【アジアエクスプレス】
無資格医療で後遺症
「地下美容」に規制
無資格で美容医療サービスを行う「地下美容」施設に対し、ベトナムで規制の動きが強まっている。医師免許のない者などが鼻形成術や豊胸手術を行い、後遺症が残るトラブルが相次いでいるためだ。美容サロンの経営者らに注射の方法などを教える非正規の研修まで広がっており、共産党は取り締まりを厳格化する方針を打ち出している。
ハノイで営業する美容スパ(記事に登場する施設とは無関係)
地下美容に絡む医療事故は、このところ連日メディアで取り上げられている。
タインニエン電子版によれば、首都ハノイでは1月、22歳の女性が美容クリニックで鼻形成術を受けた20分後に昏睡(こんすい)状態に陥り、3月に死亡した。女性の手術を担当した5人のうち開業医の免許を持つのは1人のみだった。
死亡や重度の障害に至らないトラブルも頻発している。ホーチミン市3区の美容整形クリニックで豊胸手術を受けた28歳の女性は、左右の乳房が大小ふぞろいとなり、丸みもなくなった。
女性は「胸の見栄えはかえって悪くなり、彼氏からも家族からもしかられた。痛みも残る」と訴えている。手術費用の5,800万ドン(2,500米ドル、約32万円)は借金で工面した。「もっと魅力的な体になりたかっただけなのに、今は惨め」と悔やむ。
薬剤用法も手ほどき
研修の「地下コース」
ベトナムの法令では、注射や体に物理的な変更を加える手術などは、美容医科のある病院やクリニックでのみ認められる。
最大都市ホーチミン市の場合、クリニックと病院で可能な美容医療の範囲が異なる。トイチェー電子版によれば、クリニックでは鼻形成術やまぶたの整形手術などは可能だが、顔のたるみを取り除く「フェースリフト」や豊胸といった麻酔を伴う手術はできない。こうした高度な医療行為は一部の病院でのみ認められるが、規制は徹底されていない。
ホーチミン市保健局が21年に違法な美容医療行為で摘発したスパ。鼻形成術は399万9,000ドン、まぶたの整形手術は49万8,000ドン~。SNSに手術室らしき写真も投稿していた(ベトアイン・メガ・ビューティー・センターのフェイスブックより)
タインニエンによると、違法な医療行為などでホーチミン市保健局から処分を受けた美容サロンは過去2年で146カ所、美容クリニックは95カ所に上る。一部の地下美容はマンションの一室などでひそかに営業しており、実態把握は困難という。
さらに問題なのは、皮膚充てん剤(フィラー)注入などを教える非正規の研修までが提供されていることだ。同市ではフィラーやしわ取り薬(ボトックス)の使い方を教える1週間ほどのコースが開催されている。受講料は500万ドンで、各地の美容サロンの経営者らが参加している。受講生の練習台は、フィラー注入を無料で受けられるという会員制交流サイト(SNS)の宣伝につられた若い女性たちだ。
年6%で市場急伸
中国は規制を先行
地下美容がはびこる背景には、所得の向上とともに、美しくなることへの関心が高まっていることがある。インクウッド・リサーチの調べによれば、ベトナムの美容整形手術の市場は2028年にかけて年率6%以上の成長が見込まれる。
地下美容は価格が正規の医療機関より安いため、庶民には魅力的に映る。まぶたの整形手術の価格は300万~400万ドンで、正規の病院の5割強ほどで済む。
相次ぐトラブルを受け、政府を指導する共産党は取り締まりに乗り出している。党機関紙ニャンザンは3月末に掲載した論説で、「地下美容施設でニセの医師を信頼すれば、体に傷跡が残り、死に至ることさえある」と注意を呼び掛け、管理を強化する必要性を訴えた。
地下美容の問題は以前から指摘されてきた。13年には資格外の豊胸手術を行った医師が術後に死亡した女性の遺体を川に遺棄した事件が起き、社会を震撼(しんかん)させた。
党がこのタイミングで規制強化に乗り出したのは、隣国の中国の動きを踏まえた可能性もある。
中国共産党は21年、外見重視の風潮が広がっており、無認可の美容医療施設が増加しているとして美容医療の普及を問題視。党機関紙などを通じて美容医療の広告を規制する方針を打ち出している。