NNAカンパサール

アジア経済を視る April, 2020, No.63

【アジア取材ノート】

シニアの心つかみ取れ
タイが直面する高齢化

2035年には超高齢社会に突入するとされるタイに、老後を楽しむための商品やサービスを投入する企業が出てきた。ブティックのような洗練された介護ショップを展開する日系企業も登場している。上手にシニアの心をつかみ取れるか、企業の取り組みを現場からリポートする。(取材・写真=NNAタイ編集部 本田香織)

昨年6月、バンコク首都圏のタマサート大学付属病院内に開業したフレンドの介護用品ショップ3号店。昨年8月には同じくバンコクの国立チュラロンコン大学病院内に4号店を開設した=19年6月、タイ・パトゥムタニ県(NNA撮影)

首都バンコク北郊パトゥムタニ県にある国立タマサート大学付属病院。1日当たりの外来患者数は4,000~5,000人に上り、日本の病院の平均外来数の約2倍に相当する。

調剤薬局の運営や介護事業を手掛けるフレンド(栃木県小山市)は昨年6月、タイの子会社を通じて同病院内に介護用品ショップ「ZAITAKU KAIGO(HOME CARE)」の3号店を開業した。バンコク首都圏では初の店舗となる。

日本製の靴や杖、スプーン、フォーク、箸、車椅子、電動ベッドなど約150種類の介護用品・福祉機器を展示・販売する。介護用品ショップというと地味なイメージになりがちだが、ブティックのような洗練されたデザインを取り入れ、商品を手に取りやすいよう陳列にも工夫を凝らしている。

一番の売れ筋である日本製の靴を試着するタイ人女性=同

一番の売れ筋商品は、福岡県の靴メーカーが製造する脱ぎ履きや歩行がしやすい靴だ。1足3,500バーツ前後(約1万1,800円)と高額だが、タイではこのような機能性の高い靴の入手が難しいことから人気が高い。

日本とタイでは習慣の違いから用品の売れ行きが異なる。「例えば、日本ではスプーンとフォークはほぼ同じ数売れるが、タイではメインで使うスプーンは売れても補助的に使われるフォークはほとんど売れない」(同社)といい、今後は売れ行きをみて品ぞろえに生かす方針だ。また、タイではインターネットやスマートフォンの普及率が高いことからオンラインでの販売も視野に入れている。

タイでは日本以上に速いペースで高齢化が進むが、介護保険制度は未整備で高齢者施設も少ないため、依然として家族が自宅で行う「在宅介護」が一般的だ。

フレンドの山口馨右(けいすけ)会長。「旅行で訪れたチェンマイに惚れ込んで繰り返し足を運ぶうちに、日本から来た高齢の長期滞在者向けの介護用品の需要があると気付いた」と話す。当初は日本人をターゲットにしていたが、タイ人の高齢者や家族からも引き合いがあったという。=19年6月、タイ・バンコク(同)

フレンドの山口馨右(けいすけ)会長は「自宅でどのように介護したらいいか分からないとの声も多い。介護用品を販売するだけでは高齢化対策の支援にはつながらない」と指摘。各店舗に併設する相談室で高齢者やその家族、医療関係者らに在宅介護に関する情報やアドバイスを提供していく方針だ。

シニアに旅行の楽しみを
地場代理店がツアー企画

アジア屈指の観光大国であり、約7,500社もの旅行会社が存在するとされるタイで、他社とは違った商品を提供している地場の旅行代理店がある。

首都バンコクに本社を構えるNSトラベル・アンド・ツアーズは、タイのシニア向けパッケージツアーを企画・運営。中間層をターゲットとし、50~70代の女性を中心に人気を集めている。

18年に「チャイ・ヌム・サオ(Young at heart)」と称するシニア向けパッケージツアー事業を本格的に始動。同社のチョーチュアン・アソシエイト・マネジングディレクターは、「タイ国内でシニア向けのパッケージツアーを本格的に企画・運営している企業は他にはない」と胸を張る。

NSトラベル・アンド・ツアーズのチョーチュアン氏。「母親を見てシニア向けツアーを思いついた」と話す。「母は60歳を過ぎて自宅で過ごすことが多くなったが、旅行に出たら生き生きとしていた。その姿を見て、多くのシニア世代にも楽しんでもらいたいと考えた」という=19年10月、同

ツアーは国内旅行が8割、海外旅行が2割。国内はいずれも基礎医学の資格を持つガイド2人と社員2人が同行し、海外では現地のガイドが案内する。

国内では、空路での旅行と44人乗りの大型バスを使ったバスツアーを提供。乾期は気温が下がるチェンマイなどの北部やイサーン(東北部)が人気だ。

海外ツアーでは、香港や中国本土、台湾、シンガポールなどを訪れる。寺院巡りと買い物、食事に重点を置く。香港で大規模デモが発生する以前は、2万8,000~4万バーツ(約10万~14万円)の香港ツアー(3~4日間)が売れ筋だった。

17年から1年実施した試験的なツアーでは、40~70代の常連客や自社グループの従業員の協力を得て参加者の意見を集め、年代別に訪問先や移動の時間帯、食事などの嗜好(しこう)を探った。

「長い階段のある観光地は外し、野菜や肉の薄切りなどが中心のあっさりした食事を提供するようにした」(チョーチュアン氏)。家族が送迎しやすいように早朝と夜遅くの発着も避ける。シニア向けバスツアーでは「最高速度を時速90キロメートル以下に抑え、90分ごとにトイレ休憩を挟む」など、配慮を徹底しているという。

参加者の7割以上が女性

これまでの参加者の平均年齢は61歳で、女性が全体の7~8割に上る。富裕層は家族で旅行する傾向にあることから、ツアー旅行を好む中間層に照準を合わせる。

当初は夫婦の参加を想定していたが、実際は一人または友人との参加が大半を占めた。タイのシニアは数日でも自宅を空けることを嫌い、夫婦が交互に参加するケースも少なくない。

1979年の会社設立時からの顧客が高齢化したこともツアーを始めた理由の一つだ。同氏は「常連客をつなぎ留めるとともに、新たな商品で同業他社と差別化を図っていかなければ、競争が激化するタイの旅行業界で生き残れない」と話す。

今後は日本やインド、ネパール、ブータンなど行き先を拡大し、シニア向け事業をてこに収益拡大を図る方針だ。

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