【アジアインタビュー ③】
若者は海外を見よ
丹羽宇一郎氏
伊藤忠商事入社後、世界各国との食糧貿易で頭角を現し、社長、会長まで上り詰め、反日デモが激化する北京で初の民間出身の中国大使を務めるなど激動のアジアをみてきた丹羽宇一郎氏(80)。米中貿易戦争など新たな局面を迎えた世界情勢にどう対峙していくべきか。NNAの岩瀬彰代表取締役社長がインタビューし、日本と日本人ビジネスマンへの提言を聞いた。(聞き手=NNA代表取締役社長 岩瀬彰、文・写真=NNA東京編集部 吉沢健一)
米中貿易戦争は「文明の衝突」
──米中貿易摩擦が激化している。6月末のG20大阪サミットで通商協議を再開することでいったん合意したが、今後米中関係はどうなっていくか。
中国と米国は合計で、日本の輸出の約4割を占めており、この両国が貿易戦争に突入しているということは、日本の貿易は無傷では済まない。実体経済が非常に大きな影響を受けるだろう。昨今の米中の争いの本質は、安全保障にかかわる技術革新にある。戦後をみれば、かつての東西冷戦に近い状況で、文明と文明の衝突でもある。第5世代(5G)移動通信システムを中核とする技術革新の中で、華為技術(ファーウェイ)などを抱える共産主義社会にリードを許したら、資本主義社会が潰れるという米国側の危機感が背景にある。この戦いに勝つということは、世界の覇権を握ることを意味する。世界経済で1位、2位の国の間の経済競争ではない。白人中心の資本主義に、アジア系民族が挑戦してくるというのは歴史上初めてのことだろう。
世界で突出する中国の技術力
──中国は「製造業2025」など技術革新や産業構造の転換に力を入れている。
中国の科学者は170万人に上るという。米国が140万人弱と、30万人も少ない。科学者を育成するには時間が必要で、この差を埋めるには20年はかかる。特許申請数なども中国が突出しており、今後の世界の技術革新の中心となっていくだろう。アップルに部品を供給している800工場のうち、380工場が中国にあるとされる。米国企業は中国の技術や生産力に相当依存している。それを断ち切ってサプライチェーンを変えることになれば1~2年はかかるだろうが、その間に中国が自立に向かい、勝つ可能性もある。ただ、中国は知識や技術で米国を上回ったとしても、商業化できる工場やものづくりになると時間がかかる。工場の労働者の教育レベルがまだ低いからだ。
日本の役割はグローバリゼーションを守ること
──米中の覇権争いが不安定化をもたらす世界で、日本の役割はあるか。
グローバリゼーションなくして世界経済は成り立たない。経済のサプライチェーンを壊すことなく、グローバリゼーションの中で競争と協調という精神を米中に説得していくべきだろう。日本の役割であり、欧州の役割でもある。競争と協調はするものの、最後のブラックボックスともいうべき互いに開示できない技術や知識は持っているべきだ。ぎりぎりのところで橋を渡りながら問題を解決していくしかない。
若者の教育に投資せよ
──だが足元では若者を中心に日本人の内向き姿勢が顕著となっている。1人当たりの国内総生産(GDP)など世界における日本の地位も下落している。
「不都合な真実」から目をそらしてはいけない。1人当たりのGDPだけでなく、ここ30年間の経済指標を見てみると、一つとして良いものはない。経済分野以外でも日本の大学のランキングが低下するなど全般的に日本の地位は落ちている。日本の大企業は利益をため込み、ファンドを作ってもどこに投資すべきか分かっていない。配当などに回しても個人の消費に使われるだけ。配当でもなく、ファンドでもなく、「人間の頭」に投資するしかない。特に科学技術者を志す若者たちに投資すべきだ。優秀な学生の大学の学費を無償にしたり、海外に留学させたりする。日本人の若者を海外に出して、彼らに自分と同じ年代の中国の若者たちがどれだけハングリーに勉強しているかを見てきて欲しい。競争心が成長の原動力。一生懸命に働いて稼いで、それを教育に使う。この循環を忘れてはいけない。(2019年7月9日取材)
丹羽宇一郎(にわ・ういちろう)
1939年名古屋市生まれ。62年名古屋大学法学部卒業後、伊藤忠商事入社。食糧部門時代に穀物トレーダーとして頭角を現わす。98年代表取締役社長に就任。多額な負債を抱え低迷していた業績を、2001年3月期決算では過去最高の黒字にするなど、同社を奇跡のV字回復に導く。04年会長就任。政府の経済財政諮問会議民間議員、地方分権改革推進委員会委員長などを歴任。10年6月、初の民間出身駐中国大使に就任。12年12月退官。現在、公益社団法人日中友好協会会長、グローバルビジネス学会会長などを務める。主な著書に『北京烈日 中国で考えた国家ビジョン2050』『新・ニッポン開国論』『負けてたまるか!若者のための仕事論』『仕事と心の流儀』他、多数。
【聞き手】岩瀬彰
NNA代表取締役社長。1955年東京生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業後、共同通信社に入社。香港支局、中国総局、アジア室編集長などを経て2015年より現職。
丹羽宇一郎氏
伊藤忠商事入社後、世界各国との食糧貿易で頭角を現し、社長、会長まで上り詰め、反日デモが激化する北京で初の民間出身の中国大使を務めるなど激動のアジアをみてきた丹羽宇一郎氏(80)。米中貿易戦争など新たな局面を迎えた世界情勢にどう対峙していくべきか。NNAの岩瀬彰代表取締役社長がインタビューし、日本と日本人ビジネスマンへの提言を聞いた。(聞き手=NNA代表取締役社長 岩瀬彰、文・写真=NNA東京編集部 吉沢健一)
米中貿易戦争は「文明の衝突」
──米中貿易摩擦が激化している。6月末のG20大阪サミットで通商協議を再開することでいったん合意したが、今後米中関係はどうなっていくか。
中国と米国は合計で、日本の輸出の約4割を占めており、この両国が貿易戦争に突入しているということは、日本の貿易は無傷では済まない。実体経済が非常に大きな影響を受けるだろう。昨今の米中の争いの本質は、安全保障にかかわる技術革新にある。戦後をみれば、かつての東西冷戦に近い状況で、文明と文明の衝突でもある。第5世代(5G)移動通信システムを中核とする技術革新の中で、華為技術(ファーウェイ)などを抱える共産主義社会にリードを許したら、資本主義社会が潰れるという米国側の危機感が背景にある。この戦いに勝つということは、世界の覇権を握ることを意味する。世界経済で1位、2位の国の間の経済競争ではない。白人中心の資本主義に、アジア系民族が挑戦してくるというのは歴史上初めてのことだろう。
世界で突出する中国の技術力
──中国は「製造業2025」など技術革新や産業構造の転換に力を入れている。
中国の科学者は170万人に上るという。米国が140万人弱と、30万人も少ない。科学者を育成するには時間が必要で、この差を埋めるには20年はかかる。特許申請数なども中国が突出しており、今後の世界の技術革新の中心となっていくだろう。アップルに部品を供給している800工場のうち、380工場が中国にあるとされる。米国企業は中国の技術や生産力に相当依存している。それを断ち切ってサプライチェーンを変えることになれば1~2年はかかるだろうが、その間に中国が自立に向かい、勝つ可能性もある。ただ、中国は知識や技術で米国を上回ったとしても、商業化できる工場やものづくりになると時間がかかる。工場の労働者の教育レベルがまだ低いからだ。
日本の役割はグローバリゼーションを守ること
──米中の覇権争いが不安定化をもたらす世界で、日本の役割はあるか。
グローバリゼーションなくして世界経済は成り立たない。経済のサプライチェーンを壊すことなく、グローバリゼーションの中で競争と協調という精神を米中に説得していくべきだろう。日本の役割であり、欧州の役割でもある。競争と協調はするものの、最後のブラックボックスともいうべき互いに開示できない技術や知識は持っているべきだ。ぎりぎりのところで橋を渡りながら問題を解決していくしかない。
若者の教育に投資せよ
──だが足元では若者を中心に日本人の内向き姿勢が顕著となっている。1人当たりの国内総生産(GDP)など世界における日本の地位も下落している。
「不都合な真実」から目をそらしてはいけない。1人当たりのGDPだけでなく、ここ30年間の経済指標を見てみると、一つとして良いものはない。経済分野以外でも日本の大学のランキングが低下するなど全般的に日本の地位は落ちている。日本の大企業は利益をため込み、ファンドを作ってもどこに投資すべきか分かっていない。配当などに回しても個人の消費に使われるだけ。配当でもなく、ファンドでもなく、「人間の頭」に投資するしかない。特に科学技術者を志す若者たちに投資すべきだ。優秀な学生の大学の学費を無償にしたり、海外に留学させたりする。日本人の若者を海外に出して、彼らに自分と同じ年代の中国の若者たちがどれだけハングリーに勉強しているかを見てきて欲しい。競争心が成長の原動力。一生懸命に働いて稼いで、それを教育に使う。この循環を忘れてはいけない。(2019年7月9日取材)