NNAカンパサール

アジア経済を視る January, 2022, No.84

【アジアSNS・リスクウオッチ】

最終回 近未来の最大リスク
    気候変動と災害増加

「アジアSNS・リスクウオッチ」と題してお届けしてきた本連載も最終回となります。世の中の動きを知ること、リスクを覚知することにおいてSNSは強い味方になります。そこで今回は、SNSに上がった投稿を通じて昨年に発生した事象を振り返るとともに、今後10年で最も関心を払わなければならないリスク事象について解説したいと思います。

2021年12月、フィリピン中部を直撃した台風22号により倒壊した家屋(フィリピン沿岸警備隊提供)

最初に結論から申し上げてしまいますが、「気候変動・気候危機による自然災害」が2021年に最も注目を集めた、また今後も大きな課題としてわれわれの社会やビジネス環境に影響を与えるリスク事象だと考えています。

図は21年の頭に、世界経済フォーラムがグローバルリスクに関する報告書にまとめた「今後10年で発生する可能性が高いリスク・最も影響の大きいリスク」です。そのおよそ半分が、気候変動・気候危機を起点としたリスク事象となっています(下表)。



世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)が運営する、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が地球温暖化に関して科学的見地から研究・報告を行っていますが、21年8月9日に7年ぶりとなる「第6次評価報告書」を発表しました。この報告書では、気候を取り巻く状況として以下のことを指摘しています(※)。
※リンク参照:経済産業省の要約資料

◆人間の影響が、大気・海洋・陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。
  大気・海洋・氷雪圏・生物圏において広範囲かつ急速な変化が表れている

◆気候システム全般に渡る最近の変化の規模と、気候システムの現在の状態は、
  何世紀も何千年もの間、前例のなかったものである

◆人為的起源の気候変動は、世界中の全ての地域で、多くの気象・極端な気候現象に既に影響を
  及ぼしている

フロンガスによるオゾン層破壊と地球温暖化が議論の的となった1980年代から、われわれは人間の活動による環境破壊に対する問題意識を常に持ち続けてきました。しかし、近年の多発化・激甚化する自然災害によって初めて、「わが身に迫る危機」として感じるようになったのではないでしょうか。

事実、WMOの統計によると自然災害の数は過去50年で4~5倍に増加し、それに伴って経済損失も急増。累計で約400兆円という途方もない数字になっています。2010~19年の損失額を1日当たりに直すと約420億円。こうした数字を見ると、自然災害によって人間社会の富がいかに棄損されているかがわかります(下グラフ)。

出所: 世界気象機関『The Atlas of Mortality and Economic Losses from Weather, Climate and Water Extremes』(1970–2019)


洪水、山火事、竜巻
自然災害が年中多発

では実際、21年にどのような異常気象がどこで発生したのか見てみましょう(上図)。集中豪雨や高温など異常気象と呼べるような災害の様子を、SNSに投稿された内容とともにご紹介します(以下、いずれも21年中の事象)。

① 2月 洪水:インド

インド北部、ヒマラヤ山脈のふもとで大規模な洪水が発生し、2つの発電所を破壊しました。これはヒマラヤの氷河で雪崩が発生し、巨大な氷の塊が落下したことによるものと見られています。地球温暖化は氷河の崩落を促進します。

ヒマラヤの洪水(スペクティ提供、以下同)

② 4月 サイクロン:インドネシア

インドネシア東部で、サイクロン「セロージャ」に伴う大雨による洪水が発生。土石流や地滑りも相次ぎ、約47万人が被災しました。200人以上が亡くなり、5万人以上が避難生活を強いられました。

インドネシア東部のサイクロン被害

③ 6月 洪水:スリランカ

スリランカの最大都市であるコロンボとその周辺地域で大雨となり、洪水や土砂崩れで少なくとも17人が死亡。1400軒を超える家が全壊または半壊し、約27万人がその影響を受けました。

腰まで水に漬かるスリランカの人々

④ 6月 熱波:カナダほか

6月から夏にかけて北半球で顕著な高温が続きました。特に欧州東部からロシア西部、東シベリア、カナダ西部から米国北西部では、各地で最高気温の記録を更新。中でもカナダ西部のリットンでは6月29日にカナダにおける史上最高気温49.5度を記録しました。

高温を記録したグラフ

⑤ 7月 洪水:ドイツ、ベルギー、ほか欧州

記録的な集中豪雨によって西欧の広い範囲で川が氾濫、ドイツ、ベルギーを中心にオランダ、スイス、ルクセンブルクなどでも被害が発生し、死者数は200人を超えました。

欧州の河川氾濫が住宅を飲み込んだ

⑥ 7月 洪水:中国

中国中央部の河南省で7月中旬以降、各地で記録的豪雨による水害が発生しました。省都の鄭州市を中心に被害が大きく、洪水や土石流の他、地下鉄やトンネルの浸水でも人命が失われました。日本企業の工場も操業停止に追い込まれました。

中国河南省の水害では無数の自動車が水没した

⑦ 8月 大雨:日本

日本では8月11日から21日までの非常に長期間にわたり、停滞した前線の影響から西日本を中心に広い範囲で大雨となりました。長崎県雲仙市や佐賀県嬉野市など、この期間だけで平年の年間降水量の約半分に達した観測地点もありました。

滝のようになった日本の住宅地の階段

⑧ 8~9月 ハリケーン:米国

メキシコ湾で成長したハリケーン「アイダ」が、規模を表す5段階のうち2番目に強い「カテゴリー4」の勢力を保ったまま8月29日に米国南部のルイジアナ州沿岸に上陸。その後、勢力を弱めながらも北東方向に進み、深刻な被害をもたらしました。

浸水した米国ニューヨークの地下鉄

⑨ 7~10月 山火事:米国ほか

スペイン、キプロス、トルコ、フィンランドやシベリアなど世界中で深刻な山火事が多く発生。中でも米国カリフォルニア州で発生した「Dixie Fire」では、4,000平方キロメートル(滋賀県の面積に匹敵)という途方もない面積が焼失しました。

米国カリフォルニア州で発生した猛烈な山火事

⑩ 10月 サイクロン:オマーン

サイクロン「シャヒーン」がオマーン北部に上陸。東部アラビア湾沿いではなく北部への上陸は観測史上初。ほとんど雨が降らない首都マスカットでも1日当たり189ミリメートルの雨を記録。広範囲で冠水、倒木、道路の寸断が発生。少なくとも11人が死亡しました。

オマーンのサイクロン被害

⑪ 10月 台風:フィリピン

超大型の台風18号がフィリピン・ルソン島北部を襲い、2日間で例年の1カ月分の降水量に及ぶ豪雨をもたらし、各地で冠水被害、土砂崩れ、道路の寸断、橋の崩落といった被害を生みました。

フィリピン・ルソン島を襲った台風の水害

⑫ 10月 洪水:インド、ネパール

インド北部からネパールを豪雨が襲い、洪水や土砂崩れで200人以上が犠牲に。これらの地域で10月に大雨が降ることは珍しく、気候変動の影響を指摘する専門家もいます。

インド北部で発生した洪水

⑬ 12月 竜巻:米国

12月10日夜から11日にかけて米国南部・中西部の6つの州で史上最大級と言われる竜巻が発生し、建物が倒壊したり鉄道が脱線するなど大きな被害が出ました。気候変動による影響かはまだ定かではありませんが、米中部では12月としては異例の暖かさを記録していました。

米国テネシー州を竜巻が通過した

脱炭素の動きが加速
ビジネスの課題にも

このように多発化・激甚化する自然災害により、人命や資産が危険にさらされます。しかし、それだけではなく、気候変動・気候危機はわれわれの社会に重層的な影響を及ぼすことを忘れてはいけません。

21年11 月に英国で開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議、いわゆる「COP26」では、産業革命前と比べた世界の平均気温上昇を1.5度までに抑えることが国際社会の目標として掲げられました。これにより脱炭素の動きがさらに加速するでしょう。脱炭素を促進するビジネスには追い風になる一方、既存のビジネスには変革が求められ、取り残されるようであれば企業としてのレピュテーション(評判)が傷つくとともに、ビジネスそのものの存続が危ぶまれます。

また、地政学的なリスクも見逃せません。温暖化により石油の重要性が低下すれば、国際的なパワーバランスは大きく揺らぎ、世界情勢は不安定化します。また、海氷が年々縮小した結果、北極海航路が使用できるようになることでサプライチェーン構築に新しい選択肢が生まれる一方、ロシアや中国による航路の主導権争いが既に発生しています。

このように、気候変動・気候危機はわれわれの社会にさまざまな角度から影響を及ぼすでしょう。今後10年間のリスク事象を見据えるにあたり、発生する自然災害に気を付けることはもちろん、それがビジネス環境や国際情勢に与える影響を考察することは非常に重要だと考えます。

全6回にわたる本連載をお読みいただきありがとうございました。われわれ人間が生きていく中でリスクを避けることはできません。しかし、どのようなリスクが存在するのかを把握しておき、リスクが顕在化したことをリアルタイムで覚知できれば、致命的なダメージを避けることは可能になります。弊社スペクティは、今後もテクノロジーで防災・危機管理の世界をアップデートしていきます。
https://spectee.co.jp/


     

根来諭(ねごろ・さとし)

株式会社Spectee(スペクティ)取締役COO兼海外事業責任者。ソニーで日本、フランス、シンガポール、アラブ首長国連邦での事業管理とセールス&マーケティングに従事。中近東アフリカ75カ国におけるレコーディングメディア&エナジービジネスの事業責任者を経て2019年、スペクティ参画。福島県郡山市での東日本大震災の被災、パリ駐在時の同時多発テロ、危険度の高い国への多くの出張などの実体験を生かし、防災・危機管理の世界をテクノロジーで進化させることにまい進している。


<Spectee>

リアルタイム防災・危機管理情報ソリューション「Spectee Pro(スペクティプロ)」を提供。人工知能(AI)などの最先端技術を活用してSNS・気象データ・交通情報などのビッグデータを解析し、災害・事件・事故など危機管理に関する情報を数多くの自治体や民間企業に配信している。「危機」を可視化することで、全ての人が安全で豊かな生活を送れる社会の創造を目指している。


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