NNAカンパサール

アジア経済を視る May, 2019, No.52

「東西」の本から「亜州」を読み解く

アジアの本棚

『平成の経営』

伊丹敬之 著


経済危機や自然災害を通じ地力つけた製造業

平成の経営

筆者は日本を代表する経営学者で、現在は8割が留学生という大学院大学、国際大学の学長を務めている。平成時代30年間の経済情勢を詳しく回顧すると同時に、企業の現在を多角的に検証している内容だが、バブル崩壊から金融危機、リーマンショックまで多くの試練に鍛えられた日本の製造業が再び強くなりつつあることを証明し、将来への展望も見せてくれる優れた一冊だ。

平成の30年間は、しばしば「低成長とデフレ」のイメージが強く、「失われた30年」だったと言われる。確かに1990年に世界シェアの5割を占めていた日本の半導体は衰退し、90年代に10行あった都市銀行は4グループに再編され、当時のままの名前の銀行はひとつも残っていない。しかし、経済危機に加え、平成に多発した大震災などの影響をもくぐり抜けた日本の製造業は、「シャキッとして地力をつけた」というのが本書の指摘。いまでは労働生産性や売上営業利益率はバブル期のピークを上回る数字になっており、銀行に頼らなくなった企業の自己資本比率は90年代の20%弱から2017年には41%まで上昇しているという。

明暗分かれた2大産業

同時に本書は、強くなったのは主に自動車であり、日本経済を支えるもう一本の足だった電機は試練に耐えられず弱っていったということも冷徹に俯瞰(ふかん)している(これはNNAカンパサール45号の書評で取り上げた大泉啓一郎著「新貿易立国論」も指摘している)。その差は「国内の低成長を補うだけの国外展開ができたか」どうかにあった。09年の日本の製造業の海外現地法人売上高は78兆円だったのが16年には123兆円まで拡大しているのだが、その6割が輸送機械(自動車)だったという。自動車の海外生産台数は09年の1,012万台から17年の1,974万台におよそ倍増し、外需を吸収して成長を確保したが、家電、半導体や携帯電話では逆に韓国や台湾に押されていった。

自動車を中心とした製造業の海外展開をけん引した大きな原動力は中国市場であり、現在では海外現地法人の従業員数と経常利益が一番大きいのは中国になっている。1990年代まで米国市場一本やりだった日本企業だが、2007年に中国が米国を抜いて貿易相手国首位になり、現在では「米中均等」になったという輸出市場の構造転換があった。本書はそこに「第三の市場」「安定装置」として東南アジア諸国連合(ASEAN)市場があることの「ありがたさ」にも言及している。

本書を紹介したある新聞の書評は「私たちはもっと自信を持っていい」と書いた。それには賛成するが、では日本経済の次の成長エンジンは何か?本書はサービスや食品も含めた「複雑系」産業が鍵になると予測している。


『平成の経営』

  • 伊丹敬之 著 日本経済新聞出版社
  • 2019年1月発行 1,800円+税

【本の選者】岩瀬 彰

NNA代表取締役社長。1955年東京生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業後、共同通信社に入社。香港支局、中国総局、アジア室編集長などを経て2015年より現職

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