NNAカンパサール

アジア経済を視る October, 2022, No.93

【シリーズ小国経済】

不況のラオスを行く
新鉄道と中国マネー

通貨安や原油高騰などの要因で、経済危機に直面している東南アジアの小国ラオス。鉄道事業をはじめとする隣国・中国からの巨大投資や、新型コロナウイルス感染症の世界的流行を受けて市民生活はどのような変化を遂げているのか。首都ビエンチャンや世界遺産を擁する観光都市ルアンプラバンを歩いた。(東南アジア専門ジャーナリスト 泰梨沙子)

ビエンチャン駅。中国語の名称「万象」と大きく表示=2022年8月28日、ビエンチャン(筆者提供)

「もうコロナはいなくなったよ」

タイの首都バンコクから航路で1時間強。こぢんまりしたビエンチャン国際空港からホテルに移動する道中、運転手に新型コロナの状況を尋ねると、そんな答えが返ってきた。「みんなワクチンも打ったし、もう誰もコロナを怖いとは思っていないよ」とも。

取材で現地入りした今年8月下旬の街中は、運転手の言う通りに多くの人がマスクを着用していない。タクシーやホテルなどのサービス業の従業員は着用していたが、顔から外している人も時折いた。

ラオスで普及している新型コロナの飲み薬「モラコビル」(筆者提供)

「コロナにかかったら、この薬を飲めばすぐに治るのよ」。そう教えてくれたのは、ビエンチャン在住の女性(36歳)。手元のスマートフォンの写真には、ラオス製薬公社製の新型コロナの治療薬「MOLACOVIR(モラコビル)」が写っていた。

モラコビルは、米製薬大手メルクなどが開発した軽・中等症患者向け飲み薬「モルヌピラビル」のラオスでの製品名。国営工場がライセンス生産しているため、現地の薬局ですぐ入手できる。コロナの症状に良く効くとされ、住民の間で広く普及しているという。

「コロナにかかったら、病院になんて行かない。みんなこれを飲んで、家でおとなしくしていれば治るのよ」(前出女性)。ラオス社会では既に、コロナは風邪と同様の扱いになっているようだった。

店は閉じられ街は閑散
まるでゴーストタウン

その一方で、コロナ感染よりもはるかに懸念されているのが経済状況の悪化だ。ラオスは現在(取材時点で)、新型コロナのワクチン接種者には陰性証明書なしの入国を認めており、観光客の誘致を進めたい考えだが、いまだ旅行者数はコロナ前の水準には戻っていない。ビエンチャンの街中は閉鎖した店舗が並び、ゴーストタウンのようになっていた。

さらに急な物価高が追い打ちをかけ、市民生活に大きな影響が出ている。前出の女性は「生活用品が値上がりし、人々の生活は苦しくなっている。観光客もまだ戻ってきておらず、多くの店は営業再開できていない」と話す。

計画・投資省傘下のラオス統計局(LSB)によると、2022年8月のインフレ率は前年同月比30.0%となり、前月からは4.4ポイント上昇した。これは、00年7月に記録した31%以来の高水準となっている。品目別では輸送費・配送費が51.7%、コメ、肉類、植物油、野菜などの食品・非アルコール飲料は30.2%、住宅・光熱費は20.5%、それらが大きく上昇した。

主な原因は、ロシアによるウクライナ侵攻を受けた原油価格の上昇と、米国の利上げに伴うラオス通貨キープの相場下落によって輸入品の価格が上昇したことだ。

また、内陸国のラオスは燃油のほぼ全てを中国やタイ、ベトナムといった近隣国から輸入している。6月中旬には、深刻なガソリン不足で給油所に長蛇の列ができたという。筆者がビエンチャンを訪れた8月下旬は、複数の給油所が閉鎖されていたものの、運営中の給油所では滞りなくガソリンが供給されていた。

街中のスーパーマーケットを訪れると、タイの即席麺「ママー」のビッグサイズは5,000キープ(約44円)、果汁100%ジュースは2万8,000キープ、シャンプーは4万5,000~5万キープなどで、食品や日用品の価格はタイの水準から大きく変わらなかった。

急速な物価上昇の影響なのか、併設された街中の家電量販店は週末にも関わらず閑散としていた。東芝やLG電子といった日中韓メーカーのさまざまな家電がずらりと並ぶ横で、店員は暇そうにテレビを見つめていた。

店員は「今年に入って輸入品である家電の値段も上がっている。昨夜の大雨で道路が封鎖されている地域もあり、客足が遠のいているようだ」と肩を落とした。

【動画】ビエンチャンの閑散とする街中=8月27日(筆者提供)

【動画】ビエンチャンの家電量販店。客はいなかった=8月27日(筆者提供)

中国から投資続々
鉄道景気に期待感

「あれは中国の支援で新しくできた病院、あれは中国資本でできたホテル、あれも中国が造ったモニュメントね‥‥」

ビエンチャンの街中を住民に案内してもらうと、中国の存在感の強さがまざまざと浮かび上がってきた。現地の女性は「中国とラオスの関係は長い歴史がある。隣国である中国からの投資が増えるのは当たり前で、何も新しいことではない」と淡々と話す。

経済危機に加えて、中国との結び付きが強いラオスでは対中債務の拡大も懸念されている。世界銀行によると、21年末時点のラオスの公的債務は国内総生産(GDP)比で88%。対外債務は推定145億ドル(約2兆円)となり、このうち対中国が約5割を占めた。

その影響力を最も象徴するのが、21年12月に中国主導で開通したラオス・中国鉄道(中老鉄路)だ。総事業費は約59億ドルで、中国側が約7割を出資している。ラオス側が負担する約3割も、大半が中国からの融資で賄われている。

ビエンチャンから中国・雲南省昆明市までを結ぶ全長約1,000キロメートル。このうち、ラオスの区間はビエンチャン―中国国境のボーテンまで、約422キロとなる。ビエンチャンからボーテンへの所要時間は、これまではバスなどを利用して1日がかりの行程だった。それが鉄道の開通で3時間半に短縮された。

ラオス政府の関係者は「鉄道利用が普及すれば観光客増加の起爆剤にもなり、景気の回復につながる」と期待感を示す。

【動画】中国の支援によりできた大型病院=8月27日(筆者提供)

ぴかぴかの新築駅
トイレには紙無し

【動画】ビエンチャン駅内=8月28日(筆者提供)

今回、筆者はこの鉄道に乗る機会を得た。鉄道チケットはタイの代理店を通じてオンラインで予約可能で、その場合は3~4日前までに手続きする必要がある。乗車日に駅でも購入できるが、早々に売り切れる可能性があるという。

今回予約したチケットは、前日に滞在先のホテルに届けてもらうことができた。ビエンチャン―ルアンプラバン(道路で約310キロ区間)の2等クラスが、代理店の手数料込みで片道1,353バーツ(約5,170円、タイで手配)だった。

乗車当日、ビエンチャンの中心部から車で約30分走ると、大自然に囲まれたさら地に巨大な駅舎が突如現れた。「ビエンチャン」という駅名がラオス語と中国語(万象)で掲げられており、英語での記載は無かったのが印象的だった。

始発の朝7時30分発の列車に乗るため、セキュリティーチェックを通って駅舎に入る。吹き抜けの広い構内では、既に多くの旅行客が椅子に座って列車を待っていた。建物は完成して間もないこともあり、床も天井もぴかぴかだった。

構内に売店などはないが、駅舎の外に並ぶ屋台で食べ物や雑貨を購入できた。8月下旬時点では立ち入り禁止となっていた2階エリアには今後、商業エリアも設置される予定のようだ。困ったのは、トイレ内にトイレットペーパーや洗浄シャワーなどの設備がなかったことだ。紙は事前に用意するか、外の売店で購入しておく必要がある。

列車に乗り込む人々=8月28日、ビエンチャン(筆者提供)

取材中に突然、プラットホームへの入場ゲート前に列ができ始めた。発車時刻の20分前にゲートが開くと、民族衣装を着た係員の女性が乗客のチケットを1枚1枚確認する。鉄道が開通した直後は、コロナ対策の防護服を着ている駅員がSNSに投稿されていたため、ラオスでコロナが終息していることをここでも感じられた。

ホームには、既に「中国鉄道CR200J型」の車両が入線していた。号車番号を見て乗り込むと、多くの客が指定座席の座り方に戸惑っている様子で、なかなか前に進まない。目新しさから、あちこちで写真を撮ったり談笑し合ったり、しばしお祭り騒ぎのようだった。

チケットを購入した2等クラスは、ほぼ満席だった。指定席にやっとたどり着くと、筆者の席には既に客が座っていた。「これは私の座席です」と伝えると、先客は申し訳なさそうに移動してくれた。

列車が走り始め、窓にはのどかな田園風景が広がり、やがてそびえたつ雄大な山々が姿を現した。降車駅は、ラオス随一の観光都市、ルアンプラバン。ビエンチャンからはバスで約10時間かかるところが、鉄道では2時間にまで短縮された。

中国の支援を受けてラオスで開通した鉄道=8月28日、ルアンプラバン(筆者提供)

「タイ人ばかり」
観光客の戻り鈍い

ルアンプラバンに到着すると、乗客のおよそ半分が降車したように見えた。客層はタイ人やラオス人などアジア系が多く、西洋人らしき姿はほとんど見られなかった。伝統建築風の駅舎を出ると周りは山々に囲まれ、太陽の光が肌を突き刺してくる。

【動画】ルアンプラバンへの道中、車窓の景色=8月28日(筆者提供)

町全体が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録されているルアンプラバンは、14世紀に時の王朝が栄え、仏教寺院の数々や早朝の僧侶による托鉢(たくはつ)が有名な古都。昼間は暑さからか人の姿が見られなかったものの、夜になると観光地やナイトマーケットに多くの人が詰めかけていた。

ただ、依然として観光客の戻りは鈍い。

コロナ禍以前は日本人が多く滞在したという4つ星ホテルの従業員は、「先月の宿泊客はタイ人のみだった。9月から日本へ帰国する際の水際措置が緩和されたことで、日本人客が戻ってくることに期待したい」と話す。

この従業員が言うように、観光地では多くのタイ人旅行客の姿が見られた。ラオス通貨キープの相場が、対タイ・バーツでは5年前から約半値になっていることもタイ人の旅行需要を喚起しているようだ。

一方、中国ではいまだコロナ対策に伴う入国制限が敷かれている。ラオスとも陸路の往来ができる状況ではないが、入国制限が解除されれば中国人旅行者の大量利用も期待される。中国はこの鉄道を東南アジアにおける巨大経済圏構想「一帯一路」の重要事業と位置付けており、将来的にタイやマレーシア、シンガポールにまで延伸させる計画もある。

鉄道事業を巡っては「債務のわな」の懸念も払拭できない。事業費はラオスのGDPの3割に上る。採算が取れなければ、返済能力を超える中国の融資で借金漬けとなるリスクがある。最後には国家の権益を譲り渡さなければならない恐れもある。

ただ、東南アジアで成長が遅れているラオスが経済発展を遂げるには、中国のような大国からの投資に頼らざるを得ない状況にあることも否定できない。鉄道事業がラオスにとって吉と出るか凶と出るか。小国は運命の分かれ道にいる。

世界遺産の古都、ルアンプラバンの駅=8月28日(筆者提供)


     

泰梨沙子(はた・りさこ)

2015~21年、NNA記者。タイ駐在5年を経て、21年10月に独立。フリージャーナリストとしてタイ、ミャンマー、カンボジアの経済、人道問題について執筆している。ツイッターアカウント「@hatarisako」

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