【アジア取材ノート】
一風堂のグローバル人材活用術
研修を通じて理念や目標を共有
2008年に米ニューヨークに海外1号店を出店して以降、海外での出店を重ね、今年6月末時点で日本を含む世界14カ国・地域に273店舗を数えるまでになった博多発祥のラーメン専門店「一風堂」。海外で最も成功したラーメンチェーンとして、日本のラーメンの代名詞的存在になりつつある。海外展開の拡大とともに、従業員の国籍も多様化した。さまざまなバックグラウンドを持つ従業員をひとつの目標に向けて束ねるための努力が欠かせない。世界14カ国・地域の人材を一堂に集めて開いた初めてのグローバル会議を取材した。(取材・写真=NNA東京編集部 須賀毅)
一杯のラーメンが中国やフィリピン、マレーシアなどさまざまな国籍のスタッフの手を経て作られていく=東京(NNA撮影)
10月8日、東京・浜松町にある一風堂の店舗では、アジアを中心とした外国籍の従業員のための店舗研修が行われていた。ホールでは日本人の指導担当者が、客からの注文取りや厨房への伝達、配膳、食事を終えた客の見送り、さらには客席の箸や調味料の確認などの注意点を入念に説明。指導担当者の説明は逐一、英語や中国語に訳されて参加者に伝えられる。
一方、厨房では、ベトナムやマレーシア、中国などの出身の従業員が、麺のゆで、スープの準備、具の盛り付けなどの作業を手分けしつつ手際よく進める。一人一人の出身国や日ごろ働く国・地域は違っても、日常的に慣れ親しんだ作業だけに、言葉の壁はありつつも作業にはよどみがない。日本の国民食ともいえる一杯のラーメンがさまざまな国・地域の手を経て作り上げられていく様子は壮観ですらある。
従業員の1割が外国人
一風堂の運営会社である力の源ホールディングス(福岡市)の連結従業員数は約640人。このうち、1割程度が外国籍であり、その比率は年々高まりつつある。アジアやオーストラリア、欧州など国・地域は多岐にわたる。
グローバル会議は10月7日から9日にわたって実施された。海外ライセンス国を含む全拠点からオペレーション担当者およびPR・マーケティング、人材育成リーダーら約100人が一堂に集まった。同社にとって本格的なグローバル会議は初めての試みだ。
力の源ホールディングスの矢野亮太アジア事業本部長=東京(NNA撮影)
海外店舗が増えるにつれ、それぞれのローカル人材が店舗を運営し、ローカル客に食べてもらう店が増えている。そうした中で、アジア事業本部の矢野亮太本部長は、「理念の共有」の重要性を強調する。「すべての物語は一人のお客様、一杯のラーメンからしか始まらない」という一風堂の原点に立ち戻り、一風堂の基本となる概念や思想を伝えることが重要という。「普段はそれぞれの国・地域で離れて働いている人たちが直接顔を合わせ、一風堂としての共通言語や視点を一致させることで、『日本のラーメンを世界食にする』という共通目標が達成できる」と話した。
経営戦略本部で広報を担当する山口恵子氏は、「それぞれの国籍が違えば、カルチャーも異なる。そのカルチャーを理解した上で、一人一人と向き合わなければならない。そうした課題に対応するためには日常業務でのコミュニケーションや理念の共有に加えて、各国・地域のリーダー的存在が集結して直接コミュニケーションする今回のような会議が欠かせない」と説明する。
日本人の指導担当者の注意説明に聞き入る外国人スタッフ=東京(NNA撮影)
会議では各国・地域のスタッフと交流を図ることで異文化理解を深めるとともに、東京都内のラーメン店を巡るフィールドリサーチなどを通じて日本文化に触れることで、「おもてなしの心や思考」の醸成と現地での実践力を養った。
プログラムには、ラーメンを歴史と素材から学ぶラーメンレクチャーや店舗研修、「持続可能な開発目標(SDGs)」を考えるグループディスカッションなども含まれ、英語・中国語・日本語が交差する活発な意見交換が見られた。グループディスカッションでは、客の食べ残しからも好みの傾向が読み取れることが紹介されるなど、ニーズをくみ取るための取り組みを共有した。
外国人スタッフによる接客研修=東京(NNA撮影)
外国人参加者の一人は、「世界のさまざまな国・地域のスタッフと情報を共有できた有意義な体験だった」と語った。別の参加者は「異国のスタッフとはコミュニケーション上の言葉の壁も感じたが、一風堂の運営に関して、自分たちの使命やビジョンを確認する上では全く問題なかった」と話した。
海外に進出している日系企業はもちろんだが、日本国内でも4月から外国人の在留資格「特定技能」制度が始まり、より多くの日本人が外国人材と一緒に働く機会が増えている。外国人への苦手意識のある日本人も多いが、企業理念を共有することで国籍を超えたチームワークを醸成しようとする一風堂の取り組みは、他の企業にとっても参考になりそうだ。