【アジア取材ノート】
台湾が描く“製造の王道”
半導体つくる島の未来
世界的に半導体需要が高まる中、台湾の半導体産業が躍進を遂げている。世界最大手のファウンドリー(半導体の受託製造企業)を稼ぎ頭に需要を取り込み、製造技術の優位性では中国の猛追にも揺るがない。台湾での増産は、半導体材料や装置の分野で定評がある日本からの大規模な調達につながり、日本企業の今後を左右するといっても過言ではない。(NNA台湾 吉田峻輔)
ファウンドリー世界最大手のTSMC(TSMC提供)
世界の半導体市場のけん引役となるのは、ファウンドリー世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)だ。世界最先端の製品を製造できる唯一のファウンドリーであることを強みに、韓国サムスン電子と米インテルを含めた世界3大メーカーで頭一つ抜けた存在であり続けるとみられている。
同社は1980年代後半、ファウンドリーの先駆けとして設立された。当時は半導体の設計と製造の両方を行う垂直統合型の企業が支配的だったが、回路の微細化とともに製造に必要な投資も増大。インテル、サムスンなどを除く企業は多額の投資を継続できず、製造の外注が本格化した。
TSMCは増える売上高を研究開発(R&D)に充て、製造技術を向上させる。向上した製造技術を武器に新たな受注を獲得し、売上高をさらに増やす。そんな好循環が生まれ、数年前には世界一の製造技術を持つに至った。ファウンドリー専業故にできる集中的な投資で垂直統合型の競合2社をかわし、設計企業が同社への発注枠を巡って争うほどの存在となった。
「以前の業界は設計業者が主導していた。だが、TSMCはファウンドリーに徹して技術を極めた結果、今や業界の主導権を握る」。そう語るのは、みずほ銀行の台北・台中・高雄支店で支店長を務める木原武志氏。今後も技術的な優位性は変わらないとも強調する。
5ナノでの量産開始
「中国と5~6年差」
親米的な台湾が半導体の供給地であることは、米国と対立する中国には頭痛の種だ。TSMCも米政府の方針に従い、中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)など一部中国企業への製品供給を停止。中国は半導体の供給停滞の不安と隣り合わせとなった。
中国が状況打開の切り札とするのは、国内半導体メーカーの成長だ。中国政府は昨年、半導体メーカーに対して法人税の免除などを含む大規模な優遇策を実施する方針を表明した。台湾への依存を低減する構えだが、中国メーカーの製造技術がすぐに追い付くのは難しいとされる。
TSMCは回路線幅5ナノメートルのプロセスの量産を開始している(TSMC提供)
中国の半導体製造をけん引するのは、ファウンドリー中国最大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)。SMICが現時点で生産できる最先端の製造プロセスは回路線幅14ナノメートルのプロセス。一方、TSMCは既に5ナノでの量産を開始しており、2社の製造技術には大きな差がある。
多数の業界関係者と話してきたが、中国が5年以内に台湾に追い付くと言った人は一人もいなかった――。前出のみずほ銀行の木原武志支店長はこう明かす。
「デバイスで言うと3世代、年数で言うと5~6年の差がある」と指摘するのは、半導体製造装置を手掛けるSCREENセミコンダクターソリューションズ台湾法人の西田啓二・董事長兼総経理。「半導体の製造面となると、中国と台湾の差は歴然としている」とも述べる。
後発の追随を阻む
製造工程の複雑さ
木原氏や西田氏は台湾の優位が続く根拠として、半導体の製造工程の複雑さを挙げる。
半導体の製造工程は前工程(ウエハー上に集積回路を形成する工程)と後工程(集積回路が配置されたウエハーを個々のチップに切り分け、封止などを行う工程)に大別される。とりわけ、半導体製造の核心ともいえる前工程の複雑さが後発企業の追随を難しくする。
前工程は洗浄、成膜、リソグラフィー、エッチング、インプラ・熱処理、平たん化といった工程を数百回繰り返す。膨大な数の材料と装置が必要となり、極めて大きな産業クラスターが構成される。
半導体製造業界では、円形の基板材料のウエハーに集積回路を形成する前工程が非常に複雑で、後発企業の追随は容易ではない(NNA撮影)
製造技術の向上にはファウンドリーだけでなく、各種の装置・材料を手掛けるメーカーの成長も必要となり、一朝一夕に製造技術を大きく向上させることは困難だ。
工程の複雑さ故に、これまでの中国製造業の目覚ましい発展も参考にはできない。中国は2015年に製造業の高度化を目指す長期計画「中国製造2025」を発表し、ハイテク分野の競争力を向上させてきた。一部工程が半導体と似ている液晶パネルでも、現在は中国企業が世界で強い存在感を放っている。
ただ半導体業界の関係者らは、パネルを含む他の電子部品と半導体では工程の複雑さが全く異なると指摘。「他のハイテク分野の強化ができたから、半導体の成長が可能ということにはならない」との考えを示す。
製造技術で中国が台湾を後追いしていくことは可能とされる。ただ台湾を追い越そうとする場合には、最先端の製造プロセスを開発するという高いハードルが中国の前に立ちはだかる。
「集中的な投資をし、装置や材料を入手できれば、ある程度まで追い付くのは難しくない。だが最先端プロセスの開発は、非最先端の開発とは比較にならない」。そう指摘するのは、英調査会社オムディアの南川明シニアディレクター。
南川氏は、ファウンドリー、設計企業、装置メーカー、材料メーカーが一体になって取り組む最先端プロセスの開発の特殊性を強調する。既存の材料や装置を入手するのではなく、各分野の企業が協力して開発する点で、最先端と非最先端の開発は似て非なるものだという。
しかも米中対立により中国は現在、西側の材料・装置メーカーと協力しづらい状況だ。「中国国内の材料や装置のメーカーが成長しないうちは、中国による最先端製造プロセスの開発は難しい」と南川氏はみる。
24年に66兆円市場
5年で4割超の拡大
TSMCは今後も韓国サムスン電子、米インテルとの技術競争で先を行く見通し(NNA撮影)
半導体の需要は今後大きく拡大する傾向にある。ドイツの調査会社スタティスタは、世界の半導体市場(メモリーなども含む)が24年に5,980億米ドル(約66兆円)になると予想。19年の4,190億米ドルから4割以上拡大することになる。
「結局のところ、台湾イコール半導体」。みずほ銀行の木原氏はそう語り、台湾経済が半導体需要の拡大とともに発展していくことを見通す。
半導体製造地としての台湾の隆盛は日本企業にも商機をもたらす。製造に必要となる材料や装置の分野では、日本企業はいまだ世界で高いシェアを誇っている。
国際半導体製造装置材料協会(SEMI)の曹世綸・台湾地区総裁は「日本は装置や材料を、台湾は製造を主力としており、補完関係にある」との見方を示す。「台湾半導体産業のこれまでの発展は、日本の半導体産業との協力がなければ実現しなかった」と表現するほどだ。
台湾の半導体メーカーが増産した場合、双方の産業の強い結びつきを背景に、日本企業への材料・装置の発注量も増えることになる。とりわけ、TSMCの発注額は巨大だ。
みずほ銀行は、TSMCの21年の投資のうち、121億米ドルは材料・装置メーカーに流れると試算。この半分の60億米ドルは日本企業に渡るとみる。
しかもTSMCの投資額は毎年増加する傾向にあり、日本企業にもたらす商機は今後さらに拡大する可能性が高い。TSMCのサプライヤーであることは、日本の半導体関連企業の大きな成長エンジンとなるに違いない。
<メモ>
台湾の半導体産業
20年の生産額は約3兆2,000億台湾元(約12兆6,200億円)。台湾政府は30年までに生産額を5兆元に増やすことを目標としている。直近の世界市場はスマートフォンや電気自動車(EV)が増産傾向にあるほか、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進などに伴う電子製品全般の需要拡大も見込めるため、目標達成は容易との見方が出ている。
TSMC
1987年創業。20年の連結決算は売上高が1兆3,392億台湾元、純利益が5,178億元。直近の時価総額は15兆元前後で、世界10位前後となっている。台湾の市場調査会社、集邦科技(トレンドフォース)によると、20年の世界ファウンドリー市場は851億米ドル。TSMCのシェアは54%に上る。
副首相が語る台湾製造の堅持
切り札は「半導体学院」設立
台湾政府が引き続き台湾の半導体メーカーを域内に引き留める考えだ。行政院(内閣)の沈栄津副院長(副首相)はNNAのインタビューに、生産拠点の設置を後押しする方針を示した。企業の海外流出を防ぎ、半導体を経済の中核とする姿勢を貫く。(吉田峻輔)
台湾行政院の沈栄津・副院長(NNA撮影)
台湾のファウンドリー企業は、主な生産拠点を台湾に設けている。中でも、世界最大手のTSMCは現在まで一貫してハイエンド製品を台湾で製造している。
集中をリスクと捉える国々もあるが、沈氏は「ファウンドリー企業の台湾での生産を今後も積極的に支援していく」と強調。人材育成を重点分野として支援する方針だ。
目玉は、台湾の名門大学に年内に設ける「半導体学院」だ。半導体分野など高度人材の育成に特化し、向こう12年で約5,000人を輩出する見通し。さらに法改正を通じ、外国人材の誘致も進める。
半導体人材を充実させることで人件費の過度な高騰を抑制。台湾での製造コストを抑え、地場メーカーを域内に引き留める狙いだ。
そもそも、台湾での半導体製造のコスト水準は非常に低い。背景には水・電気料金のほか、豊富な半導体人材の存在がある。沈氏は「米国での製造コストは台湾の3~4割増し」と指摘する。
海外企業の誘致で効率化
沈氏はまた、海外の半導体関連企業の投資誘致をもう一つの柱とする考えを示した。関連企業の拠点を一層集め、台湾での製造環境を向上させるためだ。
具体的には、2020年に始動した「領航企業研発深耕計画」などを通じて誘致を図る。台湾に半導体などハイテク分野のR&D拠点を設ける企業に補助金を出す施策で、海外企業も対象になる。R&Dコストの最大5割補助などを骨子としている。
沈氏は海外企業の誘致について「台湾の半導体エコシステムやサプライチェーン(調達・供給網)の充実を図り、メーカーの台湾での拠点設置を促す」と述べた。
半導体製造は、関連産業の拠点を集積させる方が開発・製造効率は上がる。メーカーが新しい製造プロセスを開発する際、サプライヤーと綿密な協議を行う必要があることなどが理由だ。台湾はTSMCが主な生産拠点を設けてきたことで、世界の材料・装置メーカーの拠点も多く存在する。政府はさらに海外からこれらの拠点を集めたい考えだ。
こうした施策は、メーカーへの直接的な優遇ではないため一見派手さには欠ける。ただ、長期的には人材や関連企業の誘致などを通じた生産環境の改善がメーカーに大きな利益をもたらし、拠点の海外流出を防げると沈氏はみる。
一方で、災害発生などのリスクは否定せず「需要に応じて、台湾企業が海外拠点を設置することは支持する」との姿勢も明らかにしている。特に友好国・地域での設置は歓迎する意向だという。
沈 栄津
1978年、台北工業専科学校(現在の台北科技大学)卒業。82年、台湾経済部(経済産業省)勤務。2014年、経済部常務次長。16年に経済部政務次長(次官)、17年に経済部長(経産相)。20年6月から現職。