NNAカンパサール

アジア経済を視る August, 2020, No.67

【東南アジア人材の勘所】

第1回 ASEANでの日系企業の立ち位置に変化
人材の市場価値を見よ

今月より東南アジア諸国連合(ASEAN)における「人と組織」に関して全6回の連載を担当いたしますPERSOLKELLY(パーソルケリー)の木下と申します。今後、ASEAN域内で活動する当社グループ社員が持ち回りで、ASEANにおける就業意識、日系、非日系企業の採用、人事制度、育成、日本人の在り方を執筆してまいりますので、お付き合いのほどよろしくお願いします。初回は、当社グループ会社であるパーソル総合研究所(東京都千代田区)が2019年に実施した「APAC就業実態・成長意識調査」に基づき、ASEANで働く人々の就業意識について触れてみます。

報酬は自社基準より「市場価値」が重要に

日本人の価値観としては下世話な内容からスタートしますが、「給与明細を見せ合う文化」があるアジア圏において、給与の話は決して下世話などではなく、市場における自分の価値に直結する重要な指標として認識されています。

さて各国における個人年収の水準(図表1参照)ですが、東アジアでは香港、韓国が日本を1万米ドル(※2019年1月18日時点のレートで各国現地通貨から米ドルへ換算)以上も上回る水準で、東アジアで見ても日本は中位レベルにあります。東南アジアはシンガポールを除いて平均年収は低めで、ほとんどの国で2万米ドル未満が7~8割を占めます。インドも2万米ドル未満が6割を占めますが、一方で2万米ドルの割合が13%と14カ国・地域中最も高く、二極化しています。今回のインドの調査対象者は高学歴で、管理職以上の割合も高いことが影響していると考えられます。オーストラリアは6万6,480米ドルと14カ国・地域中最も高くなっています。

筆者が06年から18年まで滞在した中国(上海)では、以前の企業の資本別報酬水準の序列は、欧米、日本、台湾、香港、中国地場企業の順でしたが、昨今では中国地場企業、欧米、日本という順のようです。近年、中国企業は事業を急速に発展させるため、優秀な人材を中国国内の重点大学、欧米企業や海外から積極的に採用し、そのため処遇水準を上げざるを得ませんでした。その結果、中国企業の報酬水準が欧米企業の水準を超え、今では中国企業が報酬水準においては、最も高くなったと考えられています。

何年か前に目にしたグローバル人事コンサルティングファームの資料によれば、タイの課長相当の年収が日本の課長相当を超すなどの現象が起きていました。このような状況は中国やタイに限らず、今後も経済発展が見込まれる国々においていずれ起こりうることであると認識すべきです。採用面(離職抑制にもつながる)で地場企業や欧米企業に引けを取らないよう市場価値に基づく報酬水準の見直しを速やかに講じておくことが求められています。

自社の報酬水準を見直す際、一つ重要なこととして、「日本人の自社報酬水準」を持ち出さないことです。例えば、「本社の課長で〇〇万円なのに、なせXX国のローカルマネジャーに△△万円も払うのか・・・」といった具合です。こういったケースに備えるためにも「市場価値」がとても重要となります。感情という「アート(芸術)」に対しての「サイエンス(科学)」です。今まではこのアートにより、報酬水準が抑制されていたと言っても過言ではありません、今後はサイエンスに基づく議論が出来るよう理論武装し、本社を説得したり、理解を得ることがとても重要です。

一方、欧米企業では当たり前のように市場データを活用しながら報酬を決めており、プロセスとして確立されています。いまだ「市場に基づく報酬水準」の議論が必要と言っている時点で、日本企業はかなりの周回遅れであることもきちんと認識しておくべきでしょう。

求められる各国の文化・価値観に根差したマネジメント

従業員に対して「上司との関係について、最も近いと思うもの」を聞いたところ(図表2、3参照)、東アジアでは「納得できる注意や叱り方」「良い仕事に対する称賛」など、「叱る」「褒める」といった接し方、「褒める」と共に「感謝やねぎらいの言葉をかける」がトップ10に入ったのが特徴的です。仕事ぶりを褒めるだけでなく、自ら感謝の気持ちを言葉で伝え、部下のモチベーションを向上させるリーダーが求められているようです。これは昨今のリモートワークでも実践できる内容だと思います。

また、人前で叱られることでメンツが潰されたと感じたり、怒鳴られたりすることが退職のきっかけになることもあるため気を付けている様子がうかがえます。

主な東南アジア各国やインドでは「スキルや能力が身につく仕事の付与・任命」「スムーズな業務進捗(しんちょく)への支援」が上位に入ります。インドでは「ビジョンや方向性を示す」が上司の行動として1位。メンバーに方向性を示し、組織・チームがスムーズに動けるよう導くリーダーシップが重視されていると見て取れます。まさに不確実性や不安定性が高まるVUCA世界において、正解がないと言われる中、リーダーがどういう方向性を示すのか、社員は注意深く見ていると言えます。日本の組織で普段言語化されない内容だけに、海外において事業の方向性を示すことは、日本人としては苦戦を強いられるかもしれません。

オセアニア、シンガポールでは「仕事上の悩みを聞く」「部下の仕事ぶりに見合った評価」が上位にあがります。部下の仕事上の悩みを聴き、受け止め、信頼関係を築くことで部下を育成していく上司が多いようです。

日本以外は、上司のマネジメント行動の上位項目は肯定意見が6~8割に達しますが、日本では1位の項目でも肯定意見は42%にとどまり、評価は他国に比べて低いです。

結果として各国各様、文化、価値観に根差したマネジメントスタイルが求められていることがご理解いただけるかと思います。そのような状況にあるにも関わらず、日本企業は「ガバナンス」、「コンプライアンス」という文脈から「ホウレンソウ」、「PDCA」に見られるような細部の過程にこだわったマイクロマネジメントを通じて、社員の行動を過度にコントロールしがちです。結果として、「責任ある役割の付与と任命」が上位にあるにもかかわらず、「任せて、やらせる」ことができていません。

日本企業が事業運営を継続的に発展させるためには、「ローカルに任せる」(=現地化)という古くて新しい問題の解決が求められています。そのために何が必要なのか、優秀なローカルの採用、報酬・評価制度、信頼の醸成、育成など多岐にわたりますが、実はずっと棚上げされてきた海外における日本人の在り方、組織マネジメント手法を再考すべきタイミングに来ていると言えるのではないでしょうか。

日本企業に対する本当のイメージとは

「日本企業で働くことのイメージ」について聞いた結果(図表4参照)は、「待遇が良い」、「福利厚生が充実」のイメージが全体的に上位あるものの、韓国、香港、台湾、シンガポールでは「日本語が話せないと評価されない」や「日本人でないと出世できなさそう」がトップ5に入るなど、日本企業の悪しき習慣が形式知化されつつあることも表しています。

また「待遇が良い」には多少説明が必要と思われます。つまり、「給与明細を見せ合う」文化圏で待遇は良いとは、相対比較して「良さそうだ」という意味です。ストレートに言うと、仕事の責任、複雑さなどの内容はともかく、単に自身が担当している業務内容をベースに他人と比較し、「仕事が簡単で楽」な割には、「待遇が良い」と理解すべきです。逆説的に言えば、積極的に新しいことにチャレンジし、成果創出を目指すような前のめりの人材にとって、日本企業は処遇面において、あまり魅力的には映らないとも言えます。

雇用が安定しているとは、解雇されにくいということでもありますが、新型コロナウイルス感染症により業績が著しく悪化した日本企業は、大手企業を中心に積極的に構造改革を実施しており、雇用が安定しているイメージは新型コロナをきっかけに大きく変わると思われます。とはいえ、欧米系外資企業に比べれば雇用が安定していることは否定できません。もし経営が変革を求めているのであれば、「雇用の安定」が変革の足かせになる可能性、つまり変革に対しての大きな抵抗勢力となり得る可能性があるとも言えますので、経営フェーズによっては雇用の安定は必ずしもウエルカムでないことを理解しておくべきです。

過去、日本は世界に追い付け、追い越せでモノづくりを極めてきましたが、いまや目指すべき企業、国もなくなり、家電に代表される日本のモノづくり企業は、外資へ売却されてしまい、DX(デジタル・トランスフォーメーション)をはじめとする多くのイノベーションは米国から発信されており、ASEAN各国が日本から学ぶものがなくなりつつあります。現地にいると自分では相思相愛だと思っていても、相手からはとっくに愛想をつかされているなんていうことが現実的に起こりつつあり、一番の悲劇はそれに気が付かない日本人かもしれません。

少しばかりネガティブなお話が先行しましたが、ASEANで日本企業が輝きを失いつつあるのは、否定しがたい事実です。これは各国地場企業や、欧米外資が成長してきた相対的な結果とも言えます。日本企業が再び輝きを取り戻すために日本企業、日本人は何を、どうすべきなのか、限られた連載期間ではございますが、そのヒントを探っていきたいと考えています。


木下毅 PERSOLKELLY RHQ Japan Desk

大学卒業後、株式会社NTTデータに入社。海外事業支援、マレーシア支店立ち上げなどを経て、HAYコンサルティンググループ東京支社へ参画。在日外資系企業、日本企業の人事制度改革に携わった後、中国にてジャパンデスク立ち上げに伴い上海へ赴任。その後、上海でAONコンサルティング、ICMG、IWNCを経て、パーソル総合研究所(東京)へ入所。現在は、PERSOLKELLY RHQ Japan Deskへ出向し、マレーシアを拠点として活動

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