NNAカンパサール

アジア経済を視る November, 2022, No.94

【LegalForce 法務レクチャー】

「買いたたき」に泣かない
下請法を正しく知る(後編)

親事業者から下請け事業者に発注される業務取引を公正に行うため存在する「下請法」。前回は適用される場面、親事業者に課される義務や禁止事項などの基本事項について紹介した。下請け取引において近年、社会情勢を受けて注目されているのが親事業者による「買いたたき」だ。LegalForceの髙澤和也弁護士が、今年行われた運用基準の改正を踏まえて解説する。

建設業界は多数の下請け事業者で成り立つ=香港(NNA撮影)

各メディアが報道するように、原油価格の高騰や円安の影響を受けて、エネルギーコストや原材料価格が上昇し、下請け事業者において仕入れコストが上昇しています。

下請け事業者としては、仕入れ先の変更などを検討してもコスト上昇を抑えられない場合は、親事業者との取引価格を引き上げるしかありません。しかし、親事業者に申し入れても一方的に拒否されてしまい、まともに取り合ってもらえないケースがあるようです。

このようにエネルギーや原材料のコスト上昇、最低賃金の引き上げによる労務費の上昇などの事情を取引価格に反映しない取引は、下請法上の禁止行為である「買いたたき」に該当する恐れがあります。しかし、親事業者側の担当者が下請法を理解していないためか、一方的に取引価格を据え置いたことによる違反事例が多く報告されています。

政府は、2021年12月27日付で「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」を公表し、「買いたたき」の解釈の明確化のために「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」(以下、運用基準)の改正を行うとともに、「買いたたき」の取り締まりを強化する方針を明らかにしました。そして、この方針に基づき、翌22年1月26日付で運用基準が改正され、取り締まりについても同年1月から3月までの間に60件の立ち入り検査と212件の指導を行ったことが公表されています。

本記事では「買いたたき」を主なテーマとして、エネルギーコストなどが上昇している状況下での親事業者側の注意点や、下請け事業者側が採るべき対応などについて解説していきます。

出所: LegalForce提供

◆Lecture1
「買いたたき」とは?
対価の決め方も問題に

「買いたたき」は、親事業者側に課される禁止事項の1つです。法律上は「下請事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること」と規定されています(下請法4条1項5号)。

親事業者が下請け事業者に対する優越的な地位を利用して、通常支払われる対価よりも著しく低い金額を押し付けることは、下請け事業者の利益を損ない、経営を圧迫することになります。これを防止するため、「買いたたき」が禁止されています。

「買いたたき」に該当するかは、下請代金の額が著しく低いかという価格水準だけでなく、十分に協議することなく不当に定めていないかという対価の決定方法や、対価が差別的であるかといった決定内容などを勘案して総合的に判断されます。

「買いたたき」に該当する行為の態様はさまざまですが、特に問題視されているのは下請け事業者側のコスト上昇の事情を無視し、下請け事業者と十分な協議を行うことなく、一方的に取引価格を据え置くような行為です。

公正取引委員会は前年度の下請法の運用状況を毎年公表しており、その中で前年度の主な違反実例を紹介しています。21年度の違反実例では冒頭から2ページ以上にわたって、下請け事業者側のコスト上昇を無視した「買いたたき」の違反事例が紹介されています(このことからも公取委が「買いたたき」に注目していることがわかります)。

出所: LegalForce提供

◆Lecture2
口頭だけの回答もNG
基準改正で対象明確に

公取委は22年1月に運用基準を改正し、「買いたたき」の解釈を明確化しました。改正前は「コストが大幅に上昇した」場合に「下請事業者が単価引上げを求めたにもかかわらず」、一方的に従来どおりに単価を据え置くことは「買いたたき」に該当する恐れがあるとしていましたが、新しい基準ではこれを見直しています。

【下請法運用基準の改正点】

5 買いたたき
(1)(略)
(2)次のような方法で下請代金の額を定めることは、買いたたきに該当するおそれがある。

(旧)
 ウ 原材料価格や労務費等のコストが大幅に上昇したため,下請事業者が単価引上げを
   求めたにもかかわらず,一方的に従来どおりに単価を据え置くこと。

(新)
 ウ 労務費,原材料価格,エネルギーコスト等のコストの上昇分の取引価格への反映の
   必要性について,価格の交渉の場において明示的に協議することなく,
   従来どおりに取引価格を据え置くこと。

 エ 労務費,原材料価格,エネルギーコスト等のコストが上昇したため,下請事業者が取引価格の
   引上げを求めたにもかかわらず,価格転嫁をしない理由を書面,電子メール等で
   下請事業者に回答することなく,従来どおりに取引価格を据え置くこと。

注:下線は筆者

改正後の「ウ」「エ」を見ると、前提となる下請け事業者側のコスト上昇に関する部分から「大幅に」という文言が消えています。これは親事業者がコストの上昇に対して、その程度を問わず誠実に向き合わなければならないことを示しているといえます。

また、改正後の「ウ」は「下請事業者が単価引上げを求めたにもかかわらず」という部分も消えました。そのため、下請け事業者が取引価格の引き上げを求めたかを問わず、コスト上昇の事情を無視して下請け事業者と協議を行うことなく取引価格を据え置くと、「買いたたき」に該当する恐れがあることになります。

さらに、改正後の「エ」では、親事業者が価格転嫁をしない理由を書面、電子メール等で回答せずに取引価格を据え置くことは、「買いたたき」に該当するおそれがあると明示されています。

親事業者としては、これまでは下請け事業者からの要望を無視したり、口頭で一方的に断ったりしていたかもしれませんが、今後は価格据え置きの理由を形に残る書面やメールなどで回答しなければなりません。回答内容が合理的なものでなければ、その回答書面やメールなどが「買いたたき」の証拠になってしまう可能性があるため、親事業者はかなり慎重な対応を求められることになります。

◆Lecture3
下請けが取る対応は?
専門家・当局に相談を

「買いたたき」をはじめとした下請法違反が疑われる場合、下請け事業者はどのような対応をしたらよいでしょうか。

ケースバイケースですが、まずは顧問弁護士などの専門家に相談すると良いでしょう。顧問弁護士がいない場合は、中小企業庁が全国48カ所に設置する相談先である「下請かけこみ寺」や、公取委が設置する「不当なしわ寄せに関する下請相談窓口」の利用が考えられます。

親事業者の行為に下請法違反の恐れがあるのか、あるとしてどのように対応すべきか専門家や当局に相談しながら、その後の対応方針を固めていくと良いでしょう。

明らかに下請法違反の疑いがあると認められるときは、直接交渉も1つの方法です。親事業者側はそもそも違法行為に気付いていない可能性もあるので、下請け事業者側から違反の疑いがあることを伝えて、交渉を行うことが考えられます。その際は、弁護士に依頼して交渉を申し込むと良いでしょう。

また、公取委や中小企業庁に申し立てを行う方法もあります。各機関による調査の結果、被疑事実が確認されれば親事業者に対して指導・勧告が行われます。こちらは正当な手段ですが、状況によっては自社が告発したことが親事業者側から容易に想像できてしまうようなケースも考えられ、関係性が悪化してしまう可能性があるかもしれません(もっとも、親事業者が報復行為をした場合は、それ自体が下請法違反となります)。

◆Lecture4
発注側の無自覚な違反も
自社法務にまず知らせる

前回の記事でも触れましたが、親事業者が担当者レベルで下請法を理解できていないために、無自覚に違反しているケースが相当数あるものと考えられます。

自身が発注に関係する立場で、この記事をきっかけに下請法違反の疑いがある行為に気付いたら、法務・コンプライアンス部門に相談してみると良いでしょう。さまざまな事情により社内で身動きが取りづらい場合は、内部通報制度を活用して匿名で通報することも考えられます。当然ながら、親事業者としても法令違反は防止しなければならないため、法務・コンプライアンス部門が問題を認識すれば是正に向けた動きを取ってくれるはずです。

ここまで、2回にわたって下請法に関する解説をさせていただきました。親事業者側であっても下請け事業者側でも、まずは自社の下請け取引が適正に行われているかどうか、この機会に見直してみてはいかがでしょうか。そして疑わしい部分があれば、社内の法務・コンプライアンス部門や弁護士などの専門家に相談することが大切です。

下請法を順守するに当たっては、まずは契約書や発注書面の書式を整えることが重要です。親事業者側はもちろん下請け事業者側も、下請法を順守できていない書面は自社に不利な内容になっている可能性が高いため、しっかり確認する必要があります。

当社が提供しているAI契約審査プラットフォーム「LegalForce」では、「下請法チェッカー」を搭載しています。この機能は、①下請法に基づいて記載すべき事項が記載されているかどうか、②一般的に見て下請法違反の恐れがあると解される可能性がある文言が記載されていないか――AIがチェックを支援します。

加えて、700を超える契約書のひな型を提供しております(22年7月時点)。その中には、下請法を順守した発注書面のひな型(弁護士の解説付き)もあります。こういったテクノロジーを活用することで、取引の公正化を実現していくことが期待できます。


     

髙澤 和也(たかざわ・かずや)

株式会社LegalForce法務開発部、弁護士。慶応義塾大学法学部、慶応義塾大学大学院法務研究科卒業。2014年司法修習修了。東京都内の法律事務所で勤務した後、大手メーカーの法務部門に所属し、契約書の審査・作成、法律相談、内部通報窓口などの業務に従事。22年3月から現職。


株式会社LegalForceは2017年、大手法律事務所出身の弁護士2名によって創業。弁護士の法務知見と自然言語処理技術や機械学習などのテクノロジーを組み合わせ、企業法務の質の向上、効率化を実現するソフトウエアを開発・提供する。京都大学との共同研究をはじめ、学術領域でも貢献。19年4月よりAI契約審査プラットフォーム「LegalForce」、21年1月よりAI契約管理システム「LegalForceキャビネ」を提供している。

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