【東南アジア人材の勘所】
第4回 ASEAN域内に見る
日本企業の人材育成
今月は、東南アジア諸国連合(ASEAN)域内における日本企業の人材育成への取り組みについてお話をしたいと思います。各国・地域における法人または、ASEAN域内において、将来的にその組織の長、管理職、経営職となるべく人材を育成する、と言う主旨でのお話が中心となります。
人材育成自体は人事制度同様、古くて新しい問題です。現地化の掛け声ばかりが先行してしまい、各論としてはガバナンス(企業統治)という視点から非日本人に事業を任せることはできないという流れができ上がっています。しかしながら、今回の新型コロナウイルス感染症の拡大をきっかけとして、非日本人の活用が再び注目を集めつつあります。主な理由としては以下の通りです。
今回のテーマの人材育成は、単にご褒美や、福利厚生の一環としての単発的な「研修」を指すものではありません。あくまでも事業戦略にひもづく、戦略実行、組織づくりと言う文脈における中長期的な人材育成を意味しています。
経営者がコミットすべし
下図は、小職がコンサルティングをする際、案内する資料です。人材育成を「本気」で行うためには、さまざまな人事的な施策、支援、リソースなど環境整備が必要となります。
特に重要となるのが以下の2点です。
(1)経営者からのコミットメント
経営者自らが人材育成は自分の仕事であるとの認識に立ち、コーチ、メンターとして積極的に育成に取り組む。またさまざまなステークホルダーを巻き込み、育成環境を整える。任期満了による異動などに備え、育成を組織的に行えるよう整えておくことも極めて重要。
(2)育成=「投資」
投資である以上「リターン」を求める、つまりROI(投資利益率)と言う概念を人材育成にも取り入れて、いかにリターンを極大化できるかに目を向ける。そのために必要な報酬、評価制度の整備、改定を行う。
残念なことに多くの企業経営者が、人材育成は自社の重要課題と認識をされていても、実際は「育成は人事の仕事」、「減収による予算削減」などにより育成プログラムを中断してしまうケースが後を絶ちません。いまだ多くの企業が「人材育成=研修」と捉えており、研修に出させさえすれば人が成長するという妄想を抱いている方々が多く存在します。
また、意識されることは少ないのですが、育成対象の「素材」は優秀なのか?と言う問いがあります。将来的なリスク、育成の手間を軽減するため、優秀人材を採用することが必須条件ですが、日本企業の多くではさまざまな理由(本寄稿の2回目参照)により、優秀な人材が採用できていません。
「日本人の雇用維持」が背景か
人材育成がいまだに進まない本当の理由は何か?前述の問題もありますが、「日本人の雇用維持」が背景にあるケースも増えていると感じています。
日本の国内事業が減退していく中、国内事業だけで全従業員を維持することが難しくなりつつあります。一方、比較的事業が堅調な海外部門では、日本人駐在員の任期を延ばし、現地雇用を維持させ、本社人件費を抑えておきたいというのが本社の本音ではないでしょうか。
以前中国にいた際、某企業が大量の日本人を中国に駐在させていました。好調だった中国事業へ日本人を異動させ、本社人件費を減らすのが目的であると聞いた記憶があります。他にも某社幹部から聞いた話ですが、日本の産業構造が空洞化し、日本で経験が積めなくなり、仕方なく海外で経験を積ませているが、そのポストは日本人専用ポストであり、ローカルを育成して幹部に引き上げ、組織を現地化する予定はないとのことでした。
人事部の強化が急務
では、人材育成を実務レベルで進めるためにはどうしたらよいでしょうか。
経営幹部のマインドセット(思考パターン)を変えることは容易ではありません。各国・地域の現地法人および、地域統括レベルにおける人事部門のリソース不足も人材育成が遅々として進まない理由の一つと言えます。人事部門を正しく強化しないと、常に経営幹部が人事担当者の実務レベルまで下りてきて、細かな実務に関与していくことになってしまいます。
つまり経営者がより高い次元で経営に専念するためには、「任せられる」人事部門の存在が必須です。最近の流行り言葉的に言えば、HRBP(ヒューマンリソースビジネスパートナー)とでも言えばよいでしょうか、日本でも経営に寄り添える人事担当のニーズが急激に高まっています。実際、ASEAN域内の日本企業から優秀な人事マネジャー、リーダーへの求人が活発化してきています。事業フェーズによって人事部の役割が大きく変わることを経営はきちんと理解する必要があります。
人材育成を取り組む上での課題について言及してきましたが、人材育成のテクニカルな部分に少し触れます。
何から始めるのか?
では、人材育成のために何から始めたらいいのでしょうか?教科書的に大まかな流れをお話すると、
社内のステークホルダーと合意形成を行い、人材の可視化もでき、育成プログラムも確定し、実行した上で、適切なフォローが求められます。例えば、コーチングやメンタリングです。
上記A~Dの各プロセスの中では、弊社では以下のケースようなプログラム設計と実行フェーズでお客様からお声を掛けていただくことが多いです。
<ケース1>
1,000人を超す営業会社の中で選抜された9人に対しての育成プログラム設計と実行。9人の誰が次期経営者になっても良い状態という、「タレントプール」作りが主な目的。このレベルの方々になると、経営リテラシーやケーススタディーなどのインプット中心の内容もさることながら、自己変容を促すための気付きを与える内容が中心となります。具体的には自己内省を促し、自身が大切としている価値観や信念を言語化、それをベースにどのような経営を目指すのか、またはリーダーとなるのかを徹底的に議論し、最後に発表していただきます。9カ月にも及ぶ育成プログラムです。
<ケース2>
ASEAN域内各国に営業拠点を持つ企業、各国の現地法人社長(日本人)を対象とした3.5日のプログラムを3回に分けて実施。経営幹部のコミットを醸成することが主たる目的。プログラムの入り口は、自社経営課題と、解決策の策定、最終的な落としどころは戦術実行に必要な体制、人づくり。1年後のあるべき組織の姿、具体的な社員名、必要な施策および、自らの関与、これらをまとめて地域統括ヘッドでもある本社役員へプレゼンテーションするというプログラムです。
コロナ禍で本気に
コロナ渦で日本へ一時帰国した日本人駐在員が現地に戻れず、操業停止や納期の延期などさまざまな影響が出ました。課題は多いものの、これを機に現場主導で「本気」で人材育成に取り組む企業が増えることを期待したいと思います。現地法人側としては日本人の雇用維持という日本本社側の見え隠れする思惑に対してもどう対応すべきか、日本企業にはチャレンジングな課題ではあります。
海外での人材育成を進めるためには、海外法人における「日本人」の立ち位置を再度議論することが極めて重要だと考えます。