出願を考えていなかったとしても、定期的に自社の業務分野に関連する特許文献をリサーチして情報収集することも有用です。これにより業界全体の技術開発の動向をチェックし、他社の新技術を把握することができます。また、前段で紹介したような紛争リスクをあらかじめ低減させることにもつながります。

2 特許登録出願

特許の要件は、以下の通りです。特許出願に当たっては各要件につき、具体的な検討が必要となります。

1 発明であること
2 先願であること
3 産業上の利用可能性があること
4 新規性があること
5 進歩性があること
6 公序良俗違反ではないこと


3 特許出願の流れ

出願後、まず方式審査という所定の形式や手続きに沿っているかを判断する形式面に関する審査が行われ、これをクリアすると出願者が出願審査を請求します。その後、実体審査を経て、特許査定(特許を認める処分)または拒絶査定(特許を認めない処分)のいずれかの処分がされるという流れになります。ただし、拒絶査定が考えられる場合であっても、その前段階で拒絶理由通知書が送付されますので、出願者はこれを受けて意見書や補正書を追加で提出することが可能です。

出所:特許庁ウェブサイト「初めてだったらここを読む~特許出願のいろは~」

4 本事例の検討

A社の新技術については、まずA社は当該技術の特許が既に取得されておらず、先願の要件を満たすかを確認する必要があります。仮に、本件技術が先行して特許取得されていた場合、残念ながらA社は当該技術を使用することはできません。どうしても利用する必要がある場合は、特許権者からのライセンス取得を検討することになります。

当該技術が発電に関する技術という点からは、(具体的な内容によりますが)自然法則を利用した創作として発明の要件を満たすと予想されます。また、製造販売する発電機に利用可能な技術であるため、産業上の利用が可能な発明ということも問題なさそうです。新規性や進歩性の要件については、A社自身が「革新的」と評価する理由を、いかに出願資料において説得的に表現できるかがポイントになるでしょう。

◆Lecture3
国ごとに異なる制度
日本と別に取得必要


5 外国の特許

(1)国外の特許制度

特許の登録制度は国ごとに独立しているため、日本で取得した特許は国外では効力を有しません。そのため国外展開を検討する場合は、日本とは別に事業展開先の国で特許を取得する必要があります。制度は国によって異なりますので、特許取得を検討する国の法制度はよく確認すべきでしょう。また、国外展開を検討しない場合であっても、外国で無断で使用されるリスクを抑えるために国外の特許を取得しておくことは有益です。

(2)外国出願の手続き

外国で特許を取得する場合、同国の言語で、同国の制度に従って出願手続きをする必要がありますが、特許協力条約(PCT)の加盟国間では「PCT国際出願制度」を利用できます。この制度では、日本語または英語により日本の特許庁で出願手続きを取れば、PCT加盟各国で自国出願をしたのと同じ効果が得られます。手続き上の労力を削減できるだけでなく、誤訳のリスクを低減させることもできます。PCTは2023年2月15日現在、157カ国と多くの国が加盟しています。しかし、アジアでは、例えば台湾やミャンマーなど一部の国・地域が未加盟のため、加盟国については注意が必要です。

また、工業所有権に関する国際的な取り決めであるパリ条約の加盟国間では「パリ優先権制度」の利用も検討できます。これは、自国での特許権の出願から1年以内になされた特許出願については、他加盟国でも当該の特許出願日において出願したものとみなす制度です。日本で特許を取得した後、日本以外に少数の国だけでの特許取得で十分と考えられる場合は、PCT国際出願制度に比べて出願費用を節約できることがあるため、パリ優先権制度を利用することは有効です。

6 特許出願に関連する制度

(1)早期審査制度

特許出願から権利化されるまでの期間は年々短くなる傾向にあります。しかし『特許行政年次報告書2022年版』によれば、権利化までの平均期間は15.2カ月(2021年)と、1年以上の期間を要します。より早期に特許を権利化したいと考えている場合は、早期審査制度の利用を検討することができます。同制度の利用範囲や実績は拡大傾向にあり、積極的な利用が期待されているところです。

出所:特許庁ウェブサイト「特許出願の早期審査・早期審理について」

(2)補助金など

外国出願を行うには相当の費用を要するため、事業者にとっては少なくない負担が生じます。負担を軽減するため、国は外国補助金の制度を設けています。この助成金は、1企業当たり上限300万円、特許1案件当たり150万円までと設定されています。また、外国出願ではない場合でも特許料の減免制度というものがあります。特許申請のコストで悩んでいる場合は、これらの利用を検討してみることをお勧めします。

◆Lecture4
出願のひな型利用
抜けや不利益防ぐ

特許に関連する契約は専門性が高く、見落としを発見することが困難なリスクも存在します。AI契約審査プラットフォーム「LegalForce」を利用すると、契約上の致命的な抜け落ちや一方の当事者にとって不利な事項を把握し、契約条項の抜け落ちや不利な内容での合意などを防ぐことが可能となります。

また、弁護士が監修した700点以上のひな型のうち、出願や発明に関連するひな型も多数提供しています。このようなサービスを積極的に活用してライセンス契約に関する法的リスクを最小限に抑えていきましょう。


     

TAM

株式会社LegalOn Technologies 法務開発部、弁護士。2013年司法修習修了。東京都内の企業法務系法律事務所で勤務し、不動産や知的財産権等に関する事件を中心に交渉・訴訟事件を担当した。22年11月から現職。


株式会社LegalOn Technologiesは2017年、大手法律事務所出身の弁護士2名によって創業(旧称LegalForce、22年12月に社名変更)。弁護士の法務知見と自然言語処理技術や機械学習などのテクノロジーを組み合わせ、企業法務の質の向上、効率化を実現するソフトウエアを開発・提供する。京都大学との共同研究をはじめ、学術領域でも貢献。19年4月よりAI契約審査プラットフォーム「LegalForce」、21年1月よりAI契約管理システム「LegalForceキャビネ」を提供している。


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