NNAカンパサール

アジア経済を視る July, 2020, No.66

【アジア取材ノート】

世界の魚食を救うか
ベトナム期待の「万能ナマズ」

ちょびひげとつぶらな瞳、ゆるキャラのような顔が特徴的な食用ナマズ「パンガシウス」。低価格で多様な料理に使える万能な白身魚で、ベトナム南部のメコンデルタから世界に輸出される。枯渇が危ぶまれるウナギなど水産資源の代替としても期待が高まっている。(取材=NNAベトナム 小故島弘善)

スーパーに並ぶパンガシウス=ベトナム・ハノイ(NNA=VNA、以下同)

東南アジアのメコン川流域などに広く分布し、ベトナムでは「チャー」「バサ」と呼ばれる。従来は地元で食されるのみだったが、低コストかつ短期間で育つことからフライなどの食材として出荷されるようになった。

パンガシウスを求めて現地を歩き回ると、想像以上に身近な存在だということに気づく。スーパーなどモダントレードで流通し、現地で最も安く食べられる魚の一つだ。ホーチミン市行きの機内食のフライや、現地の夜に路上で分けてもらった鍋の具も、それらしき白身魚だった。美白効果があるとの言い伝えもあるそうだ。

ベトナムでは1990年代の米国輸出を契機に養殖が拡大し、いまやエビに次ぐ第2位の水産輸出品へと成長した。出荷先は世界中へ広がり、近年は中国をはじめとするアジア向けが増加している。

ベトナム南部で盛んなパンガシウス養殖。世界各地に出荷される=ドンタップ省

ベトナム水産輸出加工協会(VASEP)によると、生産量は6年連続で拡大し、2019年が152万トン(見込み) となった。輸出額は前年比11%減の18億1,500万米ドル(約2,000億円) だった。米国向けが低調だった一方、香港を含む中国向けが25%増加し、全体を下支えした。

輸出額の国・地域別のシェアでは、香港を含む中国が33.0%と最大。米国14.4%、欧州連合(EU)11.7%、東南アジア9.7%、メキシコ4.6%、ブラジル3.1%、コロンビア2.3%、日本1.6%と続く。輸出先として日本が初めて上位10カ国入りし、輸出量も増加基調となっている。

パンガシウス産業は、他国でも養殖が大規模化してきている。インドやタイ、バングラデシュ、インドネシア、中国などで生産されるようになり、生産量は競合国を合わせるとベトナムに匹敵する規模に成長しているという。

ベトナムの地場の養殖業者は、これらの生産国の出荷先は中国がメインだとみている。淡泊な白身魚のため、中国料理への利用が増えているからだ。

中国は経済成長とともに食品需要が増える一方で食料自給率は下がり、輸入品への依存度を高めている。貿易摩擦を起こした米国からの食品輸入は制限し、東南アジア諸国連合(ASEAN)など他地域からの調達を増やす。今年1月からは、水産物など食品を含む859品目に対する20年の暫定税率の適用を開始。最恵国税率よりも低く設定し、輸入促進の姿勢を示している。

日本の業界関係者は「パンガシウスの調達では、相場以上の価格を提示する中国のバイヤーに競り負けてしまう。まだまだモノ不足の中国は、高く買っても国内で十分さばけるからだ」と話す。

1尾が産卵800万個
日本のウナギ不足補う

日本もパンガシウスの可能性に目をつけ始めた。2010年代に入るまではなじみがなかったが、12年に流通大手のイオングループが実験的にベトナムから輸入。14年に輸入本格化と日本での販売を始めた。

17年にはウナギ不足を補うためパンガシウスのかば焼きを日本で発売して、話題を呼んだ。加熱蒸気でふっくらと蒸し、オリーブオイルで焼き上げることで、ウナギのかば焼きの香りや食感に似た風味を再現した。

パンガシウスの冷凍切り身(左)と冷凍調理品(右)=ハノイ

ベトナムでの原材料調達や商品開発を担う、イオン・トップバリュ・ベトナムの塩谷雄一郎社長は「パンガシウスは1尾で800万個の卵を産み、約8%の64万尾が水揚げ可能。安定供給できる白身魚として目をつけた」と話す。フライやムニエル、鍋などに万能に使えるパンガシウスは、スケトウダラなどの代替食材となりうる。

ただ、ナマズの一種であるパンガシウスは泥臭さが残りやすい。ベトナムの提携先の養殖業者と風味の向上に取り組んだ。脂分が腹部だけにたまる傾向があるため「いかに全体に適度な脂分にするか」(塩谷氏)を模索。養殖池から冷凍フィレにするまでの工程の見直しや飼料の改善を進めた。

パンガシウス(左)とパンガシウスのかば焼きの盛り付けイメージ(イオン提供)

「水温が下がると活動が鈍る。雨で動かなくなる日は池をかき回して水流をつくった」と、塩谷氏。ストレスにも弱いことから、網ですくい上げる方式ではなく、池から加工施設まで水路を設けて泳いできたパンガシウスをさばく仕組みを導入した。さばく時間は1尾当たり12秒。作業員の技術を高めることにより、鮮度を保ったまま加工を済ませている。

イオンによるパンガシウスの日本輸出量は、16年に1,000トンを超えた。塩谷氏によると、現在は年間1,000~1,500トンを供給する、イオングループのベトナムから日本への水産物輸出の中で最大の商材となっている。

日本の財務省関税局の統計によると、パンガシウスの冷凍フィレの輸入は、18年までうなぎ上りだ。19年は前年から減少したが、輸入量は6,361トン、金額ベースで26億円となった。

塩谷氏は「ベトナムの世界各国への輸出量と比べると、日本向けはまだまだ少ない」との見方を示す。向こう数年で日本での普及も徐々に進むが、世界的に魚食文化が発展している中、当面は比較的小規模な輸入国にとどまるとみている。

「食品は需要ありきだ。消費者がおいしいと思えば、また買う。日本のスーパーで『パンガシウス』と明記して売っているが、手頃に使える食材として認知されるようになってきている」(塩谷氏)

魚食時代の需給保つ
バランサーとして期待

1990年代に世界から認知され、日本にも出荷されることになった「万能ナマズ」は、なぜ広がったのだろうか。

世界の魚食文化が豊かになる反面、消費量も大幅に増加している。水産資源が枯渇する懸念が強まる中、需給を保つ「バランサー」としてパンガシウスは優れている。代表例は、ウナギの需要過多を解消する取り組みである。

塩谷氏は「ウナギ資源の枯渇の主因は食べ過ぎだ」と主張する。日本では従来、夏に多く食べられてきたが年中消費されるようになり、アジア各国など世界にもウナギの食用が広がっている。

生物がどれだけ絶滅の危機にあるかを調べた国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは、09年から貿易規制の対象となったヨーロッパウナギは最も危惧される「絶滅危惧IA類」、ニホンウナギとアメリカウナギは次に危険な「絶滅危惧IB類」に分類される。IA類はミナミマグロ、IB類はトキやジャイアントパンダなども含まれる。これに対し、パンガシウスは最も絶滅の懸念が低い「低懸念」とされている。

イオンで実際にかば焼きとして売られるパンガシウスはまだ少ないが、資源枯渇を防ぐための一つの提案としては重要だ。日本では近畿大学が開発した「近大ナマズ」も同様の役割を期待されている。塩谷氏によると、パンガシウスはふっくらとした味わい、近大ナマズは皮が柔らかくて食感がいいなど、風味の違いがあるという。

「当面は、一定数の消費者に納得してもらえる食材としてパンガシウスを供給できればそれでいい」と塩谷氏。ただ、世界の魚食需要が増せば、これまで食べられた魚がなくなってしまうかもしれない。貴重な食資源を未来に残す可能性の一つとして、ベトナム産パンガシウスは期待されている。

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