【アジア取材ノート】
アジアで沸騰、日本の温泉文化
ホスピタリティ企業の進出加速
6月30日に開業した台湾の「星のやグーグァン」の客室に設けられた半露天風呂(星野リゾート提供)
日本の温泉文化がアジアに広まりつつある。温泉文化に触れた訪日観光客が、それぞれの母国でも日本式の温泉や温浴施設を利用したいと考える人が増え、そうしたニーズを取り込もうと日本企業がアジアで温泉施設を開発する動きが加速している。温泉旅館を前身とする星野リゾート(長野県軽井沢町)と、千葉県などで温泉リゾートを運営するホテル三日月グループ(千葉県勝浦市)は、それぞれ台湾とベトナムに進出。自然との一体感を前面に押し出し、日本の温泉文化を満喫できるリゾート施設を提供する。(文=NNA東京編集部 須賀毅)
全室源泉かけ流しの客室風呂
台湾の中央に位置する台湾第二の都市、台中の郊外にある温泉地グーグァン。3,000メートル級の山々が連なる台湾中央山脈を、河川「大甲渓」が削ってできたダイナミックな自然が残る。星野リゾートは6月30日、日本のひなびた温泉地のようななつかしさがある同地で、温泉リゾートホテル「星のやグーグァン(虹夕諾雅 谷関)」を開業した。
50室の客室全てに源泉かけ流しの半露天風呂を備える。総支配人の田川直樹氏は、「『温泉三昧ができる宿』というのが星のやグーグァンのテーマ。日本の温泉地の50室規模の旅館で、これだけ豊富な湯量を使えるところはない。『客室露天風呂』は他の旅館にもあるが、全室源泉かけ流しの客室浴場というのは前代未聞だ」と強調する。
客室露天風呂とは別に露天の大浴場も備える。海外の温泉入浴は水着着用が一般的だが、同施設の大浴場では、日本の温泉文化を味わってもらうため、水着なしでの入浴を可能にした。ほかにプール、スパ、屋外のウオーターガーデンなどを備え、自然との一体感と開放感という、日本の温泉文化ならではの醍醐味(だいごみ)を味わえるデザインとした。
グーグァンは、台湾高速鉄路(高鉄)台中駅から車で90分ほど。霧の深い秘境として知られる同地は、温泉を満喫しながらゆっくり過ごすことができるほか、周囲にはトレッキングコースなどがあり、アウトレジャーも楽しめる。
開業当初は台湾からの客が8割程度を占めると想定するが、将来的には近隣アジア圏や欧米などからの来客を見込む。
星野リゾートの星野佳路代表は、昨年9月に台北で開かれた記者会見で「台湾内外の人にとって、台北以外の旅行のきっかけになれば」と期待を示した。
同社は、台湾以外の海外ではタヒチとインドネシア・バリ島で施設を運営する。星野代表は「話があればどこでも検討したい」と話し、今後の海外展開の拡大に意欲を見せた。
ベトナムに現代版龍宮城
一方、ホテル三日月グループは、ベトナム中部のビーチリゾート地、ダナンで大規模レジャー施設「ダナン三日月ジャパニーズ リゾーツ&スパ」の開発を進めている。約13ヘクタールの土地に、裸風呂ゾーンを含む全天候型のドーム施設や、全客室にダナン湾を望める露天風呂を備えた複合型5つ星ホテルなどを開発する。温泉をはじめとした「日本文化の発信基地として和のおもてなしを大切にした上質なリゾートであると同時に、ベトナム人家族4人1室利用での料金も設定してベトナム国内需要も取り込めるハイブリッドなホテル」を標榜している。
水着風呂と裸風呂を備えた「温泉&アクアドーム」や、全客室500室を予定する「ホテル&レストラン」など4つのゾーンからなり、2020年6月に温泉&アクアドームゾーン、21年4月にホテル&レストランゾーンの開業を計画している。
今年3月に開かれた着工式典で小高芳宗社長が強調したのは、日本文化の発信とともに独自の「非日常性」の演出だ。五重塔や鳥居などが建つ庭園を設け、管内にも格子や畳をアクセントとする和風のデザインを取り込む。目指すは日本で培った独自のスタイル「現代版龍宮城」の創造だ。
同社にとっては初めての海外プロジェクトだが、総投資額は120億円に上る。総額90億円のシンジケートローン(協調融資)が組成され、商工中金が取りまとめた海外投資に関する協調融資としては過去最大級だ。
小高社長は、「ベトナムにはかつての日本の高度経済成長に似た熱気がある。首都ハノイや最大都市ホーチミン市も視察したが、ダナンは世界遺産のフエやホイアンなどにも近く観光資源に恵まれている。国内外の観光客にとって魅力的な都市だ」と説明。「ダナン市に無い商品、他のホテルに無い商品を高品質かつ安価で提供することで他社との差別化を図りたい」と語った。宿泊と日帰りを合わせた年間来客数は60万人を見込んでおり、売り上げ目標は30億円を掲げている。
大規模レジャー施設「ダナン三日月ジャパニーズ リゾーツ&スパ」の完成イメージ(ホテル三日月グループ提供)
温泉産業は中国を中心に安定成長
世界の温泉産業は、アジアを中心に成長を続けている。米国の非営利組織(NPO)グローバル・ウェルネス・インスティテュート(GWI)は、向こう5~10年の世界的な温泉産業の見通しについて、人々の健康意識の高まりを背景に、自然と気軽に触れ合えるレジャーとして、中国を中心に安定的に拡大すると予想している。
GWIは、温泉産業を「特別な性質のある水を活用した健康増進、レクリエーション、セラピーを目的とした営利事業」と定義した上で、17年時点で世界127カ国・地域に3万4,057カ所の温泉施設があると推計。うち日本には2万972カ所があり、世界全体の62%を占める温泉大国だ。
一方、世界の温泉市場の規模は17年が562億米ドル(約6兆円)で、15年に比べて10%拡大した。うちアジア太平洋地域は316億米ドルと全体の56%だった。国・地域別の売上高では、世界最大の人口規模を誇る中国が175億米ドルで首位。日本が128億米ドルで続き、両国で世界全体の売上高の54%を占めた。
最大市場である中国で、日本の温泉文化が普及する可能性はあるのだろうか。日本でスーパー銭湯を運営する極楽湯ホールディングス(東京都千代田区)は11年に中国・上海に進出。現在は長春、青島、武漢などで直営とフランチャイズを合わせて計8店舗を運営しており、今後も店舗網の拡大を表明している。
中国人の消費行動に詳しい三菱総合研究所の劉瀟瀟研究員によると、中国の温泉は、日本のような風呂というよりは水着で遊ぶ温水プールのイメージ。一方で、日本の温泉文化は訪日中国人などを通じて中国国内でよく知られており、養生思想を重視する中華圏でも日本式の温泉が受け入れられる余地は十分にあるという。
ただし、全裸で他人と同じ風呂に入ることに戸惑いを覚える中国人も多いことから、温泉文化の丁寧な説明が必要と指摘。さらに、中国人の心をつかむ上でのポイントとして、温泉施設の清潔さの維持を挙げた。