NNAカンパサール

アジア経済を視る January, 2020, No.60

すごいアジア人材@日本企業

日本で活躍するアジアの高度人材たち①

高い専門知識と流ちょうな日本語能力を駆使し、日本企業などの第一線で活躍するアジア出身の人材が増えている。多様な背景を持った人々や価値観を包含し、受容されるダイバーシティー(多様性)社会が叫ばれるなか、彼・彼女らが日本の企業と社会に新たな息吹をもたらしている。(取材・写真=NNA東京編集部 須賀毅、片岡野乃子、江康慧)

周怡来(シュウ・イーライ)さんが所属するグローバルスポーツ局アジア部は、中東を含むアジアにおけるスポーツマーケティングが主な事業領域だ。アジアで開催されるスポーツ大会では、大会直前でのトラブルも頻発するが、「難しい対応が求められる半面、それが仕事上の醍醐味でもある」と話す。

上海市出身の周さんは、上海交通大学で日本語を学び、九州大学への進学を経て、2011年に電通に入社した。上海に住んでいた頃、インターネットで見た日本のCMのクオリティーの高さに夢中になった。特に印象に残っているのは、資生堂の女性用シャンプー「ツバキ(TSUBAKI)」のCM。起用された女優たちが生き生きと輝いて見えたという。おぼろげながら「日本でCM制作に携わってみたい」と考えた。

電通に入社してからはあまり苦労を感じたことはないと話す。「もちろん仕事上のプレッシャーはあるけれど、最終的に仕事がうまくいけば、途中の苦労は全て吹き飛んでしまう」と笑う。ネーティブ並みの日本語、英語、中国語を駆使してアジアのスポーツイベントに関わるスポンサーや協会などとの折衝をこなす。上司であるアジア部の谷敏弘部長も「仕事上で多種多様な国籍の人々と関係があるが、文化の多様性や価値観が求められるなか、彼女からは日本人では発想できないさまざまな気付きを受けられる」と厚い信頼を寄せる。

日本企業で働く留学生出身者として、後輩に伝えたいのは「外国人であることをいったん忘れてみませんか」。自分が外国人であることを意識し過ぎて「日本人に比べて仕事がスムーズにできないのは当たり前。周りがサポートしてくれるのが当然」という態度だと、どうしても周囲と壁ができてしまう。日本人以上に謙虚になれば、周囲がいかに自分をサポートしてくれているかが実感できるという。そうした心構えの下、基本的なスキルを得て、もう一度外国人としての自分の強みを見直してほしいとアドバイスする。

「彼女からはアジア大陸のパワーを感じる」(谷部長)。11歳と4歳の子育てとアジアを飛び回る仕事を両立させながら、太陽のような笑顔を絶やさない。その姿はかつて周さん自身が感銘を受けたという「ツバキ(TSUBAKI)」のCMに登場した女優たちの姿と重なる。


世界的に有名な自然科学の総合研究所である理化学研究所(理研、埼玉県和光市)で、孫哲さんが進めているのはスーパーコンピューター(スパコン)による全脳シミュレーションの研究だ。脳による運動制御や思考などの脳機能を理解するために、全脳の神経回路モデルを構築しシミュレーション解析を行っている。

これまでスパコン「京」を使って進めてきた脳のシミュレーションは、2021年にも運用を開始する次世代スパコン「富岳」に引き継がれる。京の約100倍の性能を持つ富岳を活用することで、人間の脳の1%しかカバーできなかった従来のシミュレーションが、ほぼ完全にシミュレートできるようになるという。現在31歳の孫さん。「これから30年以上の研究人生を費して、できるだけ多く脳の働きを明らかにしたい」と意気込む。

孫さんは河南省項城市出身。中国では日系企業で銀行の現金自動預け払い機(ATM)の開発に携わっていたが、そこで交流した日本人上司に日本への留学を勧められた。10年に来日。アルバイトで生計を立てながら、日本語を学びつつ、横浜市立大学に入学した。15年12月にパートタイマーとして理研で働き始め、17年3月に横浜市立大学で博士号を取得後、理研の脳神経科学研究センターの研究員となった。当時のセンター長は、1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進氏だった。孫さんは、利根川氏をはじめ、優れた日本人研究者との交流を通じて、研究者として自らの研さんに努めたいと話す。

ノーベル賞は、20年ほど前の研究の人類への貢献が認められ、受賞につながることが多い。孫さんは「自分の研究が20年後の人類にとってどのような意味を持つことになるのか分からないが、理研の偉大な先輩の後に続きたい気持ちはある」と話す。

孫さんの研究は生物学、神経科学、スパコンなどの領域にまたがるため、理研内の他分野の研究者とのディスカッションは欠かせない。研究者の22%を外国人が占める理研では英語が共通言語だ。孫さん自身は英語はもちろん、日本語も堪能だ。ただし、同じ中国の大連市出身で日本語研究者の妻からは「変な日本語を使わないで」と小言を言われることもしばしばとか。

「趣味は研究」というほど今の仕事に没頭しているが、研究者仲間などとのバーベキューや焼き肉パーティー、卓球を通じて気分転換している。


写真提供:エーザイ

写真提供:エーザイ

マンダレー出身のピィピョー・ナインさんは、大手製薬会社エーザイのアジア・ラテンアメリカリージョン製品戦略部に所属する。母国ミャンマーをはじめ、タイやベトナムを含むインドシナ5カ国と台湾を対象に、医療制度の変更などの市場環境を調査し、事業計画の立案を手掛けている。将来のベトナムでの現地法人設立に向けた準備のサポートも担当する。

グローバルに活躍できる人間を志し、20歳の時にマンダレー医科大学を3年生で中退した。医科大学を卒業しても医療従事者になる機会が限られている同国の事情も海外留学への気持ちを後押しした。

当時、父親が日本に出稼ぎに来ており、父から送られてくる日本の画像や映像を見て、日本に親近感を持ったという。

2010年6月に来日した後は、アルバイトで生計を立てながら、日本語と大学受験のための勉強を両立させた。将来は母国の農業の発展に貢献したいとの思いから、12年4月に宇都宮大学農学部生物生産学科に入学した。東京大学大学院農学生命科学研究科を経て18年4月にエーザイに入社。日本で暮らすうちに化学メーカーや電機メーカーへの就職にも興味を持ったが、最終的に人の命を助ける仕事として従事したいと同社を志望した。日本行きのきっかけをつくってくれた父親を肝臓がんで亡くしたこともそうした思いを強くした。

ナインさんは、日本企業について、経験の浅い社員に対して丁寧にフォローや指導をしてくれ、「人を育てる企業風土」を感じるという。仕事では海外とのやりとりが多いが、主なコミュニケーション言語は英語と日本語だ。現在の仕事に生かそうと米国公認会計士(CPA)の勉強も進めている。将来はアジアの販社でカントリーマネジャーになりたいと話す。

アジア・ラテンアメリカリージョン製品戦略部の真砂野一彦部長は、「見た目通り非常に真面目。かつ熱意を持って仕事に取り組んでいる」と評価する。「がんばり過ぎる傾向があるため、むしろ抑えるようにしている」という。

入社1年目で結婚したミャンマー人の妻と都内で暮らす。オフには東京都文京区にある会社近くの小石川植物園で季節の散歩を楽しんでいる。

出版物

各種ログイン