「東西」の本から「亜州」を読み解く
アジアの本棚
『アリババ ――世界最強のスマートビジネス』
ミン・ゾン
中国の電子商取引(EC)最大手アリババの創業者、馬雲(ジャック・マー)氏は昨年会長を引退した。だが、ECだけでなく電子決済の支付宝(アリペイ)を中国に普及させるなど企業としてのアリババの存在感は前にも増して大きくなっている。著者は欧州のビジネススクールの教授からスカウトされてマー氏の経営参謀を務めていた人物で、本書でアリババのビジネスモデルを詳しく解説している。
著者は中国風にアリババのビジネスモデルを「陰と陽」に分けて解説する。「陽」に当たる表のシステムが「ネットワーク・コーディネーション」だ。アリババはよくアマゾンと比較されるが、著者によれば両社のスタイルは全く異なる。アマゾンが商品在庫を保管する物流センターを持っているのに対し、アリババは「仕入れもしなければ、在庫も持たず」で、メーカーから物流業者までEC各段階のプレーヤーを徹底的に「コーディネート」するというビジネスモデルになっている。
また、「ウェブセレブ」とも呼ばれるインフルエンサー(インターネット上の著名人で、多くは若い女性)の役割も大きい。多い人ともなれば数千万人のフォロワーを抱える彼女たちは、推奨する商品をアリババのECサイト上に「出品」して自ら稼ぐと同時に、サイト全体の成長にも大きく貢献している。こうした構造を裏で支える「陰」といえるのが人工知能(AI)で運用する「データインテリジェンス」で、アルゴリズムが出店者や購入者のデータを自動的に解析し、関心のありそうな商品をプッシュする。
なるほどと思ったのは、オーストリアの経済学者シュンペーターの「イノベーションは辺境から起きる」という言葉通り、アリババのコーディネートモデルが成功したのは「中国には既存のインフラがなく、多くの産業で強固なプレーヤーが存在しなかったからだ」という説明だ。アリババが定着させた毎年11月11日の「独身の日」のセールでは、数億個の商品が飛ぶように売れるが「消費者が厳しい窮乏状態にあった時代からまだそれほど経っていない中国」では、消費者もまだまだハングリーであり、それもアリババの成長を支えている。しかし、日本のように成熟した経済のひねくれた(?)消費者はインフルエンサーにもあまり従わず、「独身の日」のような熱狂的な購買欲にも欠ける。日本の流通産業が苦労しているのはまさにこの点だ。
著者も「アメリカや日本のような成熟市場では、セブン―イレブンのような強力なプレーヤーが、全国規模で素晴らしい品ぞろえを提供している。そうした市場でアリババが近い将来大きな存在感を発揮するのは難しい」と認めるが、同時に「ここ20年、主要なIT企業は全て米国と中国で誕生しており、日本や欧州からは生まれていない」とも指摘している。アリペイも、中国の金融インフラがぜい弱でクレジットカード保有者も少なかったことが爆発的な普及につながった。「中国が辺境だった」からこそアリババも急成長できたというのは理解できるが、最近の日本から目覚ましいイノベーションが出て来ないのは「成熟市場」という理由だけではないだろう。そうしたことも考えさせられる。
『アリババ――世界最強のスマートビジネス』
- ミン・ゾン 著/土方奈美 訳 文藝春秋
- 2019年10月発行 2,100円+税