【ビジネスノート】
アジアのビール変わる
高級盛況に日系も攻勢
アジア各地でビール市況が激変している。ビールを単に安さが売りの酒とみる向きがあった中国では、大都市を中心に高級化が進む。ベトナムでは新型コロナ感染症の行動制限緩和に伴い飲食業が盛況で、業務用を中心に拡大。韓国では日本製品の不買運動が下火になり、日本製ビールが回復している。(NNA中国 吉田峻輔、NNAベトナム 渡邉哲也、NNA韓国 清水岳志)
飲み屋が集まるハノイ旧市街の一角。建物中央にあるのは大手ビールの広告=10月14日、ハノイ
【中国】
大都市で進む高級化
価格より好きな味を
4年前に中国東部の浙江省から上海市に移り住んだ陳さん(男性、29歳)は、地元にいた時のビールとの接し方をこう振り返る。「庶民的な飲食店で5~10元(約100~200円)の瓶ビールを頼んでいた。ビールは安さが売りの酒であり、味わって飲むものだとは考えていなかった」。
ところが上海で目にしたのは、同じビールでも違うものだった。「バーや高級レストランでは、人々は1杯数十元のビールを飲んでいる。上海に来た当初、その光景に驚いた」と語る。
中国で今、ビールの位置付けが変わりつつある。顕著なのが大都市におけるビールの高級志向の強まりだ。
中国国家発展改革委員会(発改委)が毎月発表する国内36都市の消費品の平均価格を見ると、2022年7月の瓶ビール(630ミリリットル)の価格は4.86元。7年前の15年7月(4.25元)からは0.61元(14.4%)上昇したものの、劇的に高騰しているわけではない。ただ、上海などの大都市に限ると状況は異なる。
今年6月までアサヒグループ中国法人の朝日啤酒(中国)投資で総経理を務めた西村隆氏は、上海のビール相場の変遷について「10年前は日本料理屋でジョッキを1杯頼むと15元くらいだったと思うが、今や30元近くになっている」と説明。中国の大都市で消費者の許容価格が年々拡大しているとの見方を示す。
日本のビール業界の関係者は「欧米や日本では、クラフトビール(小規模醸造所がつくる高品質なビール)が一定の地位を確立するなどビールの味を楽しむ文化が定着している。こうした文化が上海などの中国の大都市にも流入してきている」と指摘。中国の所得水準が引き続き上昇していることも相まって、中国人のビールに対する高級志向は今後も強まるとみている。
中華料理店でも
日系の拡大図る
中国のシンクタンク華経情報網によると、20年の中国の年間ビール消費量は4,000万キロリットル余りで世界1位。世界全体の2割以上を占めるとされる。
巨大ビール市場での高級化の波を好機と見るのは、日本など国外のビールメーカーだ。これまで中国のビール市場は「雪花ビール」「青島ビール」といった国内ブランドが価格競争力を武器に優位な地位を築いてきたが、今後は国外勢にも商機が広がる見通し。
朝日啤酒(中国)投資は「これまでの中国ビール市場は、価格面で中国ブランドとの厳しい競争が待ち受けていた。だが現在は、上海、北京、広東省深セン、同省広州といった沿海部大都市で、価格を気にせず自分の好きな味のビールを飲もうとする消費者が飛躍的に増えており、こうした現象は海外勢にとってターゲット市場の拡大を意味する」と指摘する。
スーパーのビールコーナー。日系含む輸入ビールが豊富に並ぶ=中国・上海市
同社は沿海部大都市でのブランド投資に注力し、特に高級化の最前線である上海を中心に投資する意向。ビール関連のイベントに積極的に参画するなどして商品の露出を増やす考えだ。
また、中国人が常用する交流サイト(SNS)の「微信(ウィーチャット)」「微博(ウェイボ)」などに積極的に広告を出すことや、中国の電子商取引(EC)サイト「天猫(Tモール)」上に設けている旗艦店を使ったPR活動の強化も計画している。
同時に販路の拡大も進める。とりわけ重視するのは飲食店向けの販売で、中華料理店向けの高い成長性が追い風となる。同社は、中国人のビールに対する高級志向の強まり、訪日観光経験のある人の増加を背景に、中華料理店でも日本ブランドのビールの需要が拡大していると指摘。従来は日本料理店への仕向けが主だったが、中華料理店向けの需要拡大で現在の日本料理店向けの比率は50%を切ったという。
【ベトナム】
大手業績が絶好調
下期も力強く成長
新型コロナの行動制限の緩和で飲食業ににぎわいが戻ったベトナムでは、ビール各社の業績が回復している。
地場最大手サイゴン・ビア・アルコール飲料総公社(サベコ)の今年の第3四半期(7~9月)の連結売上高は、前年から倍増と第2四半期に続き躍進。このうちビール事業の売上高は売上高全体の89%を占めた。国営ハノイ・ビア・アルコール飲料総公社(ハベコ)も第2四半期(4~6月)に2桁の増収増益を確保した。市場首位のハイネケンやサッポロホールディングスのベトナム法人も今年の販売数量を大幅に伸ばしている。業務用を中心にビール市場の拡大はしばらく続くとみられる。
サベコは業績回復の要因として、新型コロナの行動制限の緩和による消費の回復とともに、生産性の改善と費用削減で原材料費の高騰の影響を最小限に抑えたことを挙げた。コスト圧縮により収益性を示す売上総利益率は前年を3ポイント上回る34%に改善した。
他方、「タイガー」「アムステル」などのブランドを展開し、20年のベトナムビール市場で首位(独調査会社スタティスタ調べ)のオランダ系大手ハイネケンで顕著なのが、電子商取引(EC)での販売額が20年上半期に前年から6倍に増えたことだ。21年第3四半期(7~9月)に南部を中心に広範なロックダウン(都市封鎖)が敷かれ、小売店での販売ができなくなったことを機にビールのECでの注文が一気に増えたとみられる。
高価格帯ビールで一定シェアを握るサッポロベトナムは、今年の第2四半期の国内売上数量が前年同期比34%増と、7%増だった第1四半期から伸び率を5倍に広げた。
サッポロ本社の広報によれば、南部ホーチミン市と首都ハノイで、たる生ビールのシェア拡大に集中的に取り組んだことが奏功した。たる生の販売は3月から19年実績を上回っているという。コロナの収束に伴い結婚パーティーが増加したことで、瓶ビールも6月になって19年水準を越えた。
ビールなどを楽しむ人で賑わうハノイ旧市街の飲み屋=10月14日、ハノイ
地場のSSI証券は今後の飲食品市場について、ホテルや飲食店の営業再開や外国人観光客の回復で下半期は力強く成長し、23年後半にコロナ前の成長軌道に戻ると予測している。
【韓国】
不買運動いまや下火
日本ビール回復兆し
コンビニ大手CUと大韓製粉のコラボ商品「コムピョビール」。すっきりとした味わいが評判(BGFリテール提供)
韓国では輸入ビール業界が日本製品の不買運動と新型コロナのパンデミック(世界的大流行)による供給不足で足踏みする一方、国産ビールは「家飲み」需要に支えられてシェアを回復しつつある。
韓国では20年に改正酒税法が施行され、これが国産ビールの価格競争力の向上につながった。輸入ビールの強さの秘訣(ひけつ)だった「4本で1万ウォン(約930円)」という商法が国産ビールでも可能になったことで、国産ビールに目を向ける消費者が増えている。
国産ビールが盛り返しつつあるもう1つの理由に、企業とコラボレーションしたクラフトビール人気がある。コンビニ最大手「CU」が大韓製粉とコラボレーションし、クラフトビールメーカーの7ブロイと共同で生産・販売する「コムピョビール」がその火付け役となった。
「コムピョ」は大韓製粉が販売する小麦粉のブランドで、同社の小麦を使用した白ビール商品だ。「コム」は熊、「ピョ」は印を意味し、熊がビールを飲んでいるロゴが目印となっている。
CUは白ビールの「コムピョビール」の派生商品として、20年10月にクラフトビールメーカーのスクイーズ・ブリュワリーと手を組んだ黒ビール「マルピョビール」を発売した。「マル」は馬のことで、コムピョ同様、馬がロゴに描かれている。
こうしたコラボ商品の発売は後を絶たない。OBビール系でクラフトビールメーカーのコリア・ブリュワース・コレクティブ(KBC)はこのほど、コンビニのセブンーイレブン、出前アプリ「配達の民族」と共に、「キャーという声が出るビール」というコラボ商品を発売した。KBCはこれまでにも、地場アパレル業者のBYCとコラボした「白羊BYCラガー」などさまざまなクラフトビールを販売している。
コンビニで割引
3年ぶりCMも
日韓関係の悪化を受けて、19年に日本製品の不買運動が起こった韓国。以降、同国の輸入ビール市場でそれまでの首位の座を失い、低迷していた日本産ビールだが、徐々に回復の兆しが見えている。
韓国の大手コンビニエンスストア4社(CU、GS25、セブン―イレブン、Eマート24)では、今年5月から輸入ビールの割引販売の商品に日本のビールを追加した。対象となるのは19年8月以来となる。
広告業界でも動きを見せている。アサヒグループホールディングスと韓国のロッテ七星飲料の合弁会社で、日本のビールの輸入販売を手掛けるロッテアサヒ酒類は、6月から韓国で広告活動を再開。同社は19年7月以降、テレビコマーシャルなどの広告を一時中断していた。
韓国関税庁によると、今年上半期の日本産ビールの輸入額は526万2,000米ドル(約7億7,800万円)で前年同期の344万9,000ドルに比べ52.6%増加した。