NNAカンパサール

アジア経済を視る September, 2019, No.56

アジアを走れ、次世代モビリティー

今年はMaaS元年? 新たなモビリティーの可能性
トヨタとフィンランド大手に聞く

「今年は日本版MaaS元年」。国土交通省が今年6月に新たなモビリティー(移動)についてまとめた指針の中で使った言葉だ。シェア自転車や鉄道といった複数の移動手段の経路検索・予約・決済を一つのサービスとして捉える「MaaS(マース、モビリティー・アズ・ア・サービス)」。この概念を2016年にフィンランド首都ヘルシンキで事業化したMaaSグローバルは、日本進出の準備を進めている。同社のサンポ・ヒエタネン最高経営責任者(CEO)と、トヨタ自動車が福岡市で取り組む同様のサービス「マイルート」の責任者である未来プロジェクト室の天野成章室長代理にそれぞれ話を聞いた。

日本進出へ「都市部は自家用車不要」
MaaSグローバル サンポ・ヒエタネンCEO

トヨタグループ企業や三井不動産も出資するMaaSグローバルのサンポ・ヒエタネンCEO=フィンランド

トヨタグループ企業や三井不動産も出資するMaaSグローバルのサンポ・ヒエタネンCEO=フィンランド

──年内にも日本でサービスを開始する

MaaSグローバルは検索・決済アプリ「Whim(ウィム)」を英バーミンガムやベルギーのアントワープでも展開している。現在は日本法人立ち上げを準備中だ。Whimの究極の狙いは、都市部で自動車を保有する必要がない社会をつくること。市民は自動車を保有するコストを他のことに充てられる。

人間が生活していく上で、一番コストがかかっているのが住居費、次いで自動車の購入・維持費だ。人々は移動することが目的ではなく、移動先で目的を果たす。移動のコスト・時間・ストレスは軽減した方がいい。

東南アジアへの進出も検討している。

「ヘルシンキでは、中国人を含む外国人観光客も狙うが、在住者の利用がほとんどだ」とヒエタネン氏は話す=ヘルシンキ空港

──MaaSの発想はどうして生まれたのか

ヘルシンキでの温室効果ガス削減や渋滞解消の目的で、行政当局が自家用車の乗り入れをゼロにする目標を打ち出したのがきっかけだ。われわれは自転車シェア、鉄道、タクシーなどのルート検索から決済までを一つのアプリで済ませるWhimを開発。当局や各事業者との話し合いで定額化も実現した。自家用車を持たなくても市内の移動を快適にする環境を整えた。

フィンランドでは自動車産業がないこと、2012年のノキアの携帯電話工場の閉鎖のショックが、MaaSという新しい発想を生んだきっかけになったと思う。当社にも元ノキアのエンジニアが多数いる。

──どうして日本なのか

日本の交通機関はフィンランドに比べ高度に発展している。だからチャレンジもチャンスも大きいと考えている。日本ではMaaSを世界展開で成功させた企業はまだない。

ただ、われわれは電子商取引(EC)サイト、アマゾンのような価格の主導権を握る「プラットフォーマー」になるつもりは毛頭ない。特定の事業者と独占契約を結ぶということもしない。各事業者との連携を第一に考えていく。

【メモ】

◉Whimのヘルシンキでの30日間定額料金例

・59.7ユーロのUrbanプラン(約7,080円)(電車・バス無料、シェア自転車30分まで無料、タクシー5キロまで1回の最大負担額10ユーロ)
・499ユーロのUnlimitedプラン(約5万9,170円)(電車・バス無料、シェア自転車・レンタカー無料、タクシー5キロまで無料)


Photo by Mayumi Takahashi

「日本独自のサービス展開がある」と話す天野氏

「移動したい」を増やし、賑わいを
トヨタ自動車 未来プロジェクト室
天野成章室長代理


──マイルートの狙いは

「地域の移動をもっと手軽にしながら、(自動車に限らず)あらゆる移動総量を増やし、街や地域の交流や賑わいを増やしたい」というのが原点。そのため、鉄道などの公共交通機関だけではなく、飲食店やレジャー・ホテルの予約サイト、同業他社などとの連携も含め、さまざまなステークホルダーと話をしている。

日本は交通・移動・旅行に関わる事業者が多い。当面の事業収益性よりも、長期的な視点を持つ企業・組織と理念を共有し、信頼関係を構築し、連携できるところから始めていくことが大事だ。(独占的に支配するような)プラットフォーマーになるつもりはないし、なれるとも思っていない。

トヨタは「モビリティー・サービスを提供する会社」への変革を目指しているが、その象徴的な事業の一つになれれば理想的だ。

──MaaSという言葉が最近、経済紙や業界紙で見出しとして登場するようになった

移動をシームレスにする、という意味では、各国のMaaSと呼ばれる事業者と共通の理念はあるが、各国・各地でニーズや社会課題も違う。

未来プロジェクト室では、マイルートにMaaSという言葉を使ったことはなく、「マルチ・モーダル・モビリティー・サービス」と言っている。また、「MaaSはフィンランド発祥で、日本でもマイルートが導入された」と報じられていることに違和感も覚えている。

(通勤ラッシュや鉄道の定時運行など)要求水準が高い日本で、マイルートは日本独特の環境やニーズに基づいたサービスでありたいと考えている。

──「MaaSは定額制(サブスクリプション)」というイメージがメディアによって印象付けられている

鉄道やバスの1日・1カ月単位の乗り放題の乗車券は日本や欧州の都市でもあるが、タクシーや鉄道など事業者の垣根を超えた移動に対する定額制を日本の都市部で提供するのはかなり無理があるのでは、と感じる。

ヘルシンキが先進事例としてよく取り上げられているが、街の規模やタクシー・鉄道事業者の数が違う。欧州の都市でできたとしても、そのモデルを日本で適用できるとは考えにくい。

定額制は、「0か100かの議論(オール・オア・ナッシング)」ではなく、「地域ごとのニーズや状況を踏まえ、必要であれば導入する」というオプションのような考えでいいのではないか。

【メモ】

◉トヨタ未来プロジェクト室

将来像を見据え、新しいモビリティーやモビリティーサービスを企画・提案するために作られた組織。マイルートのほか、宇宙航空研究開発機構(JAXA)との月面モビリティーの協業、トヨタが2020年にも投入予定の2人乗り小型電気自動車(EV)などの企画を手掛けている。

◉マイルート

2018年11月からトヨタが西日本鉄道と組んで福岡市で実証実験を展開。目的地までの最適な移動ルートを知らせ、その移動手段を利用するのに、その都度他のアプリを入れたり会員登録したりする必要がないサービス。今後は、「ベビーカーで移動する」「通勤の途中にちょっと寄り道をしたい」などのさまざまな要望に適した選択肢を観光客や生活者に提供する。

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