「東西」の本から「亜州」を読み解く
アジアの本棚
『チャイナドールズ』
リサ・シー 著
本欄は何といっても「アジアの本棚」なので、たまには日本語以外の本も紹介してみたい。各国で書店を回っていると、日本ではあまり知られていないがアジアでは有名な作家の存在が分かる。
今回紹介する『チャイナドールズ』(英ブルームズベリー、2014年)の女性作家、リサ・シーもその一人。香港や東南アジアの空港などで彼女のペーパーバックをよく見掛けるが、日本では翻訳は2~3冊しか出ていないようだ。
1955年生まれで、中国の血が8分の1の中国系米国人。著者の写真を見ると、全く白人の容貌で中国語も話せないようだ。「百度」で彼女のことを検索すると「外見上はもはや中国人の血筋の痕跡はない」ということだが、本人は華人意識を持っており鄺麗莎(コウレイサ)という中国名もあるという。アジア人女性の物語を得意としており、本作もその一つだ。
本作の主人公は、38年に米サンフランシスコで開業したナイトクラブ「フォービドゥン・シティ(紫禁城)」のショーダンサーに応募してきた3人の東洋人女性。80年代まで続く彼女たちの長い愛憎を描いた物語なのだが、登場人物が魅力的だ。
チャイナタウンの裕福な家庭出身のヘレン、中西部の白人社会で育ち中国語を話せないグレース、そして奔放で謎めいたルビー。ルビーは、実はキミコという日系人だと後に分かる。すでに日中戦争が始まっていた時代。ヘレンには中国でのつらい過去もあるもののグレースやルビーともども親密になってゆく。
やがて日米開戦の日を迎える中、ルビーは引き続き中国人を装ってショーで活躍するが、ハリウッド映画に出演する寸前まで行ったところで密告により連邦捜査局(FBI)に逮捕され、収容所送りになる。
その後、ルビーは外部に保証人を得て収容所を出るのに成功。ヘレン、グレースとチームを再結成し、戦後まで長く人気を誇る。この間の彼女たちには恋愛も友情も対立もあり、誰がルビーのことを密告したのかという謎解きもあって波乱万丈の日々だ。
後書きを読むと、著者は中国系や日系の人々に幅広く取材しており、実際にルビーのように中国人社会に潜り込んで戦時中を生き延びた日系人は存在したらしい。
そのことを戦後も公にしない人が多かっただろうから、小説の形でしか伝えにくい話だと思う。誰かが邦訳しないかと考えているが、『フェアウェル』のルル・ワンのようなうまい監督が映画化すると面白い作品になるかもしれない。
私は2015年、シンガポールの書店で本書のぺーパーバック版を14.95シンガポールドル(約1,160円)で購入したが、アマゾンのキンドル版では今も同じくらいの価格で購入可能だ。
『チャイナドールズ』
- リサ・シー 著、ブルームズベリー
- 2014年発行 5.99ポンド(約815円)※
- ※購入当時の英国での定価。20年10月20日現在、版元の公式ウェブサイトでの販売価格は8.99ポンド