【現場ウオッチ】
行けば「何か」がある
実録・ラオス特区訪問
『ラオスにいったい何があるというんですか?』。村上春樹の紀行文集のタイトルだが、ラオスの経済やビジネスにも同じような印象を持つ人は多いと思う。「後発国」に分類され、集積しているといえる産業は、ほぼないと言っていい。同業者に出張でラオスに行くと伝えた時の反応も、冒頭のフレーズと似たようなものだった。(NNAタイ編集長 小堀栄之)
ラオス南部チャンパサック県のワットプーサラオ=2022年12月(NNA)
人件費をはじめ各種コストの低さを売りの1つに、東南アジアは外国からの投資を蓄積してきた。ただ、近年はその「安さ」も以前ほどのインパクトがなくなっている。そうした中、東西南北を中国やタイ、ベトナム、カンボジア、ミャンマーに囲まれ、東南アジアの「十字路」とも呼べるラオスに周辺国での生産を一部移管する動きは確かにある。
人口は730万人で国内総生産(GDP)は188億米ドル(約2兆4,400億円)。タイの27分の1、ベトナムと比べても20分の1程度。このラオスを昨年12月に訪れ、現地に拠点を構える利点や在タイ企業にとっての補完性などについて特集を組んだ(※)。
※『The Daily NNA』タイ版「在タイ企業『+1』の模索(上~下)」
今回、改めてラオスについて書くのは、タイから陸路で入国した際の移動が思ったよりも珍道中になったので様子を紹介したいと考えたためだ。タイや周辺国からラオスに出張に行かれる方、旅行される方の参考になれば幸いだ。
自身が拠点とするタイのバンコクから、ラオスの首都ビエンチャンまでは飛行機の直行便で1時間ほど。首都とはあるが、ベトナムの地方都市くらいの印象でこぢんまりしている。昨年11月には、国内初のスターバックスができた。1号店は中心部のショッピングモールにあり、周辺に勤める会社員や中高生らしい学生も多く訪れていた。
ラオスで初のスターバックス。22年11月にオープンした(NNA)
グランデサイズのカプチーノは5万5,500キープ(414円)。タイでは140バーツ(533円)、ベトナムでは8万ドン(446円)。2022年12月末の為替レートで見ると、米ドルではラオスが3.14、タイが4.04、ベトナムが3.38となる。
スタバは国によって価格差をそれほどつけないが、それでも経済規模を考えればラオスではそれなりの値段に見える。ラオスは燃料から食品まで多くを輸入に頼り、物価はそれほど低くない。スタバの価格も、そのあたりが背景にあるのかもしれない。
スタバ1号店が入るデパート「パークソン」(NNA)
バンコクから1時間
パクセーの経済特区
同時期に、南部のチャンパサック県パクセーも取材で訪れた。建設大手の西松建設(東京都港区)が「パクセー・ジャパン経済特区(PJSEZ)」をオープンし、日系企業の誘致を進めている。第1期は12社がレンタル工場に入居し、第2期の建設が進行中。パクセーはタイ東北部の奥に位置しており国際空港もある。以前はバンコクから約1時間という直行便も運航していたが、今年1月時点ではコロナの影響で運休が続く。
当初はビエンチャンへの出張後、そのままラオスの国内便でパクセーに入るつもりだったが取材の日程が離れてしまったので、ビエンチャンからいったんバンコクに戻り、改めてパクセーに行くことにした。バンコクからは、タイ北東部のウボンラチャタニ県まで飛行機を使い、そこからはバスが一般的なようだ。バス移動に3時間以上を費やすようだが、タイ人の知人に聞いても難易度が高いルートではないと言われた。
当日、朝5時前にタイのドンムアン空港に向かい、国内線でウボンラチャタニへ。そこからタクシーで20分ほどあればバスターミナルに到着する。タクシー車内では「1,000バーツ払ってくれればパクセーまで行く」とも言われた。
パクセーのホテルに直接行ってくれるならありがたい。話に乗りかけたが、詳しく聞くと「タクシーでは国境を越えることはできない」と言うので断った。正直なドライバーで助かった。パクセーまでのバスは午前9時30分発、午後3時発の2本のみ。チケットは200バーツ。パスポートを提示し、すんなり購入できた。
ウボンラチャタニから2時間ほどバスに乗ると、国境の検問に到着。いったん降車し、入国手続きを経たら国境の向こうで同じバスに乗る流れだ。降りると、ラオスで使える携帯電話のSIMカードの売り子の女性が来た。SIMはオンラインで申し込みが完了するeSIM(https://www.travesim.com/)で足りていたが、手続きする建物がよく分からず売り子に聞く。教わるついでに、チップ代わりとしてSIMを買う羽目になった。確か200バーツ。
ウボンラチャタニからパクセーに向かうバス。意外に立派なバスで少し安心した(NNA)
手続きを終えると「ENTRY TO LAO」という看板に従い、トンネルを通ってラオスへ入国、再び同じバスに乗る。さらに1時間半ほど揺られ、ようやくパクセーに到着した。到着といっても、降りて荷物を受け取ったのは売店の軒先のような所だ。タイの三輪タクシー「トゥクトゥク」のような乗り物の運転手にホテルの名前を告げると、他の乗客と相乗りで走り出した。ホテルに着いたのは午後3時ごろ。現地駐在の方によると「国境を越えた場所に、ホテルや会社の車を待たせておくのが一番楽」とのことだった。
到着日の夜は、サッカーワールドカップの日本対クロアチア戦を中国語のテレビで見た。ビールはホテルにあった「ビア・ラオ」の黒。輸入品だらけで意外に物価が高いこの国にあって、国産の缶ビールは1万キープほど(スタバのカプチーノの5分の1)で飲める。
タイのウボンラチャタニからバスで2時間ほど走ると、ラオスとの国境ゲートに到着した(NNA)
同じ言語に親和性
タイの製造を担う
パクセーはタイ最大の港湾であるレムチャバン港から約720キロメートル、ベトナム中部のダナン市までは400キロの位置にある。タイ、ベトナムから生産移管すると言っても、産業が集積しているわけではないラオスに高度な部分を任せるのは難しい。
ただ、労働集約的な生産を数十人規模で担うといったところから移管を開始するモデルには現実味があると感じた。実際、パクセーの「PJSEZ」にはタイや中国から一部生産を移した企業がいくつかある。自動車部品メーカーの大和産業(東京都大田区)は、15年に同地に工場をオープン。タイでワイヤハーネスの原材料を仕入れ、ラオスに輸送して生産。製品をタイに戻すモデルだ。
タイとの相性でラオスが強みとするのは、立地に加えて言語だ。タイ語とラオス語は起源が同じとされ、ラオス人のほとんどはタイ語を理解できる。ラオス語のあいさつ「サバイディー」はタイ語の「元気」と同じ音で、数え方も日本人には同じように聞こえる。大和産業の工場にも同社のタイ人技術者が定期的に訪れ、通訳なしで指導をしているという。
また、発電の7割が水力によるクリーンなものであることも大きい。「BCG(バイオ・循環型・グリーン)経済」を国是とするタイは、50年までの炭素中立(カーボンニュートラル)の達成を目指す。
電気代の上昇もあって、在タイのメーカーは工場に太陽光パネルやバイオマス発電施設を設置したり、再生可能エネルギーで発電された電力の調達を証明する「再生可能エネルギー証書(REC)」(グリーン電力証書)を取得したりしている。国をまたいだサプライチェーン全体での二酸化炭素(CO2)排出削減を求められるなか、ラオスでの生産はCO2排出を抑えることができる。
パクセーの「PJSEZ」に入居する剣道防具の工場(NNA)
「迎えのバンが来ます」
奇妙なバイクが現れる
パクセーの取材を終え、バンコクに戻る前日。楽な帰り方はないかとホテルに相談した。フロントの女性は「OK。明日の朝8時半にホテルを出発ね」と言い、25万キープの現金払いを求めた。手持ちのキープがなくなったのでタイバーツでいいか尋ねると、500バーツでいいという。ラオスは自国の通貨にそれほど信用がない。
「ホテルからウボンラチャタニの空港に直接行ってくれるんですよね?」
何回か確認すると「はい。バンが来ます」と女性。翌日のバンコクへの便は午後5時発。朝8時半にホテルから空港に直接行けば、そこで待ちぼうけを食う恐れがある。旅行代理店に頼み、午後2時の便に早めてもらった。行きよりもスムーズにバンコクに帰れそうだ。
バンでウボンラチャタニに行くはずが、迎えに来たのはこれ(NNA)
しかし、そんな期待は翌朝すぐに吹き飛んだ。チェックアウトを済ませると、フロントにおじさんがやって来た。ホテルを出ると待っていたのはバンではなく、サイドカー付きのスズキのバイク。「へええええ!?」。大げさではなく、こんな声が出た。まさか、これで国境向こうの空港に行くわけがない。激しく嫌な予感がした。
結局、バイクは10分ほどで行きと同じバスの停留所(というか売店の軒先)で降ろされた。ホテルで支払った500バーツの領収書を見せると、受付の人にラオス語でいろいろ聞かれたりホテルに電話したりしていたが、バスのチケットをくれた。チケット代200バーツ、送迎費300バーツということらしい。たった10分、タクシーでもない乗り物に300バーツとは。フロントの女性は、はじめからだますつもりだったのか。何かの手違いなのか。
イミグレを通れない
離陸に間に合わない
国境は、タイからラオスに入るよりも、ラオスからタイに抜ける方が時間がかかった。パスポートを見た係のおじさんが「おお、コボリか、初めて見たよ!」と笑う。「コボリ」はタイの有名なドラマに出てくる主人公の名前。タイではよくある反応なので合わせて笑っていると、にこやかに入国書類の「TM6」(外国人用の出入国カード)を渡された。
これはおかしい。昨年半ばに入国制限を緩和して以来、タイはTM6を使っていないはず。現に、数日前にビエンチャンからバンコクに戻った時はパスポートのみで入国できた。しかし、何を言っても通じそうにないので列を離れ、急いで書類に必要事項を記入する。
再度、おじさんに書類を渡すと「入国後90日以内に更新しないとダメだよ」と親切そうに説明される。「いや、タイの労働許可証を持ってるし、パスポート見れば分かるはずなんだが」と思いつつ、適当に相づちを打ってカウンターを通り抜けた。
入国手続きが終わり、トンネルを通って再びタイ側へ(NNA)
来た時とは反対側のトンネルを抜けてバスに乗ると、1時間以上待っても出発しない。斜め前の席を見ると、さっきいた若者2人組が戻っていない。乗り合いなので全員そろうまで待つ必要があった。
いま振り返ると、さっさと降りて別の乗り物で空港に行けば良かったのかもしれない。ただ、外でタクシーがつかまる保証はないし、バスの運転手に途中下車をうまく伝えられる自信もない。結局、空港に着いたのは午後2時過ぎで、またチケットを買い直すことになった。バンコク行きの便が多く、安かったのはせめてもの救いだ。バンコクからは渋滞にはまり、帰宅は午後7時を過ぎた。11時間かかった旅が、ようやく終わった。
冒頭の村上春樹の紀行文集には「旅先で何もかもがうまく行ったら、それは旅行じゃない」とあった。バックパッカー的な旅行とはこれまで縁のない生活だったが、行く先々でいちいち動揺したり焦ったりするのは心臓に悪く、やはり性に合わない。出張なんだから、大筋は「うまくいって」ほしかった。家でぐったりしながら、そんなことを考えた。