「東西」の本から「亜州」を読み解く
アジアの本棚
『誰もが嘘をついている
――ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性』
セス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツ著
2008年にバラク・オバマ氏が初のアフリカ系米国人として大統領に当選した後、調査機関のギャラップは世論調査の結果から「大半の米国人はオバマが黒人であることを気にしていない」と総括し、専門家もおおむねそうした見解だった。
しかし、本書によると、大統領選挙当日のグーグル検索結果では、州によっては「ファースト・ブラック・プレジデント(初の黒人大統領)」という穏当な表現より「ニガー・プレジデント」という人種差別的な検索フレーズの方がずっと多く、北部の民主党員の多くも偏見を示していた、という。
筆者はIT大手グーグルのデータサイエンティストなどを歴任したネットデータ解析の専門家。当時、上記のような大統領選の分析結果を指摘した論文を書いたものの、多くの学術誌に「それほど差別的な米国人が多いとは信じられない」と掲載を断られた経験も記している。
筆者はまた、正確だと思われている対面調査よりネット検索結果の方が正直なデータが出る傾向があるとして、興味深い例をいろいろ示している。
ネット動画配信のネットフリックスは以前、利用者が「いずれ見たい映画リスト」を登録できるようにしていたが、彼ら彼女らがリストにいれた「第2次世界大戦のドキュメンタリーや固い外国映画」のクリック数はちっとも上がらず、実際に見ているのは卑近なコメディや恋愛映画だった(ネットフリックスが得た教訓は「人の言葉より行動を信じろ」だ!)。
フェイスブックで、外交や政治専門の高級誌の記事について「いいね!」が押される回数は、スキャンダル専門の芸能雑誌の約30倍だが、両者の発行部数やグーグルでの検索件数はほぼ同じだ(人は高級誌だけ読んでいるわけがない!)。米国では「天気」の検索より「ポルノ」の検索の方が多い(世論調査では「ポルノを見る」と認めている米国人は男性でも25%しかいないが、ネットでの検索実績と整合しない!)。
つまるところ、人は見栄を張る生き物であり、一方で「誰でも人にはばかるような検索をしたことがあるはず」と言われれば認めざるを得ない。人間は「苦しい時にグーグルに(本音を)告白する」のであり、「アルゴリズムは本人よりその人をよく分かっている」という。
本書はこの他「人はネット上では自分の好む世界に閉じこもる。ネットは人を分断している」という”通説“にも反論している。実は保守系の人もリベラルな傾向のサイトをよく訪れており、政治的意見が異なる人が同じニュースサイトを見ている傾向がある」という。ただ、これも人々が思ったより異なる意見に寛容だというより、ヤフーなど巨大ポータルによる情報寡占が進んでいるためだからという。
総じて言えば、本書が取り上げているのはビッグデータが明らかにする「身もふたもない」事実だ。「こんなことを明らかにしても嫌な気分になるだけではないか」という声も聞こえてきそうだが、筆者は「不安や気恥ずかしい行動を抱えているのは自分だけではない」と分かることは意味があり、問題点が分かるから解決策も考え得ると訴える。
筆者は、検索データを使って政府が個人生活に介入することの危険性も警告しているが、そうした社会はすぐそこまで来ているのではないか。
『誰もが嘘をついている
──ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性』
- セス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツ著/酒井泰介訳 光文社
- 2018年 2月発行 1,800円+税