【プロの眼】辺境写真家 栗田哲男
第2回 冬虫夏草とチベットの生活
チベット地域やインドなどアジアの辺境の人々と文化をカメラに収めている辺境写真家の栗田哲男氏。今回は、中国奥地の高山地帯で高級生薬「冬虫夏草」を採取して暮らすチベット族の家族の姿を紹介します。
標高4,600メートルの地で冬虫夏草を採取する父子。背景の山は標高5,000メートル
冬虫夏草をご存知でしょうか?
「名前だけは聞いたことがある」「漢方薬の一種なのでは?」といった方が多数ではないかと思います。
冬虫夏草は、オオコウモリガという蛾の幼虫(イモムシ)にキノコの胞子が付着することにより寄生し、イモムシを栄養分として育ったキノコのことです。
古くは不老長寿の薬とされていた中国医学の高級生薬で、現代では生活習慣病の改善、気管支炎の改善、抗がん作用、免疫増強作用などさまざまな効能があると言われています。
この冬虫夏草が採れるのが、中国のチベット自治区、青海省、四川省西部といったチベット族が暮らす、標高3,500〜5,000メートルの高山地帯です。
冬虫夏草が採取可能な時期は、5月上旬から6月中旬。雪が溶け、地中に生息するイモムシに寄生して育った冬虫夏草が、地表に芽を出し始める時期です。
この頃になると、チベット族の人々はテントと家財道具一式を持って山に入ります。
富士山よりも標高が高い地での冬虫夏草採取は過酷を極めます。強烈な紫外線で肌が焼けるように暑かったかと思えば、急に雹(ひょう)や吹雪という極寒の環境に変化します。それはまるで一日の内に四季が存在するかのよう。
広大な草地を這いつくばって地表からわずかに芽を出した冬虫夏草を探さなければならないため、人手の多さがものをいいます。春休み中の子供たちも親と一緒に山へ入ります。
家族総出で草原を這いつくばって
真剣な眼差しで冬虫夏草を探す9歳の少女。彼女らは5メートル先の冬虫夏草も見つけることができる
テント生活では、水道もなければ井戸もありませんから、川の水や雨水などを利用することでしのぎます。肝心なのは火です。寒い中で暖をとり、簡単な調理をするにも火は不可欠です。チベット族が暮らす高山地帯では草原が大半で、低木ばかりで薪になるような木が存在しません。
そこで、乾燥させたヤクの糞を燃やしています。ヤクは高山地帯に適応した毛の長い牛です。この糞を拾い集め、直径20〜30センチほどの煎餅状にして乾燥させます。乾燥させたヤクの糞は時間をかけて燃えるのです。
チベットの代表的な主食に「ツァンパ」というものがあります。ハダカムギ(オオムギの一種)を炒って粉にしたもので、バター茶やバター、「チュラ」と呼ばれる乾燥チーズを入れて、手でこねて団子状にして食べます。冬虫夏草を採取する時の朝食は毎日このツァンパです。
一日の疲れを取り、体を温めるためもあって、夕食は小麦粉の生地を平たくちぎり入れて煮込んだチベット風すいとん「テントゥク」を食べます。
ところが、子供たちが一番好きなものはインスタントラーメンだったりします。食欲旺盛な子供たちは、夕食の前によく袋入りのインスタントラーメンをすすり、冬虫夏草が採れなかったと落ち込んでいても笑顔になります。
ある地域ではそうした過酷な環境で彼らは朝から晩まで冬虫夏草を探して歩き回り、それでも1日あたり平均2本しか採取できません。
そうして採取した冬虫夏草は、一本あたり500円ほどで中間業者に買われていきます。いくつかの中間業者を通った末、良質なものは最終的に一本あたり1万円を超える価格で消費者に販売されています。
冬虫夏草が採れる地域では、チベット族の家族はこうして現金収入を得ているのです。
政治や宗教面などばかりがクローズアップされがちなチベット地域ですが、家族総出で冬虫夏草を採取しながら生活する人々の姿があります。