【プロの眼】スマホのプロ 田村和輝
第5回 5G、アジアで続々スタート
導入に潜む各国の思惑
2020年春、日本国内で携帯電話キャリアが相次いで第5世代(5G)移動通信システムを商用化しました。アジアでは韓国や中国が先行し、すでに複数の国と地域が5Gを導入しています。今回はその動向を紹介します。
ファーウェイ製の5Gスマホで1Gbps超の高速通信を体験=2019年12月、サウジアラビア・リヤド(筆者撮影、以下同)
日本では20年3月下旬、NTTドコモ、KDDIおよび沖縄セルラー電話(au)、ソフトバンクの携帯電話キャリアが5Gを導入しました。今年、新規参入した楽天モバイルは6月に導入する計画でしたが、3カ月ほど遅れる見通しです。
日本企業は世界のスマートフォン(スマホ)市場ではもはや存在感を失いましたが、日本では5Gの導入に合わせて5Gスマホを製品化しました。日中韓のメーカーが5Gスマホを携帯電話キャリアに納入しています。
5G基地局は日韓企業や北欧企業が納入しています。世界の基地局市場でも存在感が薄い日本企業ですが、富士通や日本電気はNTTドコモや楽天モバイルに5G基地局を納入し、日本ではある程度の存在感を示しています。
総務省の指針を受けて中国企業による5G基地局の採用は見送られましたが、5Gスマホではauが中国のオッポ広東移動通信、小米通訊技術(シャオミ)、中興通訊(ZTE)の製品を初採用するなど、中国企業の存在感が高まりました。
また、中国の華為技術(ファーウェイ)も5Gスマホを発売しましたが携帯電話キャリアが取り扱いを見送ったため、携帯電話キャリアを介さずに販売することになりました。
店舗内に5G体験ブースを設置する中国移動通信集団=19年8月、中国・遼寧省丹東市
アジア各地の状況を見渡すと、アジアで最初に5Gを導入した韓国では19年4月上旬に全ての携帯電話キャリアが5Gを導入しました。5Gスマホは韓国企業、5G基地局は中韓企業と北欧企業が納入していますが、いずれも韓国のサムスン電子が優勢です。
同じく主要国としては、中国で19年10月末に国有企業の中国移動通信集団(チャイナ・モバイル)、中国電信(チャイナ・テレコム)、中国聯合網絡通信(チャイナ・ユニコム)が一斉に5Gを導入しました。
5Gスマホは中国企業各社とサムスン電子、5G基地局は中国企業のほかに北欧企業も納入していますが、いずれも中国企業が圧倒的に寡占した状況です。特に高い技術力を誇るファーウェイは、5Gスマホと5G基地局のいずれも強い存在感を示しています。
他国では、19年7月にフィリピンのグローブ・テレコムが固定通信用途ながら東南アジア初、そして同じ月にモルディブのディベヒ・ラージェーゲ・グルフン(ディラーグ)が南アジアで初の5Gを導入しました。
両社は、ファーウェイの5G基地局を使用して世界的にも早いタイミングで導入しており、東南アジアや南アジアでも5Gではファーウェイが存在感を強めています。
タイでは20年3月、アドバンスト・インフォ・サービス傘下のアドバンスト・ワイヤレス・ネットワークと、トゥルー傘下のトゥルームーブHユニバーサル・コミュニケーションの2社が相次ぎ導入。4月には、香港の中国移動香港、和記電話(スリー)、香港電訊(csl.および1O1O)が一斉に導入しました。また、マカオ、台湾、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、マレーシア、シンガポールなどでも5G導入の準備が進められています。
5G本格活用は道半ば
韓国はコンテンツ輸出
5Gは本来、超高速大容量、高信頼低遅延、多数同時接続などのメリットを実現できますが、実は導入初期の5Gは4Gと連携して動作する仕様のため、性能を存分に発揮することができません。可能なのは超高速大容量のみとなります。
現状は従来の4Gより少し高速ではありますが、利用エリアも限定的なため5Gならではの体験を得られるとは言い難い状況です。5Gならではのキラーコンテンツも皆無に等しく、携帯電話キャリアは大容量プランを打ち出すなど取り組んでいますが、4Gとの差別化には苦労していると思われます。
そうした中、韓国では通信大手のLGユープラスが5G向けにVR(仮想現実)でKポップアイドルを楽しめるコンテンツを提供しています。香港でも、香港電訊がLGユープラスと協力し、5G向けにLGユープラスのコンテンツを顧客に提供することになりました。
5Gならではのコンテンツとはまだ言い難いですが、このように特別なコンテンツを用意して5Gの顧客獲得に取り組む携帯電話キャリアも少なくありません。また、LGユープラスのようにコンテンツを海外に輸出することは、事業基盤の拡大にもつながります。
将来的に5Gの機能が高度化してエリアも拡大すると、5Gを介した遠隔医療、5Gを介して産業機器を制御するスマート工場、5Gを介して遠隔で制御や監視する自動運転など、様々な分野で活用が期待できます。それに向けた第一歩として、まずは機能やエリアが限定的ながらも5Gを導入することが大きな里程標になると言えるでしょう。
隠れた注目国ベトナム
基地局で第6極を狙う
5Gでは中韓両国の動向が注目されがちで、中韓企業の実力にも疑いの余地はありませんが、ベトナムも忘れてはいけません。
世界の基地局市場は、ファーウェイ、サムスン電子、ZTE、スウェーデンのエリクソン、フィンランドのノキアの5社で9割超を占める状況ですが、ここにベトナムの企業が入り込もうとしています。
5G試験を行うベトテル・グループの事務所兼店舗=19年4月、ベトナム・ハノイ
中国を警戒するベトナムの主要な携帯電話キャリアは、中国企業の5G基地局を導入しない考えで、ベトテル・テレコムはエリクソン、VNPTビナフォンはノキア、モビフォンはサムスン電子から採用する方針です。
そうした中、最大手の軍隊工業通信グループ(ベトテル・グループ)は、エリクソンに加えて自社製の5G基地局も開発し、導入する計画を表明しました。第6の基地局ベンダーとなる目標を掲げており、まずは自社の5Gで採用する方針です。
同社は、ベトナムの他にも子会社や関連会社を通じて、カンボジア、ラオス、ミャンマー、東ティモール、カメルーン、ブルンジ、タンザニア、モザンビーク、ハイチ、ペルーでも携帯電話キャリアとして事業を展開しています。これらの進出先でも自社開発した5G基地局を採用する可能性があります。
ベトテル・グループは特別な国営企業で、意思決定にはベトナム共産党の思惑が反映されています。ベトテル・グループの戦略は、ベトナムの国家戦略と解釈できます。中国企業を排除しようとする国や地域で売り込むことも狙っているでしょう。
5Gスマホや5G基地局の開発を表明したVスマートのスマホ=19年4月、ベトナム・ハノイ
また、注目すべきはベトテル・グループだけではありません。ビングループの子会社で、ベトナムのスマホ市場で存在感を高めるビンスマート・リサーチ・アンド・マニュファクチュア(Vスマート)は、20年中の5Gスマホの製品化とともに5G基地局の開発も表明しました。
5Gスマホは、日本の富士通コネクテッドテクノロジーズや米国のクアルコムなどの日米企業に、5G基地局はシスコシステムズやインテルなどの米国企業と提携して開発する方針です。
米中貿易摩擦が激化する中でスマホの製造拠点の移転先として注目されるベトナムですが、5G関連でも目が離せません。5G時代の隠れた要注目の国と言えるでしょう。