人を育てる日本の技術
“本物”の革製品にこだわり、エチオピアで工場
エチオピアの首都アディスアベバ近郊では、さまざまなインフラ整備や企業活動などで中国の存在感が目立つが、日本に対する支持もまだまだ高い。「人を育てることが経済発展につながる」ことを知る日本人が、それを実践することで「メード・イン・ジャパン」に対する国際的な信頼を得てきたことへの共感があるからだ。エチオピアで日本式の「人づくり」の現場を取材した。
ヒロキの自社工場で技術指導する渡辺さん(左)と山村さん(NNA撮影)
「世間にない卓越した商品を」
「エチオピアの自社工場で手作りしたエチオピアンシープ(羊革)でできています」と店員は説明した。わずか0.45ミリという驚くほど薄く、軽くて柔らかい革のコート。横浜元町にある革製品専門店、ヒロキの店舗でそれに初めて触れたとたん、世界で唯一の商品に出会えたと多くの人が感動するだろう。
1952年の創業から67年になるヒロキ。「世間にない卓越した商品を武器にしたい」(西岡正樹会長)と、エチオピアンシープによる衣料製品づくりに着目した。
標高2000メートル以上の高地で生きるエチオピアンシープの革は極めて薄く軽いだけでなく、繊維組織が緻密なため非常に丈夫で、ゴルフグローブに使われている。
「この革はグローブ用で、衣料用には加工できない」──。西岡会長らは、この素材を求めて直接、原産国エチオピアの革なめし業者に赴いたが、どこからもそう言って断られた。エチオピアンシープの一枚革を衣料製品にするという前例がなかったからだ。
「エチオピアを生産拠点に選んだのは、エチオピアンシープという唯一無二の素材がそこにあったから。諦めるわけにはいかなかった」
自社工場で一貫生産
ヒロキは2013年、首都アディスアベバから車で1時間のところで自社工場の運営にこぎつけ、翌年には日本への製品の出荷も開始した。
ただ、もちろん製品化への道のりは簡単ではなかった。柔らかく伸びがあり、傷や色むらを塗り隠していないため、裁断も縫製も手間がかかる。技術習得の機会が少なかったエチオピア人をヒロキは長期雇用し、根気よく教え込んだ。
アディスアベバの郊外にあるヒロキの自社工場。エチオピアンシープの革生地の裁断から縫製までを一貫して行い、ジャケットやバッグなどを完成させている(NNA撮影)
アディスアベバには数百人規模の工員を抱える中国資本の工場がいくつかあるが、「いずれも量産品のライン工場で、ポケットの縫い付けなど一部分の加工をひたすら繰り返す作業しか求められない」(西岡氏)。しかし、ヒロキでは一人の作業員が一着を最初から最後まで作り上げている。生地の裁断後、ジャケット1枚の縫製に要する期間は、シンプルなものでも1~2日かかる。大量生産や効率化が求められる時代の波にあえて逆らい、本物を作り出すことが、ヒロキが生き残る道だと闘い続けた結果だった。
「日本企業は良いものを作っているということが感覚的に分かっている。従業員たちも日本向けの製品を作っているというプライドも持っていると思う」と権田浩幸社長は話す。
学校づくり構想
現在、海外産業人材育成協会(AOTS)を通じて工場に派遣された渡辺寛子さんと山村武明さんがそれぞれガーメントとバッグの技術指導をしている。
エチオピア人従業員は現在16人。人材流出の激しいエチオピアにありながら、操業開始から残っているメンバーも6人いる。ただ家族第一主義のエチオピアでは、葬式や結婚式、農家の収穫などで欠勤することも少なくないなど課題があり、「嫌なことも言わなくてはならないこともある」と山村さん。だが、教えている時はほめるし、覚えてくれたことがうれしくてハグもするという。
創業以来、5年間働いているエチオピア人のルアムさんは「日本人は働き者だし、厳しい時もあるけど、一緒に働くことはとても良い経験になっている」と笑顔で話す。
就労機会が少ないエチオピアの人々がここで安定的な仕事を得るだけでなく、量産工場では10年働いても決して身につかない技術を習得する。
権田社長は今、さまざまな機関の協力を仰ぎながら、現地に縫製の技術を教える学校を設立する構想を描いている。「途上国向けの援助にはいろんな形があるが、一人一人のエチオピア人の若者がどこに行っても働ける力を教育によって与えてあげることは本当の社会貢献になる。現地でものづくりをしていて逆に気づいた」
エチオピアでの日本企業のパイオニアとして、ヒロキは新たな展開を模索している。
「アフリカの優等生」エチオピア、外貨不足に課題も
人口が1億人を超え、豊富な若年労働者を生かし軽工業を中心に産業も育ちつつある「アフリカの優等生」、エチオピア。だが、外国企業が進出する上で最大の障害となっているのが外貨不足だ。国外からの原材料を輸入する場合や、エチオピアで稼いだ利益を海外に送る場合にも影響する。
エチオピア中央銀行によると、2018年7月時点の外貨準備高は2億160万米ドル。輸入額の3カ月分以上が外貨準備高の適正水準とされるが、エチオピアでは2.1カ月分にとどまっている。
在エチオピア日本大使館の松永大介大使は、「海外から原材料等を輸入する際に必要となる外貨の不足が大きな問題ではあるが、エチオピアの経済は順調に成長しており、アビィ首相の就任以来さまざまな経済改革が進んでいるので、日本企業にもどんどん進出してほしい」と話す。