アジアを走れ、次世代モビリティー
次世代モビリティー
溶ける二輪・四輪の境界
「100年に1度の変革期」にあると言われる自動車産業。メンテナンスの手間が少ない電気自動車(EV)、トラック運転手不足や過疎地の交通弱者の「ラストワンマイル」を救う自動運転、配車・カーシェアによって自動車は所有から共有へと、「自動車」という言葉の意味が変わりつつある。2030年頃の人々のモビリティー(移動)はどうなっているのだろうか。乗用車のほとんどがEVになったり、歩行者と自転車が混在する住宅街を全自動運転車が走ったり、アジア大都市の渋滞が解消したり─ということはなさそうだ。しかし次の100年、いや10年後に向けた自動車産業やモビリティーの価値観を変える萌芽(ほうが)や挑戦は、既にアジアや世界各地で起こりつつある。各地の様子を追ってみた。(文・写真=NNA東京編集部 遠藤堂太)
(左)免許不要の低速EVの販売台数は、13年の20万台が18年は100万台に急伸した。写真は大手メーカー、時風集団のショールーム=中国・山東省高唐
(右)山東省聊城の小学校前。免許不要の電動三輪車での送り迎えも多い
中国で普及する低速EVの衝撃
中国首都の北京から南へ400キロメートルにある山東省・聊城市の朝。ここに次世代モビリティーの現実が一つある。
地元の小学校前は、おもちゃ箱をひっくり返したかのようににぎやかだ。次々に校門前に横付けされるさまざまなデザイン・形状の電動三輪車や小型四輪車。道路を横断していると逆走中の小型車にぶつかりそうになった。日本人が考える「EV」の想像を超えるEVが縦横無尽に走っている。正式なナンバープレートがない未登録車が多い。
「バイクよりも安全だし、雨を気にしなくてもいい」。孫を送り終えた女性は学校の正門前で、時速50キロ以上のスピードが出ない低速EV(LSEV、中国語は低速電動車)の運転席から満面の笑みを浮かべる。送迎以外には使わないため、「5年も使えれば十分」と、品質や安全性にはさほど期待していないという。
LSEVはゴルフカートレベルの2人乗りから、日本の軽自動車をコンパクトにしたエアコン付きの本格的な4人乗りまでさまざまだ。免許不要な未登録のLSEVの価格は1万元(約15万円)を切るものから3万元を超えるものまである。
エアコン付きのLSEV。所有者の男性に聞くと、「免許を取るには手間も時間も金もかかり面倒だ。これが安くていい」=中国・山東省
昨年の中国のEV販売台数(プラグインハイブリッド車=PHVを除く)は98万6,000台だが、これとは別にLSEVは100万台を超える。
一方でLSEV関連の交通事故死者数はこの5年間で1万8,000人に上る。ブレーキやステアリングなど安全性能で不備なメーカーがあることや、無免許で乗れるため交通法規を知らない・守らないためだ。これを受け、中国当局は2018年11月、未登録のLSEVを3年間かけて規制する通達を出した。まずは安全性能で低品質のメーカーを整理・淘汰(とうた)する。ただ、山東省内の販売業者や利用者に聞いても、「当局は実質的な走行禁止まではしないだろう」と楽観的な見方だった。
中国に行って驚くのは、無免許で乗れる電動スクーターや宅配の電動三輪車が歩道を走っていること。交通安全対策は二の次なのか、と思うが、駅から自宅や大学まで歩くには遠いといった交通空白地帯に発生する移動ニーズ、「爆増」する宅配貨物といった輸送ニーズの「ラストワンマイル」を下支えしている。
出所:中国は国家郵政局。日本は国土交通省(年度ごとの集計、18年度は未発表)
PwCジャパングループ自動車セクター顧問の藤村俊夫氏(元トヨタ自動車エンジニア)は、「中国人の自動車やEVに対する概念は、日本人の持つ概念(4人乗り、航続距離500キロ)とは異なる」と指摘。中国の1世帯当たりの自動車保有率は0.4台(日本は1.1台)と少ないため、LSEVが中国のモビリティーの新たな主役になる可能性があると見通す。
自家用車不要の都市目指す
シェア自転車や鉄道、タクシーといった複数の交通・移動手段を1つのサービスとして捉え、都市内での自家用車は不要と説く「MaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)」と呼ばれる考えがある。この概念を先駆的に事業化し、日本にも年内進出予定なのがフィンランドのMaaSグローバルだ。サンポ・ヒエタネン最高経営責任者(CEO)は、「二輪車と四輪車で区分する時代は終わった。いろいろなモビリティーが融合する時代に入りつつある」と話す。
独フォルクスワーゲンは自社EVを使用し、どこでも乗り捨て可能なカーシェアサービス「We share」を6月末にベルリン市内で開始。使用料は1分0.19ユーロ(23円)。欧州メーカーはEVの商用化に積極的だ=ドイツ
インドネシア・ジャカルタ特別州のアニス知事は5月、東京都内で行われた講演会で「自家用車不要の都市を目指したい」と語り、ラストワンマイルの解決に意欲を示した。
東南アジア最大人口国の首都の首長であるアニス氏の発言は重い。公共交通機関が発展途上のジャカルタは、通勤で使う車やバイクによって所得や階層が分かり、経済格差や階級差の意識が人々に刷り込まれる。これが同国の抱える(テロなどの)社会不安要因の一つなのだという。
アニス氏は、今年3月に日本政府が支援した国内初の地下鉄(MRT)など都市交通だけではなく、歩道の整備、配車やカーシェアなどラストワンマイルの移動サービスを拡充すると宣言。東京のように自家用車やバイクが不要な都市を作り、ジャカルタでも社会の統合・一体感を醸成したいと理想の都市像を語った。アニス氏の考えはMaaSの概念にも似ている。
新興国、配車大手に存在感
インドネシアでは首都機能移転構想も浮上。地場の配車最大手ゴジェックは決済を含めた金融、不動産分野まで進出しようとしている。インド配車最大手のOLA(オラ)は、100万台のEVを調達すると意気込みEV開発部門まで立ち上げた。
タクシーのサービス品質が優れている日本では、アプリを使って営業車両を呼び出し決済する配車サービスの利用は一般的ではない。
しかし、タクシーへの信頼度が低い新興国では、運転手や車の位置情報、料金が事前に分かる配車サービスは人気だ。豊富な顧客データを持ち、「自家用車不要の社会」の一役を担う配車大手が、将来の自動運転車を含むEVの需要を決め、人々の消費行動のベースとなる決済プラットフォームをつくり、電力供給を含む都市づくりに関与していく可能性がある。
ソフトバンクグループは、米ウーバー、インドのオラ、東南アジア各地に展開するシンガポールのグラブ、中国の滴滴出行など世界の代表的な配車大手にいちはやく出資。トヨタ自動車も7月には滴滴出行との中国合弁会社設立を発表するなど、急接近している。
次世代モビリティーの技術・サービスの進化は、金融・不動産・通信・鉄道など業界の枠を超え、人々の生活様式・価値観を着実に変えていくことになりそうだ。
パワートレインも多様化の時代へ
次世代自動車はEVなのか水素で動く燃料電池車(FCV)なのか。PwCの藤村氏は、「商用か個人用かの使用スタイル、国・地域の電源構成といった『適地適車』で決まる。短距離はLSEV、長距離商用はFCV、どの距離にも対応できる乗用ならガソリン車・ハイブリッド車(HV)といった使い分けも広がるだろう」とパワートレインの多様化を予測する。一方で、HVを含むエンジン車の需要はなくならないとみる。
トヨタ自動車は今年4月、中国メーカーの利用を念頭に置いたハイブリッド技術の特許無償開放を発表。中国当局も7月、これに呼応するかのようにハイブリッド車を新エネルギー車(NEV)として優遇する措置を明らかにした。
出所:PwC藤村俊夫顧問が予測