NNAカンパサール

アジア経済を視る October, 2020, No.69

【東南アジア人材の勘所】

第3回 コロナ禍で考える
日本企業の組織・人事制度のこれから

今回は「組織・人事制度のこれから」についてお話をします。まずその際、前提となる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響に関して触れておきます。メディアを通じて、今回のパンデミック(世界的大流行)は、さまざまな業種、業界へ影響を与えているといわれています。身近なところでは飲食、旅行業界における負のインパクトは既にご承知の通り。それ以外にも水面下で進む社会経済の構造変化、事業縮小から撤退まで、とても深刻な状況が続いています。筆者が先日マレーシアで利用した配車サービス大手、グラブのドライバーは、某航空会社をリストラされたばかりの元パイロットでした。

時計の針を一気に進めた新型コロナ

デジタライゼーション、グローバリゼーションという「メガトレンド」により、世界がゆっくりと確実に変化していた中、コロナによる世界規模の破壊的変化が発生しました。パンデミックは人類が今まで経験したことのない規模、スピードで世界を駆け巡り、これを予見し、事前準備ができていた人はほとんどいませんでした。結果、今後10年で起こることが、この半年くらいの間に一気に起こったと感じています。

新たな戦略策定が求められている

この想定外の破壊的変化では、事業継続計画(BCP)が全く機能しなかったという声を多く耳にしました。今回のコロナ禍での学びの一つは、このような規模とスピードの「破壊的変化」が世界同時に瞬時に起こり得るということです。そして企業経営者は「想定外を想定」し、全く新しいBCPを考えなくてはいけなくなったということです。

どこまで「想定外を想定」して新しい戦略を考えるのか、または今までの延長線上での戦略実現という考え方もあるかもしれません。新戦略にせよ、既存戦略の延長にせよ、組織の在り方は戦略に大きく左右されることを理解いただきたいと思います。つまり組織とは、戦略を実行するために存在し、人はその組織を構成する最小構成要素となります。そして人事諸制度は、組織で働く人をサポートするインフラストラクチャー(下部構造)として機能します。

戦略と人事施策の関係性

以下、戦略と人事領域の関係性を示した図となります。人と数値という視点で事業戦略を分解した内容です。各項目、例えば「業績・目標管理制度」や「等級制度」は通常、業界、職種、階層、国などさまざまな要素を考慮し、個社ごとに設計されています。全体のフレームワーク自体は同じであったとしても、結果的に出来上がる「制度」自体は各社各様の内容となります。

前回の採用に関わる寄稿で、日本企業がアジア各国で優秀な人材を採用できない原因の一つに報酬水準の低さの問題を指摘しました。これは属人的な評価制度に基づく賞与の低さ、年功的賃金制度など複合的な要素による結果です。絶対的な金額の多寡だけでなく、その真因をきちんと理解し、対処することが必要です。採用時の報酬水準を上げるためには、年功的賃金制度からの脱却、役割に基づくポジションの相対的な市場価値の把握も必要です。最近、日本でも盛んに議論されているいわゆる「ジョブ型」の人事制度という考え方です。

これから求められる制度・仕組み

あらゆるものを取り巻く環境が複雑性を増し、将来の予測が困難な状態を示す「VUCA(ブーカ)」をより現実的に受け入れなくてはいけない状況になり、企業経営は今までの積み上げによるリニアな成長路線を描くことが全くできなくなってしまいました。誰も正解が分からない将来に向け描かれる事業戦略は、さまざまな数値予測などに基づくサイエンティフィック(科学的)な内容から、経営者の想い、価値観に基づくアーティスティック(芸術的)で、より抽象的な内容になるのではないでしょうか。仮にそうだとした場合、抽象度の高い「戦略」にひも付く組織はどうあるべきか、また人事諸制度はどうあるべきでしょうか。

外資系、一部の日本大手企業は、各ポジションの役割に基づく「ジョブ型」の人事制度を導入しています。この人事制度の前提は、役割が明確に定義されている、つまり戦略がクリアに言語化されており、戦略実行に向けた組織ミッションも明快、多くの場合、職務記述書が整っている人事制度です。しかし、破壊的変化がいつ起こるか分からない世界において、精緻な戦略を作り、組織ミッションを明確にし、それを個々のポジションの役割まで落とすことに時間を費やすのではなく、より実行することに時間をかけ、変化耐性を身に付けるべきです。

「柔軟性」で輝きを取り戻せ

5年、10年先を見越しての戦略策定が難しいとはいえ、組織である以上、進むべき道しるべとなる「錦の御旗」的な事業戦略は必要ですし、組織の意味付けも求められます。ジョブ型であれば、個別ポジションの役割定義も必要となります。

今後に向けて備えるべきは、組織ミッションや、役割をあまり精緻に定義せず、固定化させない、可能であれば1~2年単位で見直していくことだと考えています。つまり「不測の事態を予測する(expect the unexpected)」に向け、常に柔軟に見直す、変えることを是とし、瞬時に変化に対応できるようにしておくことが肝要です。

雇用形態も正社員にこだわらずに、組織ミッションを達成する上で必要な役割・機能を外部調達し、期間を定めて提携関係を結び、「個」の立った人材をバーチャルな組織として束ね、プロジェクトを遂行するなど、状況に応じて組織規模や、機能を軽やかに変え柔軟性を持たせることが必要です。

多くの日本企業が、いまだに採用している新卒一括採用によるメンバーシップ型制度による人材の形式化、社内独自のお作法による成果創出といった時間軸の長い戦略は過去の物となり、そこにひも付く正社員至上主義的組織も昭和の遺物となりつつあります。

他にも「全社統一」の人事制度があります。バックオフィス、営業、製造、研究開発、全社戦略の下において、進むべき方向は一緒であっても、個々の機能がとるべき戦術、人事制度は人材市場や事業環境により異なるべきでしょう。特に日進月歩で技術が進化するIT分野、いわゆる「その道のプロ」が多く、技術内容も日々変化しており、雇用体系、報酬、勤務形態などあらゆる面で過去の「型」との決別が強く求められています。

今回のコロナ禍による破壊的変化により、予測不能な変化が世界規模で起こり得ることを学びました。世界はいまだコロナ渦にあり、その対策に追われていますが、ある意味世界は同じスタートラインに立っているとも言えます。今後も急激な変化が続く中、長い時間をかけ、物事を精緻に決め、一旦決めたことを長期間維持し、愚直にやり続けることはもはや不可能であり、今までの価値感が希薄化しています。今回の破壊的変化を変革へのきっかけとして捉え、思考に柔軟性を持たせ、スタートを切り、慣例にとらわれず俊敏性が確保できれば、日本企業はまた輝き始めるのではないでしょうか。


木下毅 PERSOLKELLY RHQ Japan Desk

大学卒業後、株式会社NTTデータに入社。海外事業支援、マレーシア支店立ち上げなどを経て、HAYコンサルティンググループ東京支社へ参画。在日外資系企業、日本企業の人事制度改革に携わった後、中国にてジャパンデスク立ち上げに伴い上海へ赴任。その後、上海でAONコンサルティング、ICMG、IWNCを経て、パーソル総合研究所(東京)へ入所。現在は、PERSOLKELLY RHQ Japan Deskへ出向し、マレーシアを拠点として活動

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