「東西」の本から「亜州」を読み解く
アジアの本棚
『香港 中国と向き合う自由都市』
倉田徹、張彧暋(チョウ・イクマン) 著
6月30日、中国の全国人民代表大会(全人代)は香港版国家安全維持法(国安法)を可決し、同法は即日施行された。国安法は国家分裂、政権転覆やテロ行為のほか、外国と手を結び国家安全に危害を加える行為の四つの罪を規定し、最高で終身刑になる可能性がある。
欧米各国が「香港の高度な自治と言論の自由に対する重大な侵害だ」と批判しているのに対し、昨年の逃亡犯条例改正を巡る香港での激しい抗議活動が社会の安定を脅かしたと考える中国は「この法律こそ一国二制度を守ることにつながる」と譲らない。
1997年の返還以降、50年不変とされていた香港が今後どうなるのか――歴史的背景も理解したいという人に本書をお薦めする。出版は2015年で、全人代が香港の行政長官選挙から民主派を実質排除したことに怒った若者らが市街地を占拠した14年の「雨傘運動」までは詳述されているが、逃亡犯条例反対運動はまだ起きていない。
しかし、英領時代から返還後までの香港の政治や社会の変化を解りやすくまとめており、中国との経済的融合が逆に、日用品や不動産を買い占める「大陸中国人」への反発を生み「香港人」意識が高まって来たこと、結果として香港市民が「金もうけの自由」だけでなく「自己決定の自由」を模索するようになったことなど、今日の事態に至った背景がよく分かる。
現在の日本での香港研究の第一人者と、日本文化専攻の香港の大学講師の共著。お笑いなど大衆文化に見られる香港人の意識の変化、日本のサブカルチャーの影響にも触れていて興味深い(雨傘運動当時には、人食い巨人と戦う日本の人気漫画『進撃の巨人』が比ゆ的に引用されたという)。
李怡著『香港はなぜ戦っているのか』
返還後に香港への関心が急速に冷めた日本では、岩波新書で香港についての本が出たのも30年ぶりだったそうで、いまだにジャッキー・チェンが香港を代表する人物だと思っている層も少なくない、という。
序文の冒頭に登場する、香港での中国政府の出先機関である中央政府駐香港連絡弁公室(中連弁)の初代主任を務めた姜恩柱が表現したように「香港は一冊の難解な書」であり、熟読しないと解らないことが実に多い。本書が指摘する「驚くほど自由だった」香港の変化に日本でも注目せざるを得ないと思う。
併せて読みたいのは、李怡(リー・イー)の『香港はなぜ戦っているのか』(坂井臣之助訳、草思社、20年)。香港のベテランジャーナリストが香港紙に連載したコラムをまとめたもので、こちらも原書は13年出版だが、香港人が中国や香港政府をどうみて来たのか冷徹な分析が光る。
『香港 中国と向き合う自由都市』
- 倉田徹、張彧暋(チョウ・イクマン) 著 岩波新書
- 2015年12月発行 800円+税