NNAカンパサール

アジア経済を視る February, 2020, No.61

【プロの眼】スマホのプロ 田村和輝

第1回 もはや生活必需品
アジアのスマホ最新事情

世界のスマートフォン事情に詳しい、通信業界ウオッチャーの田村和輝氏が3年ぶりに「プロの眼」に再登場。アジアのスマホ事情を解説していきます。

韓国・サムスン電子が発売した世界初の5Gスマホ「ギャラクシーS10 5G」(筆者提供)

韓国・サムスン電子が発売した世界初の5Gスマホ「ギャラクシーS10 5G」(筆者提供)

今回、寄稿させていただくことになりました。スマホ関連のウェブサイトを運営し、世界各地のスマホ事情を発信しています。アジアを中心に20以上の国と地域で携帯電話回線を契約してきました。その経験も踏まえ、最新のスマホ事情を紹介します。

まず、オセアニアも含めたアジア太平洋地域の大まかな傾向を紹介すると、日韓台豪など一部の国・地域を除けば中低価格帯のスマホが主流といえる状況です。

開発途上国ではベーシックフォンと呼ばれる基本的な機能のみを搭載した携帯電話も多く流通しますが、スマホの低廉化に伴い開発途上国でも一般的なアイテムとなり、もはや生活必需品に近い存在になっています。

国・地域によりスマホ向け各種サービスの提供状況は異なりますが、会員制交流サイト(SNS)、動画、音楽、ゲームのみならず、QRコード・バーコード決済のようなモバイル決済や配車サービスなど、日常生活に密着したサービスも一般的に使われています。

これらのサービスは整備された通信網が重要です。開発途上国でも第4世代(4G)移動通信システムの導入が進み、快適とまでは言えなくとも各種サービスを問題なく使える程度には整備されています。一部の国では第5世代(5G)も導入済みです。ただ、島しょ部や山間部では整備が不十分な国があることも事実で、各国で農村部の整備を促進するための政策を打ち出しています。

メーカーとしては韓国のサムスン電子や中国企業が存在感を高めています。特に中国の華為技術(ファーウェイ)、OPPO広東移動通信(オッポ) 、維沃移動通信(ビーボ)、小米通訊技術(シャオミ)はアジアの多くの国・地域で急成長しました。中国企業がサムスン電子を追撃するような構図となっていますが、すでにサムスン電子を追い越した国もあります。

韓国が先進度首位 世界初5Gスマホ

アジア太平洋地域の主要国や成長が期待される新興国など私が選んだ15カ国・地域について、スマホの普及率、サービスの活用度、通信網の整備状況などスマホに関するさまざまな観点から総合的に「スマホ成熟度」を評価しました(表)。最も進んだベストの国、遅れたワーストの国を一つずつ挙げます。まず、ベストは米国も恐れるほど勢いがある中国を挙げたいところですが、スマホ普及率が高く通信網の整備状況も踏まえて韓国を選びました。

韓国はスマホと通信網の両面でモバイル先進国と言えます。LG電子のスマホ事業は低迷していますが、サムスン電子は出荷台数ベースで世界最大手のスマホメーカーです。韓国の通信大手3社は、昨年4月に早くも5Gのサービスを始めましたが、同時に発売したサムスン電子製「ギャラクシーS10 5G」は世界初の5Gスマホとなりました。その後、サムスン電子には遅れますがLG電子も早期に5Gスマホを製品化しています。

そして当初の計画より大幅に遅れながらも、サムスン電子はディスプレイを折り曲げることが可能なフォルダブルスマホの製品化に主要なスマホメーカーとして初めて成功し、同9月に「ギャラクシー・フォールド」を発売。韓国企業は、5Gスマホやフォルダブルスマホなどで高い技術力を見せつけています。

また、韓国の通信各社は5Gの開始に伴い、高精細な映像のビデオ通話アプリ、アップグレードされたVR(仮想現実)コンテンツ、映像の多視点配信など、5Gならではの高速・大容量の通信を生かしたスマホ向けサービスを繰り広げています。スマホの新たな楽しみ方が生まれるかもしれません。

韓国・サムスン電子のフォルダブルスマホ「ギャラクシー・フォールド」(同)

韓国・サムスン電子のフォルダブルスマホ「ギャラクシー・フォールド」(同)

ワーストはインド 2Gいまだ根強く

ワーストの国にはインドを挙げます。インドは通話など必要最低限の機能だけを備えたベーシックフォンが農村部を中心に根強く残り、全体的なスマホ普及率は高いとは言えません。

通信各社としては旧世代の2Gを終了させて高速通信を利用できる4Gの整備に集中したいところですが、2Gのみに対応したベーシックフォンもまだ多いため、それができません。4Gに対応したベーシックフォンも登場していますが、これはむしろスマホ普及を遅らせるかもしれません。

多くの中国メーカーがインド当局の政策に呼応する形で莫大な投資を行い、インド国内にスマホの製造拠点を設けました。しかし、低価格帯が中心のインドでは薄利多売のビジネスとなります。人口の多い巨大市場ということは魅力的ですが、過度な価格競争や設備投資がかさみ、勢いがあるように見える中国企業さえもインド事業は赤字から脱却できていないことも少なくありません。

インドでは通信事業者も困難な状況です。リライアンス・ジオ・インフォコム(ジオ)が新規参入後に価格破壊を起こし、各社が過度な価格競争を繰り広げた結果、主要な事業者は巨額の赤字に転落。業界に衝撃を与えました。統廃合は進みましたが、最終的にジオも含めて値上げしました。業界の発展には企業が成長できる環境が必要です。適切に事業環境を整備できないインド当局の能力には疑問を抱かざるをえず、スマホの普及に向けた悪影響も懸念しています。

インドの携帯電話事業者、リライアンス・ジオ・インフォコムのベーシックフォン「ジオフォン」(同)

インドの携帯電話事業者、リライアンス・ジオ・インフォコムのベーシックフォン「ジオフォン」(同)

要注目はベトナム スマホ製造大国へ

もう一つ、要注目の国はベトナムです。アジアでは中国企業の台頭で地場企業が衰退する国も多いですが、ベトナムではビンスマートなど複数の地場企業がスマホ事業を積極的に展開。存在感の大きなサムスン電子や中国企業に挑戦しています。

これらの地場企業は国内でスマホを製造し、ベトナム製を強調している点も特徴です。ベトナムはスマホの製造拠点として外資の誘致にも成功しており、スマホ製造大国の地位を築こうとしています。地場企業の成長も含めて、さまざまな側面から要注目の国といえるでしょう。

伝統的なデザインを取り入れたブータン国営「ブータン・テレコム」の店舗。同国には携帯電話事業者が2社ある。従業員、顧客とも民族衣装を着用した人が多い=ブータン・ティンブー(同)

伝統的なデザインを取り入れたブータン国営「ブータン・テレコム」の店舗。同国には携帯電話事業者が2社ある。従業員、顧客とも民族衣装を着用した人が多い=ブータン・ティンブー(同)


田村和輝(たむら・かずてる)

滋賀県出身。通信業界ウオッチャー。フリーランスで活動。携帯電話関連のウェブサイトを運営し、アジアを中心とした世界の携帯電話事情を発信。東アジアと東南アジアの全ての国で携帯電話回線を契約した。近年はアジア以外にも足を伸ばす。日本人渡航者が少ない国や地域の事情にも明るく、中東ではいち早く5Gを体験。国内外の発表会や展示会も参加。

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