NNAカンパサール

アジア経済を視る June, 2022, No.89

【ビジネスノート】

鍋に焼き肉、タクシーも
韓国の「無人ビジネス」

韓国ではここ数年で「無人化サービス」が広がり、日常的に見られるようになった。代表的なのがミールキットや調理済み商品(HMR)を扱う無人販売店。味付けカルビなど焼き肉の店まで登場した。急増する人件費を抑えられると事業者に人気だ。自動運転技術によるロボットのようなタクシーにも注目が集まる。ビジネス無人化の流れはさらに加速しそうだ。(NNA韓国 清水岳志)

無人の非対面ミールキット専門店で商品を選ぶ顧客=韓国・ソウル、2022年4月(NNA撮影)

いらっしゃいませ。商品を選んだらセルフ決済端末で会計をお願いします――。ソウル市北部の城北区貞陵洞にあるミールキット専門店に入ると、このような案内放送が流れた。店内には商品の案内が書かれた冷蔵庫と決済端末が置いてあるだけで、店員はいない。韓国では近年、このような無人店が至る所で見られるようになった。

店内で商品を選んでいたキム・ウンジュさん(40代・会社員)に話を聞くと、「在宅勤務のために自宅で食事をする回数が増えたのでミールキットをよく買うようになったが、24時間営業している無人店はとても便利だ」と答えてくれた。

無人店はこれまで、コンビニエンスストアやカフェで導入されるケースが多かった。ところが、コロナ禍で「3密」(密集・密接・密閉)を避ける傾向が強まったことで、人との接触を最小限に抑えられる無人店を好む消費者が増えている。

流通スタートアップのDNFCが展開するミールキットの無人店「ダムクック」は、ランチョンミートなどを入れた鍋料理の「プデチゲ」や、鶏肉と野菜を煮込んだ「チムタク」など韓国でポピュラーな家庭料理をはじめ、「ミルフィーユ鍋」や「和牛ステーキ」なども販売している。今年1月時点で430店だった店舗数も4月には460店と、3カ月あまりで30店増えた。

市場調査会社のエムブレイン・トレンドフォースが、2021年12月に実施したオンラインアンケート(満19~59歳の男女1,000人を対象)では、「最近、無人店が増えたと感じる」と答えた人は全体の79.2%、「無人店を利用した経験がある」と答えた人は71.9%を占めた。「今後、無人店を利用する意向がある」という回答も80.9%に上った。

異業種から参戦
安いコスト魅力

食品が専門ではない異業種から無人店経営に乗り出す企業もある。HMRを主に扱う「パプキ」を運営するのは、女性向けヤングカジュアル衣料を販売するレブショーメイだ。衣料品の流通で培ったノウハウを基に、2017年に「食品を扱う無人コンビニ」として「パプキ」を立ち上げた。

これまでは直営4店のみを展開して事業モデルの検証に努めてきたが、コロナ禍で無人店の人気が高まっていることもあり、このほど加盟事業にも乗り出した。

レブショーメイの関係者は「創業に関する問い合わせも急増している」と手応えを感じているようだ。ただ、消費者の利便性向上に力を注ぐ方針から、加盟店による積極的な店舗拡大より直営店の展開に力を入れる方針という。

テダナンF&Bが運営する「キム・ジュンホのテダナンカルビ」。焼き肉のミールキットを扱う(同社公式サイトより)

テダナンF&Bが運営する「キム・ジュンホのテダナンカルビ」。焼き肉のミールキットを扱う(同社公式サイトより)

さらに「焼き肉」を取り扱う無人店も登場した。テダナンF&Bが運営する「キム・ジュンホのテダナンカルビ」では、自宅で簡単に味わえる焼き肉のミールキットを専門に扱っている。

焼き肉は韓国を代表する食べ物だが、味付けカルビやプルコギなど薬念(ヤンニョム、ニンニクやトウガラシなどの香辛料を合わせて作るソース)で味付けされた肉は、仕込みに手間がかかるため家庭ではあまり食さない。コロナ禍で外食に行きにくい中、カルビなどを自宅で味わえるようにしたのが、テダナンカルビの特長だ。

店舗は完全無人で24時間営業。外食よりも安い価格で焼き肉を楽しめることから、消費者からの反響も上々という。

無人店が増えているもう1つの背景には、安い創業費用がある。売り場面積を減らし、自動化システムを導入することで安価で創業できるだけでなく、人件費を抑えることができる。

韓国では文在寅(ムン・ジェイン)政権下で最低賃金が急激に引き上げられ、飲食店や小売店などの自営業者が苦しい運営を強いられてきた。それだけに、人を雇う必要がない無人店は、創業を目指す人にとっては大きな魅力だ。

韓国フランチャイズ産業協会は、ポストコロナを迎えるフランチャイズ業界のトレンドの1つとして「非対面および無人化の創業」を挙げた。協会関係者は「3月に開催された見本市でも、自動でコーヒーをつくるロボットバリスタや非対面決済システムへの関心が高かった」と語る。

コロナ禍で定着した店舗の無人化の波はさらに広がり、流通業にさまざまな変化をもたらしそうだ。

無人のタクシー
繁華街でテスト

自動運転技術を活用したタクシーの本格運用に向けた動きに注目が集まっている。完成車の最大手が車両の開発を手掛け、ソウル市や大邱市などでは実用化に向けた試験サービスも既に始まった。

韓国で自動運転車の開発を主導するのは現代自動車だ。現代自は昨年11月、米自動車部品大手のアプティブと米国で立ち上げた合弁会社モーショナルが開発した自動運転のテスト車両を公開した。現代自のスポーツタイプ多目的車(SUV)の電気自動車(EV)「アイオニック5」をベースにしており、特定の条件下でシステムが無人車を操作する「レベル4」の実現を目指している。

現代自が昨年公開したEV「アイオニック5」をベースとした自動運転試験車両=韓国(同社提供)

現代自が昨年公開したEV「アイオニック5」をベースとした自動運転試験車両=韓国(同社提供)

現代自はこの車両を用いた無人のタクシーサービス「ロボライド」の試験サービスを今年上半期から全国各地で開始し、来年から本格的な運用に乗り出す。米国では来年から、モーショナルとの協力を通じてレベル4のサービスを実用化する計画だ。

一部の都市ではすでに、自動運転車の試験サービスも始まった。ソウル市は自動運転車向けのテストベッドに指定した麻浦区上岩洞で、今年2月から一般人も自由に利用できるサービスを開始した。同サービスの1回の利用料は2,000ウォン(約205円)で、利用者は専用のスマートフォンアプリ「TAP!」で出発地と目的地を選択し、自動運転車を呼び出して利用できる。

IT大手のネイバーは、傘下のネイバーラボを通じて自動運転車の実用化に欠かせない高精度の3Dマップや自動運転車向けソフトウエアの開発に取り組む。画像はネイバーラボの自動運転車の試験映像。周囲の車は緑、人は赤で表示されている=韓国(同社試験動画のキャプチャー)

IT大手のネイバーは、傘下のネイバーラボを通じて自動運転車の実用化に欠かせない高精度の3Dマップや自動運転車向けソフトウエアの開発に取り組む。画像はネイバーラボの自動運転車の試験映像。周囲の車は緑、人は赤で表示されている=韓国(同社試験動画のキャプチャー)

出発地と目的地は路線バスのように指定されており、車両も決まったルートを走行する「路線型」だが、ソウル市は「乗客が指定した目的地までノンストップで走行する。相乗りはできないため、タクシーのように利用できる」と説明している。

ソウル市は現代自とも提携し、同社の「ロボライド」サービスの試験運用を江南区で5月に開始した。こちらは上岩洞のサービスとは異なり、自由に乗・下車地を指定できる完全な形で運用される予定だ。

当初は3月を予定していたが、韓国国土交通省による認可が遅れたため、開始時期を延期せざるを得なかった。また、試験サービスで運用する車両は予定していた10台ではなく、3~4台に減る見込みという。繁華街である江南での運用について、政府が慎重な構えを見せていることが背景にあるようだ。

地方にも続々登場
路線は最長38キロ

実用化が進むのは、ソウル市だけではない。大邱市や済州道でも有料の自動運転車サービスが登場した。

大邱市は2月、ITベンチャーのソネット、SWUMの2社と提携し、路線型の無人のタクシーサービスを開始した。ソネットが運営するルートは7.2キロメートル、SWUMは4.3キロメートルで、いずれも3,000ウォンで乗車できる。大邱市は今年上半期中にもう1ルートを追加する計画だ。

済州道はカーシェアリング大手のソカー、自動運転技術の開発を手掛けるスタートアップのライドフラックスの2社と手を組み、昨年12月に済州空港と同道南部・西帰浦市の中文観光団地を結ぶシャトル型自動運転サービスを開始した。ルートは片道38キロメートルで、国内の自動運転サービスでは最長となる。

ソカー傘下のVCNCが運営する配車アプリ「タダ」を通じて予約できる。運賃は1人当たり8,000ウォンで、最大4人まで同時利用可能だ。移動時間は約1時間と、レンタカーやタクシーで移動した場合(約50分)に比べると遅いが、「利用者の満足度は高い」(ライドフラックス関係者)という。

これまでに登場したサービスはいずれも、安全要員が同乗しているため、本当の意味での完全な「無人化」はまだ先の話だ。しかし、一般人も利用できるサービスも登場しているだけに、今年からは可能性を肌で感じられるようになりそうだ。

ソウル・上岩洞で運用されている路線型の無人のタクシー=韓国(ソウル市提供)

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