「東西」の本から「亜州」を読み解く
アジアの本棚
『網内人』
陳浩基 著、玉田誠 訳
陳浩基(ちん・こうき)は、島田荘司推理小説賞も受賞した香港ミステリーの第一人者。2014年発表の『13・67』(邦訳は17年、文芸春秋)により日本でも人気を確固たるものにし、17年刊行の本作『網内人(もうないじん)』も邦訳が待たれていた。
『13・67』は、世代の異なる香港警察の2人の刑事が1967年から2013年までの各年に起きた六つの事件を解明して行く物語だった。『網内人』はがらりとスタイルを変え、文字通り「インターネットの中の人」でありIT技術を駆使するハイテク探偵アニエが主役だ。
とっつきにくい変人だが、ハッキングやネット上でのなりすましはお手の物。他人のパソコンやスマートフォンに入っている情報や画像も難なく入手してしまう。
ネット上の誹謗(ひぼう)で自殺に追い込まれた妹の仇(かたき)を取りたい、と願う若い女性アイの依頼を受け、手ごわい相手を追いつめていくというストーリー。作家自身も香港中文大学ではコンピューター専攻だっただけに、ネットを巡る攻防はリアリティーたっぷりだ。
ITには全く無知、という設定のアイとのかみ合わない会話を通じてハッキングの手口なども詳しく解説してくれるが、「本当にこんなことまでできるのだろうか」と思うとやや背筋が寒くなる。
ミステリーとしての評価からは脱線するが、もう一つ気になる点がある。14年に香港で発生した「雨傘革命」から既に数年経った17年発表の本作には、『13・67』で活躍した香港警察の刑事は登場しない。
19年の逃亡犯条例改正案への反対運動と20年の国家安全維持法の施行で、香港市民と警察の距離感は決定的に変わった。
『恋する惑星(重慶森林)』 や『インファナル・アフェア(無間道)』など、香港映画では親しみを込めて描かれることも多かった警察官は、治安維持のため市民に催涙弾を発射する完全武装の公安警察に変貌してしまった。
作者はアニエを主人公としてシリーズ化する構想があるようだが、今後、警察官が大きな役割で登場することはあるのだろうか?
『網内人』
- 陳浩基 著、玉田誠 訳 文芸春秋
- 2020年9月25日発行 2,300円+税