「東西」の本から「亜州」を読み解く
アジアの本棚
『武漢日記 封鎖下60日の魂の記録』
方方 著、飯塚容・渡辺新一 訳
世界的な新型コロナウイルス感染症流行の震源地となった中国湖北省・武漢。地元在住の65歳の女性作家、方方(ファンファン)は、感染拡大防止のための都市封鎖が始まった1月末から封鎖解除の発表があった3月下旬まで60篇の日記をネットで発信し続けた。その全文の邦訳が出た。
本人は「私が関心を持ち、体験できることは身辺雑事と一人一人の具体的な人間だけ。だから細かいことを記録する」という姿勢を貫く。
先が見えない中でも漢詩の引用を交え、日々の食事、友人知人との交流、愛犬の世話などの日常を淡々と記す一方、全員が亡くなった一家ら身近な犠牲者への追悼もしばしば登場し、死と隣り合わせだった当時の武漢の生活が静かな迫力で伝わって来る。
感染拡大を警告したことで当局に処分を受け、自らも新型コロナで亡くなった李文亮医師をはじめ現場の医療関係者に感謝をささげる一方で、1月に「ヒトからヒトへの感染はない」と断言していた北京の専門家や、政府高官の病院視察の際に感謝の歌を歌わせるような官僚制への批判の舌鋒は鋭い。
武漢だけでなく中国全国、海外まで日記の読者は広がったが、「方方はデマを流している」といった「極左」ブロガーからの攻撃にも直面する。
早川真『ドキュメント武漢 新型コロナウイルス 封鎖都市で何が起きていたか』(平凡社)
しかし「他者への不寛容」が大嫌いな方方は「ウイルスが引き起こした伝染病が武漢に蔓延すると同時に、言葉の暴力という別の伝染病が私のブログのコメントに伝染した」と反論。
「極左からの罵声であれ極右からの批判であれ、この世界に対する私自身の見方を変えることはできない」と一歩も退かない。たまたま評者と同世代の人ではあるが、人間としての根本的な強さが違うと思った。
現在、武漢での大規模感染は収束しているが、日本では半年前の中国情勢については記憶が薄れつつあるという人が私も含め多いのではないか。
丁寧な訳注が施されているとはいえ、もともと海外の読者向けには書かれていない。合わせて読むのに『ドキュメント武漢 新型コロナウイルス 封鎖都市で何が起きていたか』(早川真、平凡社)をお勧めしたい。
著者は共同通信社・中国総局のデスク。封鎖前と解除後の武漢にも入って取材しているが、ドキュメントというより昨年末から最近までの中国内外の情勢をコンパクトにまとめた内容で、頭の整理に好適だ。
『武漢日記 封鎖下60日の魂の記録』
- 方方 著、飯塚容・渡辺新一 訳 河出書房新社
- 2020年9月発行 1,600円+税