NNAカンパサール

アジア経済を視る March, 2020, No.62

【プロの眼】スマホのプロ 田村和輝

第2回 中国から東南アジアへ
    スマホ製造の移転加速

近年、製造業では東南アジアに拠点を移す動きが加速しています。これはスマートフォンも例外ではありません。スマホの製造は大半が中国ですが、東南アジアが有力な移転先として検討されています。今回はその背景などを紹介します。

Vスマートのカスタマーサービスセンター=ベトナム・ハノイ(筆者提供)

Vスマートのカスタマーサービスセンター=ベトナム・ハノイ(筆者撮影。以下同)

製造拠点を東南アジアに移転したメーカーの代表格が、韓国のサムスン電子です。過去には韓国や中国で多くのスマホを製造してきたものの、韓国では一部の機種を除いて製造を終了し、日本向け製品も含めて大半をベトナムへ移転しました。また、2019年には中国から完全に撤退してその製造機能をベトナムに移しました。

同じく韓国のLG電子は、国内や中国などに複数の工場を設けましたが、韓国での製造機能はベトナムに移転させました。中国の工場は、業績が悪化しているため縮小や閉鎖など様々な選択肢を検討中と思われます。日本企業も例外ではなく、ソニー傘下のソニーモバイルコミュニケーションズは中国の工場を閉鎖して、スマホの製造は別のソニー傘下企業が運営するタイの工場へと移しました。事実上の東南アジアへの移転と言えます。

このように東南アジアに製造拠点を移転する動きの背景として、中国や韓国での製造コストの上昇や米中の貿易摩擦の影響が挙げられます。韓国は人件費が高く、中国でも高騰傾向で、人件費が低廉だったという過去の魅力は既に失われました。韓国政府はサムスン電子に製造の国内回帰を打診しましたが、コストを理由に断られました。韓国とベトナムの1人当たりの人件費を比べると、約8倍の差があるとの計算もあります。

また、近年は米中貿易摩擦に伴うリスク回避のための「脱中国」の動きが加速しています。世界におけるスマホ製造の大半は中国で行われていますが、米中摩擦の影響を受けにくい国として東南アジアの国々が注目されています。このような状況から、サムスン電子などの事例を参考として東南アジアへの移転について検討または実施する企業は少なくありません。

目指すは製造大国
外資集うベトナム

移転先として東南アジアが注目される中、スマホ製造大国化を目指す国があります。それがベトナムです。出荷台数ベースで世界最大のスマホメーカーと言えるサムスン電子がバクニン省とタイグエン省に工場を開設し、ベトナムを同社最大の製造拠点としました。

ベトナムで造られたサムスン電子のスマホ

ベトナムで造られたサムスン電子のスマホ

ベトナムでは、地場企業もスマホの製造に乗り出しました。代表格はビンスマート・リサーチ・アンド・マニュファクチュア(Vスマート)で、ハイフォン市を皮切りにハノイでも新たに製造を開始しました。

地場系では「Bフォン」ブランドのスマホを展開するBkavコーポレーションも無視できません。Bフォンは15年の初代モデルと17年の2代目モデルは自社工場で製造を行いましたが、18年の3代目モデルからは外部委託に切り替え、その委託先が日系企業となりました。選定された神奈川県のメイコー(綾瀬市)は、ハノイの工場で主にスマホ向けプリント基板などを製造し、高い技術力で好評を得ていました。

 一方、中低価格帯のスマホが中心のベトナムでは若干高価格なBフォンは販売台数が多いわけではなく、Bkavコーポレーションが自社で製造ラインを設けることは非効率的でした。そこで、実績がある日系企業が選ばれたわけです。ベトナム企業によるベトナム製のスマホではありますが、実は日系企業が製造を担っているという事実はあまり知られていないでしょう。

受託製造大手も進出しており、台湾企業の鴻海精密工業(フォックスコン)はベトナムのバクニン省で従来型の携帯電話の製造を手掛けます。同社のスマホはまだ中国での製造が大半ですが、近い将来にはベトナムでも開始するかもしれません。他の大手受託製造企業も工場を開設する模様で、各社がベトナムでの製造を一気に拡大する可能性があります。

日系企業がベトナムで受託製造した「Bフォン3」の特別版

日系企業がベトナムで受託製造した「Bフォン3」の特別版

なお、同国におけるLG電子の製造拠点はハイフォン市で、ハノイ、バクニン省、タイグエン省とともに中国から比較的近い北部に位置します。各社とも製造拠点は北部に集中する形となり、同地域にはサプライヤーの進出が相次いでいます。

品質基準が厳しいサムスン電子など各社がベトナムで製造を開始したことで、高度な技能を有する優秀な人材の育成が進むとともに、人材の引き抜きも活発化している模様です。スマホの製造に適した環境が整いつつあります。

サムスン電子によるベトナム経済への貢献は最大級の実績ですが、一方でサムスン電子頼みの状況からは脱却せねばならず、第2のサムスン電子ともいうべき存在が必要です。ベトナムは、脆弱(ぜいじゃく)なインフラや、不十分な法制度といった欠点もありますが、税制面などの優遇措置を実施して外資企業の誘致には積極的です。誘致の実績と中国から近い地理的条件を追い風に、スマホ製造大国化を加速させるかもしれません。

対抗馬になれるか?
インドネシアとインド

中国からの有力な代替地としては、既に紹介したベトナム以外に、インドネシア、インドが有力候補となっています。

製造移転が進む国の長所と短所

インドネシアやインドには、既に多くのメーカーが進出しています(インドでは既に米アップル製「iPhone(アイフォーン)」の製造が一部行われています)。ベトナムと同様に、製造コストや米中摩擦の影響を避ける観点ではメリットがあります。両国ともメーカーの自発的な進出というよりは、現地製造を推進する政策による影響が色濃いのが特徴です。

懸念される点としては、インドネシアは労働者に有利な労働法制や洪水など自然災害のリスク、インドでは州によって異なる複雑な制度や手続きに加えて高い賃金上昇率などが挙げられます。

バタム島のナゴヤ地区でスマホを製造する地場企業サット・ヌサプルサダ=インドネシア・バタム島(同)

バタム島のナゴヤ地区でスマホを製造する地場企業サット・ヌサプルサダ=インドネシア・バタム島(同)

注目に値するのは、インドネシア・リアウ諸島州のバタム島です。シンガポールのすぐ南に位置する同島では外資企業の誘致を目的として、事業認可や手続きの円滑化、輸出の簡素化といったさまざまな優遇措置があり、原材料や製品の輸出入に関わる免税も大きな魅力です。

既に鴻海が現地企業と提携してスマホ製造を大規模に行い、他の受託製造大手も工場を設置しました。インドネシア、いやバタム島はベトナムの有力な対抗馬となるかもしれません。

中国では新型コロナウイルスによる肺炎(COVID19)の流行に伴い、多くの工場が操業を再開できず、部品やスマホの製造が停滞するなど影響が生じています。このような状況から脱中国の動きが加速するかもしれませんが、東南アジアの国々でも同様の事態が発生しないとは限らず、完全な移転よりも複数の拠点を設けてリスクの分散が理想と言えます。ただ、製造コストの引き下げを狙う企業にとって多くの製造拠点を持つことは非効率的で、企業にとっては難しい判断になるかもしれません。


田村和輝(たむら・かずてる)

滋賀県出身。通信業界ウオッチャー。フリーランスで活動。携帯電話関連のウェブサイトを運営し、アジアを中心とした世界の携帯電話事情を発信。東アジアと東南アジアの全ての国で携帯電話回線を契約した。近年はアジア以外にも足を伸ばす。日本人渡航者が少ない国や地域の事情にも明るく、中東ではいち早く5Gを体験。国内外の発表会や展示会も参加。

出版物

各種ログイン