【プロの眼】スマホのプロ 田村和輝
第3回 アジアで相次ぐ携帯キャリア参入
「無料」「協争」で推進
日本ではこの4月から、楽天モバイルが第4の携帯電話キャリアとして新規参入します。国内での携帯電話キャリアの新規参入はイー・モバイル以来で約13年ぶりとなりますが、アジア各国でも新規参入の動きが相次いで見られます。そこで、今回は携帯電話キャリアの新規参入に焦点を当てます。
19年ぶりに携帯キャリアへの新規参入が行われたシンガポールの携帯電話販売店(筆者撮影、以下同)
近年のアジアの参入事例を挙げると、2016年6月にマレーシアのYTLコミュニケーションズ(イエス)、同9月にマレーシアのウィービー・デジタル(ユニファイ・モバイル)とインドのリライアンス・ジオ・インフォコム、18年3月にミャンマーのテレコム・インターナショナル・ミャンマー(マイテル)が新規参入を果たしました。
最近では、つい先ごろの今年3月31日にシンガポールで約19年ぶりの新規参入としてTPGテレコムが携帯電話事業を開始しました。同じく年内に中国の中国広播電視網絡(中国広電、CBN)、21年中にはフィリピンのディト・テレコミュニティ、さらに時期は未定ながら東ティモールのセスリンクも参入を計画しています。
携帯電話キャリア事業を行うには政府からの電波の割り当てや免許の取得が必要で、企業の意思だけで自由に展開できるわけではありません。多くの場合、新規参入は免許を付する政府の政策に沿ったものとなります。
デジタル化推進やスマートフォン普及には適切な料金で十分な品質の通信サービスが求められますが、新興国では通信網の整備が不十分だったり現地の収入水準に対して料金が割高だったりすることも少なくありません。
そこで、新規参入に伴う各社の料金引き下げや品質向上などを期待し、政府が旗振り役となって新規参入を推し進めることで競争を促進する狙いがあります。
「無料」うたって
インドで独り勝ち
インドでは、ジオが新規参入から3年強でトップに上り詰めました。期間限定ながら無料でサービスを提供し、加入を条件に「ジオフォン」と呼ばれる従来型の携帯電話を無料配布するなど、「無料」をうたい文句に顧客基盤を拡大しました。
インドでジオの大躍進に貢献した「ジオフォン2」=中国・上海の展示会で筆者撮影
その他にも、豊富なラインナップのスマホを発売し、インド全土で率先して高速通信を導入したことなどにより、無料期間が終了しても顧客の引き留めに成功しています。
ただ、ジオとしては価格破壊に成功して高速通信の普及にも貢献しましたが、業界としては価格競争が激化して競合企業が深刻な業績悪化に陥り、最終的にジオも含めて値上げを行いました。
普及のためには低廉な料金の実現が重要ですが、業界の発展には企業が継続して投資できる環境が必要です。過度な価格競争は業界の崩壊を招き、消費者利益も損なうということを政府も消費者も理解する必要があるでしょう。
1年間は無料でサービスを提供する日本の楽天モバイルは、インドで独り勝ちするジオの手法を参考したのかもしれません。楽天モバイルは通信網の整備がまだ十分ではなく、料金徴収できる水準に達していないともいえますが、無料期間のうちに顧客基盤の拡大と通信網整備を進め、有料化の際に顧客をいかに引き留められるかがポイントになるでしょう。
楽天モバイルのタレック・アミン最高技術責任者(CTO)はジオ出身で、ジオの立ち上げから関わり成功を経験していますが、日本とインドでは市場環境がまったく異なります。日本の既存の携帯電話キャリアは世界最高水準の通信網を誇るため、楽天モバイルは厳しい戦いを強いられるかもしれません。
外資企業呼び込み
農村の通信網整備
ミャンマーでは、携帯電話市場の開放に伴い14年に2社の外資系企業が新規参入し、スマホの普及率が大幅に上昇しました。その大きな変わりように「世界で最も奇妙な市場」と言われるほどです。
それでも農村部の通信網整備は不十分で、それを克服するため国内資本の主導による新たな携帯電話キャリアを迎えることになります。そうして18年3月、テレコム・インターナショナル・ミャンマー(マイテル)が新規参入しました。
出資比率は複数のミャンマー企業が51%、単一のベトナム企業が49%。ミャンマー企業が過半のため、国内資本主導ともいわれます。ベトナム企業の力を借りて国内企業に事業機会を与えることで、国内企業の活性化も期待できます。
携帯電話事業に復帰したテレコム・マレーシアの販売店 =マレーシア・クアラルンプール
マイテルは農村部を強化する戦略が功を奏して顧客獲得に成功し、ミャンマーで存在感を高めています。島しょ国のフィリピンでも農村部の通信網が未整備で、政府が新規参入を迎え入れる理由の一つに挙げています。ミャンマーの事例を参考にしたのかもしれません。
中国では中国広電が新規参入する予定ですが、ほかのアジアの国々とは少し事情が異なり、内需拡大の狙いがあると思われます。
華為技術(ファーウェイ)や中興通訊(ZTE)をはじめとする米中対立や欧米を中心とした安全上の懸念から、基地局やスマホの販売が低下する恐れがあります。新規参入を迎えて内需拡大することで、中国企業の活性化や経済発展につながる可能性があります。
なお、携帯電話キャリアとして事業を行うためには、電波を送受信する基地局を全国に設置する必要があります。楽天モバイルが基地局設置の遅れからサービス開始を半年ほど延期したことは知られていますが、ジオやTPGテレコムも同様に延期を経験しました。免許を取得できてもサービスの開始に至るまでは、いばらの道と言えるでしょう。
5G事業推進へ
競合が「協争」
携帯電話キャリアを増やして競争を促進する動きがよく見られますが、第5世代(5G)移動通信システム時代にキーワードとなるのは「協争」です。
5Gは電波の特性から従来より多くの基地局を必要とし、莫大な設備投資が求められます。そこで、これまでは携帯電話キャリアが個別に整備していた基地局を共有するなど競合企業間で協力し、協争を推進する動きが見られます。
5G一色の中国電信の販売店=中国・大連
例えば、中国では中国聯合網絡通信(チャイナ・ユニコム)と中国電信集団(チャイナ・テレコム)が地域ごとに分担して5G網を共同で整備します。また、シンガポールやマレーシアでは政府が発給する5G免許数は携帯電話キャリア数よりも少なく、シンガポールではスターハブ・モバイルとM1が共同で5G免許を申請しました。
5G時代はキャリア間の競争に加え、競合同士が一部協力し合う「協争」のあり方も要注目となるでしょう。