NNAカンパサール

アジア経済を視る May, 2022, No.88

【ビジネスノート】

注目集める中国ワイン市場
世界的醸造家も続々と参入

中国が“上質なワイン産地”として注目されている。フランス高級ブランドのモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)や、ボルドー5大シャトーの筆頭ラフィットグループも中国で生産に乗り出す。中高級ワインの日本市場への進出も始まった。欧州産に比べて価格競争力で劣るとの指摘もあるが、今後のポテンシャルは高いようだ。(NNA中国 畠沢優子)

寧夏回族自治区のワイナリー、シルバー・ハイツのワイン。新型コロナの影響で直近のワイン消費は低迷する中国市場だが、中間所得層の増加が今後のワイン消費を押し上げそうだ=20年10月

今年2月、日本で中国産プレミアムワインのオンライン販促イベントが開催された。

「ワインショップソムリエ」を運営するトゥエンティーワンコミュニティ(東京都港区)が企画した「ディスカバー・チャイナ・キャンペーン」。「世界のプレミアムワインを凌駕(りょうが)する実力。アジアで今、最も注目される中国の銘醸地を巡る旅――」と銘打った。

「日本ではワインといえばフランス、スペインをはじめとした欧州産。隣国の中国で良質なワインを造っているのを知ってほしい」。ワイン事業を担当する田之上知輝氏は企図をこう説明する。

同社が今回扱った中国産ワインは、寧夏回族自治区、雲南省、山東省で造られた計6品。

寧夏からは、日本初上陸のプレミアム自然派ワイン「ル・シズィエム・エレマン」4品を販売。寧夏は大陸性気候でブドウの生育に最適なテロワール(栽培環境)を備えていることから、「中国のナパ・バレー」と呼ばれ、地方政府も振興政策として上質なワイン生産を推進。次世代のボルドーを目指す銘醸地として注目されている。

雲南省からは、ヒマラヤの麓に位置する標高2,200~2,600メートルの秘境で造られた「アオユン」を投入。LVMH傘下で、シャンパンの王様「ドン・ペリニヨン」など世界のプレミアムワインを手掛けるモエ・ヘネシー・ディアジオ(MHD)が生産していることでも有名だ。

中国を代表するワイン産地の山東省からは、仏ドメーヌ・バロン・ド・ロートシルト(ラフィット)が山東省で10年かけて生み出したプレミアムワイン「ロンダイ」を販売する。

田之上氏は、「中国のワイン産地は山西省、甘粛省、新疆ウイグル自治区などほかにもあるが、今回は品質の高いワインを造っている代表的な産地を選んだ」と説明する。

キャンペーン期間中は500本超を販売。個人客が購入し、売れ行きは想定より好調だったという。扱った中国産ワインの価格帯は6,000~6万9,800円。同社の購買層の多くが手に取る価格帯(1,000~2,000円)に比べて決して安くはない。

それでも田之上氏は、「同じ価格帯を見ても、最高級カリフォルニアワインの『オーパスワン』や5大シャトーのセカンドワインより、中国産はサイトのアクセス数や問い合わせに動きがある」と述べ、今後の需要拡大に期待を込める。中国産ワインを継続して取り扱い、日本でのブランディングとプロモーションに取り組んでいく計画だ。

雲南の高地で造られた「アオユン」(左)、山東省で10年かけて生み出した「ロンダイ」(右、全てトゥエンティーワンコミュニティ提供)

“量から質”への転換
海外業者が乗り出す

中国のワイン生産は現在、調整期を迎えているといわれる。

世界的な酒類コンテスト「インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション(IWSC)」を運営する英国のIWSCが発表したリポートによると、中国のワイン生産量は15年から5年間減少を続けている。20年の生産量は4億1,300万リットルで、16年からは約半減した。

中国の産地の多くは大陸性気候で冬が寒く、越冬のためブドウの木を地中に埋める作業が欠かせず、手間暇かかるワイン産業は高コストだ。厳しい気候条件や技術的な制約で事業者が淘汰(とうた)され、生産量が低下している。自由貿易協定(FTA)などを背景にニュージーランドやチリといった国から中低価格帯のワインが大量に輸入され、国産品が押され気味なこともある。

乾燥地帯にある寧夏陽陽国際ワイナリー。マイナス20度になる冬はブドウの木を土に埋め冷害から守る(プートン葡萄酒提供)

乾燥地帯にある寧夏陽陽国際ワイナリー。マイナス20度になる冬はブドウの木を土に埋め冷害から守る(プートン葡萄酒提供)

一方、広大な国土はワイン生産地としての可能性を秘めている。中国での生産は“量から質”に移行する時期に入ったとの声もある。

冒頭で紹介したトゥエンティーワンコミュニティの取引先であるボルドー出身のワインコンサルタントは、「中国全体は大陸性モンスーン気候だが、寧夏や雲南の高地はブドウ栽培に適した環境がある。中国にはおいしい白ワインやしっかりした赤ワインを造れる土地がある」と語っていたという。

実際、業界では質の高い製品を生み出そうとする流れに向かっており、寧夏や新疆にある中国資本のワイナリーでは、有機農法の1つ「バイオ・ダイナミック農法」を使ってオーガニックワインを造っている。

MHDやラフィットをはじめ海外ワイナリーが進出するのは、巨大マーケットを取り込むのが狙いだ。質の高い商品を造り地場に供給する、“地産地消”が可能と判断したといえる。

また、外資大手は知られざる新たな産地をブランディングで有名産地に変え、先行者利益を得る思惑だとの見方もある。地球温暖化でブドウ栽培の適地も変わっている。長期的な視点で、高級ワイン産地を今の段階から開発していこうと考える生産者は多いという。

品質向上と価格競争力
政府も取り組みに本腰

トゥエンティーワンコミュニティは、キャンペーン後も継続して中国産ワインを取り扱う。ワインショップのセラーマスター、江畑進一氏が手に取るのはプレミアム自然派ワイン「ル・シズィエム・エレマン」(同社提供)

トゥエンティーワンコミュニティは、キャンペーン後も継続して中国産ワインを取り扱う。ワインショップのセラーマスター、江畑進一氏が手に取るのはプレミアム自然派ワイン「ル・シズィエム・エレマン」(同社提供)

中国産プレミアムワインが日本進出する中、「価格の高さがネック」との声がある。

ワインの輸入販売を手掛けるエノテカ(東京都港区)の担当者は、「中国産プレミアムワインはエノテカが輸入する同等価格の欧州ワインなどと比較すると、クオリティーで負けてしまう」と、日本での中国産ワインの普及はまだ難しいと指摘する。

ただ、今後の潜在力を示す材料はある。山東省煙台市はアジアで唯一、国際ブドウ・ワイン機構(OIV)から「国際的なブドウ・ワイン都市」に認定されている。新疆や寧夏の賀蘭山は地方政府の第14次5カ年計画(21~25年)にワイン生産が組み込まれ、本腰を入れて取り組む方針を示している。

「中国や日本を含むワイン新興国の値段が最初は割高になるのは仕方がない。もう少し優良ワイナリーが量を造れるようになり、無駄が省かれ洗練されてくれば価格競争力も出てくるのではないか」(トゥエンティーワンコミュニティの田之上氏)

田之上氏は「この国はやると決めた時の猛進力はすごいので、非常にポテンシャルはある」と語った。

消費9割は赤ワイン
贈答品にも好まれる

IWSCによると、中国の2020年時点のワイン人口は推定5,200万人。20~34歳がワイン消費をけん引している。

省・自治区・直轄市別で見たボトルワインの消費金額は、広東省を筆頭に上海市、浙江省など沿海部の省・市が上位に。いずれも経済規模が大きく、中でも広東省は香港に近いこともワイン消費を押し上げる要因のようだ。

消費の9割は赤ワイン。赤が健康に良いといわれているほか、中国人にとっては富や権力を表す良い色で、贈り物にも圧倒的に好まれるからだ。市場の成熟に伴い、白ワイン、シャンパン、スパークリングワイン、ロゼの引き合いも高まると予想されている。

エノテカによると、中国で人気の産地はボルドー(フランス)がトップ。20年ごろからブルゴーニュ(同)も急伸しているという。以前はオーストラリアも人気で、有名ワイナリーのペンフォールズが注目を集めた。ペンフォールズは中国語で「奔富(富に向かって走る)」と表記し、名前が好まれたのも中国特有の面白さだ。

エノテカで国際事業を担当する八鍬俊介氏は、「中国のワイン消費市場といっても、国が大きすぎてニーズが見えにくい。都市によって成熟の度合いも異なり、『一省一国』の規模感だ」と話す。

大都市では消費動向に変化が出ていることも見て取れる。上海市では市場の成熟がみられ、以前はボルドーの格付けシャトー一辺倒だったのが、この5年は裾野が広がり、ブルゴーニュ、イタリアへと好みが多様になっているという。

八鍬氏は、「上海では贈答品向けのブランド買いの時代を終えて、自身が飲む自家消費向けに自分好みのものを探すようになってきている」と説明する。ワインの質への興味が高まり、有名だからいいのではなく、ユニークなもの、自分に合ったものを探す顧客が増えていると感じるという。

中間層とオンライン販売が鍵

中国で人気のワイン産地、ボルドーのワインが並ぶエノテカの上海店舗

中国で人気のワイン産地、ボルドーのワインが並ぶエノテカの上海店舗

「高級ワインのラフィットが飛ぶように売れる」といわれた中国ワイン市場に陰りが見える。新型コロナ流行が急ブレーキとなって足元では低迷。ただ、それは一過性で、今後は中間層の増加や電子商取引(EC)の拡大といった期待できる材料も多い。

国際ブドウ・ワイン機構(OIV)によると、中国の20年のワイン消費量は前年比17.4%減の12億4,000万リットル。OIVは中国が世界2位になると予測したが、6位の規模にとどまった。近年は中国の伸びが世界消費量をも押し上げてきたものの、新型コロナ禍で需要が低迷した。

世界的な酒類コンテストを運営するIWSCは、「中国では家庭の消費はほんの一部で、レストラン、ホテル、バーなどが大部分を占める」と指摘。20年の春節(旧正月)連休に営業自粛を求められた飲食店が多く、消費に響いたとの見方だ。

しかし今後は、所得向上が再び成長の原動力となる見通しだ。中国の中間所得層(中国政府の定義では年間世帯収入10万~50万元=195万~980万円)は35年までに8億人に増えるとの予測もある。生活にゆとりを持つ層が現在の2倍に増える計算で、ワイン消費を押し上げることになる。

富裕層による消費の国内回帰も足元ではプラス材料。ワイン輸入販売を手掛けるエノテカは富裕層の高級ワイン需要をつかみ、中国事業の21年の売上高は19年比で55%増加した。「これまで中国の富裕層はワイン関税の安い日本やフリーポートの香港で高級ワインを購入する人が多かった。各国・地域の行き来ができない今、需要が国内に戻ってきている」(同社の八鍬氏)

信頼を担保できるか

今後は若い世代とECが消費拡大に大きな役割を果たすと予測される。

IWSCによると、オンラインを通じたワインの販売は数年前が全体の5~6%だったのに対し、直近では約30%まで拡大。ITに慣れたミレニアル世代(1980~90年代半ば生まれ)が消費の主力軍となり、ワインの情報発信を得意とするKOL(キーオピニオンリーダー、インフルエンサー)が活躍する時代となった。

エノテカの八鍬氏は、ワインのECマーケットについて「安いワインをまとめて売る薄利多売の印象が強い」と指摘。中国のワイン市場は非正規品が世界で一番出回っているとの指摘もある。

ワインは質、保管が大事な商品だが、ノウハウを持つECプレーヤーはまだいない。しかし逆説的にいえば、質を担保できる業者が出現することで伸びしろも生まれる。八鍬氏は「オンライン上で信頼を担保できるかどうかが成功の鍵を握る」とみる。

(畠沢優子)

※定番の巻頭記事【アジア取材ノート】は今号から【ビジネスノート】に改称しました

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