NNAカンパサール

アジア経済を視る June, 2021, No.77

【アジア取材ノート】

コロナ追い風に快走
韓国電動スケーター

韓国で1人乗り「電動キックスケーター」のシェアリングサービスが急速に拡大している。2018年の同国初のサービス開始以降、20社近くが参入。新型コロナウイルス禍で公共交通機関の利用を避ける傾向が強まったことも、新たなパーソナルモビリティーサービスにとっては追い風となった。急成長する市場の現況と課題を探る。(NNA韓国 清水岳志)

韓国で電動キックスケーターのシェアリングサービスを利用する人が急増している=韓国・ソウル(NNA撮影)

ソウル市内の歩道に停車されている電動キックスケーター=韓国(NNA撮影)

時速20キロメートル程度で走る電動キックスケーター(スケーター)は、交通渋滞の頻発する都市地域を中心に、電車やバスの降車駅から最終目的地までの「ラストワンマイル」をつなぐ代表的な手段として利用者が急増している。

「徒歩では時間がかかるが、バスやタクシーを利用するには近すぎる」ような距離の移動に最適で、利用料金も1,000ウォン(約97円)台からとお手頃。自転車のシェアリングのようにステーションに返却する必要もないなどのメリットも魅力だ。

このほど初めてスケーターを利用したという釜山市のキム・スギョンさん(30代・会社員)は、「(釜山市の)広安里海水浴場にあったので利用してみたが、とても便利だった。釜山でも最近はさまざまな業者がサービスを展開しているようで、通退勤時に利用する友人も多い」と話す。

シェアリングサービスは、2018年9月にoluloが韓国で初となる「KICKGOING」を始めたのをきっかけにソウル市など主に大都市で市場が形成された。19年以降は、世界30カ国以上で展開する「LIME」などの新規参入が相次ぎ、現在は20社近いシェアリングサービスの「激戦区」となっている。

エリアや台数など規模も急速に拡大した。当初はほとんどの業者がソウル市の一部で展開するのみだったが、現在は仁川市や京畿道など首都圏のほか、釜山市や大邱市、大田市、済州市といった比較的大きな地方都市でも利用できる。19年に1社当たり1,000台ほどだった運用台数も1万台以上の業者が増え、全国での総数は10万台を超えたとみられる。

コロナ禍も需要の追い風となった。市場調査会社のigaworksによるとコロナ流行直後の昨年2~3月は、感染への懸念から多数が使うスケーターの利用は減少した。しかし4月以降、感染状況が深刻になるにつれ増加に転じる。地下鉄やバスなど公共交通機関を避け、パーソナルモビリティーを利用する人が増えたためだ。

法人定額、クレカで利用
差別化で新サービス続々

スケーターのシェアリング市場が活気づくにつれ、サービスの差別化も目立つ。

先行するKICKGOINGは、個人向けのシェアリングサービスに加えて法人向けの定額プランを提供。会員企業の従業員なら、出退勤に割引料金で利用できる。昨年3月に83社だった会員企業が、同9月には326社まで急増するほど企業からの反響も良好だ。

「XING XING」を展開するPUMPと「Gクーター」のGバイクは、配車サービス最大手のカカオモビリティーと3社で提携。同社の配車アプリ「カカオT」のアプリからも両社のスケーターを利用できるようにした。

従来、利用には各社のスマートフォン専用アプリが必要だったが提携により利便性の向上を図る。PUMPとGバイクは、スケーター向けバッテリーや充電設備の共有などインフラ面でも協力する。

他の後発業者もサービスの差別化には力を入れる。昨年4月に「Deer」を開始したディアは、同11月末からスマホアプリを使わなくともクレジットカードやデビットカードのみで利用できるサービスを提供。面倒なアプリ起動不要の簡便性を売りに先行する大手を追う。

大手は通年黒字に目途
道交法、安全性も課題

LG電子は今年5月、「KICKGOING」と協力して国内初となるスケーター専用のワイヤレス充電システムを構築。京畿道富川市内の5カ所に計20台分の無線充電パーキング「キックスポット」を設けた。対応するスケーターを駐車すると、自動的に充電が始まる。(同社提供)

KICKGOINGを運営するoluloは、昨年下半期に半期ベースで初の黒字化を達成した。同社の関係者は「今年上半期も利用客が増えており、この勢いが続けば年間の黒字化も期待できる」と話す。「Swing」を運営するザ・スイングも昨年、サービス開始1年で営業黒字化を果たした。

市場が成長する半面、20社近い参入により存続をかけた各社の競争は激しさを増すばかりだ。

さらに、昨年緩和された規制の一部が再び復活した「改正道路交通法の施行」という不安要素もある。自動車や歩行者との接触事故の増加や、歩道など路上に放置されたキックスケーターの取り締まりなども解決すべき課題だ。

シェアリングサービスを提供する各社には、これらの課題に取り組みつつ利用者を獲得する工夫が求められる。

事故多発で社会問題化 業者悩む「メット着用」

ソウル市江南区でスケーターのシェアリングサービスを利用する男性=韓国(NNA撮影)

市場が急成長した副作用でスケーターによる交通事故が多発し、社会問題となっている。政府は5月に法改正してヘルメット着用を義務化。「自動車のような体系的な保険が必要」との指摘もある。

韓国警察庁によると、スケーターを含むパーソナルモビリティーの事故件数は2019年の447件から20年は897件に倍増。負傷者や死亡者数も急増している。昨年10月には、20代の女性が自転車専用道路をスケーターで走行中に歩行者と衝突し、全治6週間の大けがを負わせる事故が発生。裁判所は、当時は認められていなかったスケーターの無免許運転など違法行為があったとして加害者に罰金500万ウォン(約48万5,500円)の支払いを命じた。

事故の多発を受け、保険サービスを提供する業者が増えている。「LIME」「beam」「Gクーター」を運営する3業者はそれぞれ、ハンファ損害保険、KB損害保険、現代海上火災保険と手を組み利用中の事故を補償(補償額7,500万~1億5,000万ウォン)。韓国保険研究院は「自動車保険制度の改善が不可欠」とも指摘している。

駐禁、放置、啓発は道半ば

ソウル市は、スケーターの路上放置を取り締まる条例制定を進めている。撤去したスケーターに4万ウォンの撤去料などの支払いを命じるもので、放置基準の策定中だという。市は昨年9月にシェアリング16社と駐車ガイドラインを制定。「車道と歩道間の進入路」「バス停とタクシー乗車場から10メートル以内」などが駐車禁止区域で、市が策定中の放置基準もこれに沿う可能性が高い。

しかし、こうしたガイドラインも利用者に伝わっていないのが実情だ。スケーターをよく利用するチョン・ヘミンさん(20代・大学生)は「駐車禁止区域があることを知らなかった。通行人を邪魔しなければいいと思っていた」と話す。周知を強化する必要がありそうだ。

将来見据えた体系づくりを

5月13日、スケーターの規制を強化した改正道路交通法が施行された。「運転免許証(原付以上)の取得」「2人乗り禁止」「歩道の走行禁止」の他、新たに盛り込まれた「ヘルメット着用義務」がシェアリング業者の悩みの種だ。違反した利用者に20万ウォン以下の罰金が科されるが、業界では「現実的でない」と声が上がる。

スケーターは最終目的地までの「ラストワンマイル」のための利用が多く、利用時間は数分~10分程度。通勤に使うキム・デヒョンさん(40代・会社員)は「それだけのためにヘルメットを持ち運ぶのは難しい」と話す。各社は車両にヘルメットを備え付ける準備を進めるが、ある業者は「コロナ禍で衛生上の問題を気にする利用者も多い。導入コストも相当かかる」と懸念。「同じシェアリング事業でも自転車は罰金が科されないので不公平」という指摘もある。

道交法は昨年12月に改正され、スケーターについては「無免許利用の認可」「年齢制限の16歳以上から14歳以上への引き下げ」などの規制緩和が行われたが、わずか半年で再び強化されることになった。緩和時は「新事業の育成」、今回は「事故多発への対処」という名目での改正だが「その場しのぎ感」は否めない。その時々の関心事に合わせて場当たり的に改正するのではなく、将来を見据えた一貫性ある体系づくりこそが本格的なスケーター定着の鍵になりそうだ。

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