NNAカンパサール

アジア経済を視る July, 2022, No.90

【識者に聞く】

実習制度に見る労働問題
選ばれる企業になるには

日本で人権侵害の事例が後を絶たない外国人技能実習制度。問題に詳しい弁護士法人Global HR Strategyの杉田昌平・弁護士は「根本的な解決には、世界共通にある外国人労働者の脆弱(ぜいじゃく)性を取り除く仕組みを作ることが重要だ」と指摘する。受け入れる側の企業や社会に何が求められているのか。(聞き手=東南アジア専門ジャーナリスト 泰梨沙子)

東京都内のミャンマー料理店の様子。日本では多くの外国人が飲食店や工場などで働く(筆者撮影、写真はイメージ)

――実習生への人権侵害が問題視されています。なぜこうした事態が起きるのでしょうか。

外国人労働者が弱い立場に立ってしまう要因は多岐にわたります。国際移住機関(IMO)は「脆弱性要因」と定義し、要因の性質と時系列によってマッピング(図示)できるとしています。日本でも、言葉の障壁や「相談できるコミュニティーにつながれない」「制度上の問題で転職ができない」といったことから、実習生への人権侵害が深刻化しやすいといえます。最近では、岡山市の建設会社でベトナム人実習生が約2年間も暴行を受けていたと大きなニュースになりました。

ただ、こうした事態は外国人だけの問題ではありません。特に建設業では「ヘルメットの上からハンマーでたたく」といったようなパワーハラスメントが、日本人にも日常的に行われていることがあります。根本にあるのは、国籍に関係なく非正規雇用など弱い立場の人に対して負担を強いる構造です。

――脆弱性要因がなぜ人権侵害につながるのか。具体例を教えてください。

脆弱性メカニズムの一例として、ブローカーなどへ入国に必要な借金がある場合、返済のため仕事を続けざるを得ません。制度上の問題で転職が制限され、人権侵害が生じても権利を回復する手段を取ることができません。さらには、正規の方法で転職や在留の延長ができず非正規での在留となった場合、公的な救済メカニズムの対象ではなくなるため、より脆弱な立場に立たされます。

日本を例に挙げると、外国人労働者が国籍別で最も多いベトナムからは、訪日までに送り出し機関への手数料などで7,000~8,000米ドル(約95万~108万円)、多いときは1万米ドル以上かかる場合があります。借金を返済するため、実習先でパワハラを受けても簡単には帰国できないのが実情です。

――制度自体に問題があるのでしょうか。

外国人労働者の受け入れ制度として、「移民として受け入れる」か「技能実習制度・特定技能制度のような短期ローテーションで受け入れる」かという議論がありますが、制度を比較することに意味があるようには思えません。

日本は過去に、移民を受け入れていたことがありました。1990年、「出入国管理および難民認定法(入管法)」の改正の際、日系ブラジル人を定住在留者として受け入れたのです。転職は自由で在留期限もない。移民として受け入れてどうなったかというと、彼らは派遣労働者として使われて2008年のリーマンショックで大量に解雇されました。政府は離職した日系人を対象に帰国支援事業を実施するなど、外国人労働者の脆弱性が露呈しました。結局、移民、技能実習生に関わらず、制度の良しあしを問う議論では問題の解決にはたどり着かないと考えています。

出所:Global HR Strategy

借金無いフィリピン
少額のインドネシア

――解決には、どのような議論が必要ですか。

外国人労働者の脆弱性を利用しない、利用させないために企業や社会ができることを考えていく必要があります。

例えば、入国前の借金についてはレスポンシブル・ビジネス・アライアンス(RBA)※の行動規範を採用する企業のサプライヤーが、RBAの行動規範を含むCSR(企業の社会的責任)条項に基づき、実習生が負担してきた費用を返還することがあります。資金力のある企業は、直接雇用する実習生にヒアリングして費用返還するケースもあるようです。
※労働環境の安全性、労働者の保護や適切な取り扱い、事業の環境負荷軽減など企業に責任ある対応を求める行動基準

フィリピンのように入国前借金がほぼ無い国、インドネシアのように入国前借金はあっても金額は大きくない国もあり、そうした国からの受け入れや入国前借金がない・少ない送出機関からの受け入れを促進する、という方法もあります。

――その他、脆弱性を取り除くためにどのような取り組みがありますか。

漁船・漁業の職種では、受け入れ船主の団体(漁業協同組合や船主組合)が労働組合との間で労働協約を締結し、関係労使の協議を円滑に促進することが定められています。このように、対話救済のメカニズムに産業別の労働組合が関わる仕組みを確立することで、問題の特定・対応が円滑になるという見方もあります。

しかし、外国人労働者の脆弱性要因を全て無くすことはできないため、脆弱性要因を利用しない・利用させないという基本的な行動規範を社会で確立することが求められています。

――技能実習制度は、実習生の人権を保護できているのでしょうか。

杉田弁護士(本人提供)

実習制度は、外国人労働者を受け入れる短期ローテーションの制度として韓国の雇用許可制と比較されることが多いですが、韓国では不法滞在者数の増加が深刻になっています。経済協力開発機構(OECD)の報告書によると17年の韓国でのベトナム人労働者のオーバーステイレート(不法滞在率)は約40%。日本でも実習生が失踪し、不法滞在者が増加していると言われますが、それでも全体の2~3%にとどまっています。

制度にはまだ課題が残りますが、実習生を受け入れるときには1人1人に対して技能実習計画を作って労働条件を確認したり、外国人技能実習機構が実施者や監理団体を調査したりする仕組みがあり、外国人労働者の脆弱性を減らしている部分もあるといえます。

農業で月30万円
生産性高い豪州

――日本は少子高齢化が進み、外国人労働者の受け入れが加速することが予想されます。一方で同制度は「現代の奴隷制」と呼ばれることもあり、受け入れ態勢が変わらなければ外国人が日本に来なくなる恐れもあります。

日本の高校卒業者は1990年に60万人いたのが、2001年には20万人にまで減りました。しかし、労働力が豊富だった戦後から「人はいくらでもいるから安く確保できる」という考え方が1990年ごろまで続き、これが労働者に対する人権侵害の根底にあるともいえます。このような思考で企業活動を続ければ、外国人が将来的に日本を選ばなくなることも考えられます。

例えば、オーストラリアの農業では、ベトナムからの出稼ぎ労働者に月3,000豪ドル(約28万円)支給する事例もあります。日本は18万円程度なので、これならオーストラリアを選ぶでしょう。オーストラリアの農業が大規模化・機械化し、この給料が出せるぐらい生産性を高くしていることが背景にあります。

今後は中国などでも少子高齢化が進み、外国人労働者の獲得競争は激しさを増すと予想されます。日本でも外国人を含む非正規労働者の待遇を改善して賃金を上げなければ、残念ながら選ばれない国になってしまうでしょう。

――本格的に労働者の権利保護に対応しないと、人材確保が難しくなるということですね。

私たちが求める便利な生活を続けるには、その裏で働いてくれる人が必要です。コンビニでお弁当を24時間買える裏側には、飲食料品の製造業で技能実習生・特定技能実習生が働いています。そういう人たちがいないと私たちが望む社会が回らないので、短期ローテーションの仕組みで来てもらっている状態なのです。

今は技能実習制度が注目されていますが、その根本には「非正規雇用の人たちの権利をどう守るのか」という、日本が長らく直面している問題があります。外国人労働者の権利を考えることは同時に、弱い立場に置かれている日本の非正規労働者の権利改善にもつながっていくといえます。

パワハラ被害の実習生、クーデター措置で在留

現在は東京で働くMさん(筆者撮影)

2020年3月から大阪府の建設会社で実習生として働いていたミャンマー人のMさん(33)。日本語がうまくできないことなどを理由に、日本人上司から常習的なパワハラを受けた。

21年7月、上司が運転する建設機械によってけがを負った。実習先からは労働災害の隠匿を促すような指示を受けるなど誠実な対応が見られず、精神に不調をきたして実習先から逃亡。その後は、ミャンマー本国で発生したクーデターの影響により帰国できないミャンマー人向けに、日本政府が実施する緊急避難措置を利用して日本での在留を延長し、東京都内の自動車整備工場で働いている。

「建設現場でけがを負った後、しばらくは落ち込み話もできなかった。ミャンマーで困窮する家族のため日本で仕事を続けたい。今の職場は皆優しくてほっとしている」(Mさん)

Mさんの相談を受け、外国人技能実習機構への労災隠しに関する申告書の提出を手伝った杉田弁護士は、「外国人労働者の脆弱性を利用するような事業者は、どんな制度であっても外国人労働者を雇ってはいけない。そういう事業者を排除するためにも、労働基準法や外国人技能実習法の適用を厳格にする必要がある」としている。

(泰梨沙子)

〈プロフィル〉
杉田昌平(すぎた・しょうへい)

2011年弁護士登録(東京弁護士会)、入管届出済弁護士(13年~)、社会保険労務士(17年~)、日本弁護士連合会中小企業海外展開支援担当弁護士(18年~)、慶応義塾大学法科大学院・グローバル法研究所特任講師、名古屋大学大学院法学研究科学術研究員、アンダーソン・毛利・友常法律事務所、名古屋大学大学院法学研究科日本法教育研究センターベトナム(ハノイ法科大学内)、ハノイ法科大学客員研究員、センチュリー法律事務所等を経て現職。外国人材受け入れに関する入管手続き、労務手続き、制度設計、合併・買収(M&A)、組織再編、危機管理対応、紛争対応などを主として業務を行う。並行して、外国人材の受け入れに関する講演・研修を多数行っている。

泰梨沙子(はた・りさこ)

2015~21年、NNA記者。タイ駐在5年を経て、21年10月に独立。フリージャーナリストとしてタイ、ミャンマー、カンボジアの経済、人道問題について執筆している。ツイッターアカウント「@hatarisako」

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