NNAカンパサール

アジア経済を視る January, 2019, No.48

鈴木大地スポーツ庁長官に聞く

アジアは有望市場

スポーツ通じ人間教育

鈴木大地氏(すずき・だいち)<br>1967年3月10日生まれ。88年ソウル五輪100メートル背泳ぎで金メダル獲得。2015年初代スポーツ庁長官に就任。

鈴木大地(すずき・だいち)氏
1967年3月10日生まれ。88年ソウル五輪100メートル背泳ぎで金メダル獲得。2015年初代スポーツ庁長官に就任。

2020年の東京五輪・パラリンピックの開幕が約1年半後に迫った。五輪・パラリンピックをひとつのきっかけに、日本のスポーツ関連産業を海外に展開させる動きが活発化している。政府は、スポーツ産業の市場規模を25年までに15兆円に拡大する目標を掲げており、重要市場と位置付けるアジアと日本のスポーツ産業の関わりなどを、スポーツ庁の鈴木大地長官に聞いた。

──なぜ今、スポーツのアジア展開に力を入れているのでしょうか。

スポーツ庁は15年にできました。前身である文部科学省時代のスポーツ・青少年局は、スポーツを通じたビジネスは所管ではありませんでした。スポーツ庁となり、経済産業省からも職員を派遣していただきながら、今スポーツビジネスにも力を入れています。日本国内は少子化が進む一方、世界人口の54%をアジア地域が占めるわけですし、スポーツはグローバルな分野ですので、国際展開に力を入れていくのは自然な流れではないかと思います。

礼節重んじる日本のスポーツ

──スポーツ産業の海外輸出という観点から、日本の強みは何だと思いますか。

国・地域別にスポーツの発展過程を考えた時、欧州は文化からきていますし、米国はビジネスからきています。日本の場合は、教育が基になってきたという歴史的経緯があります。日本でスポーツが浸透し、定着した背景には、そこに教育的価値を見いだしたことが大きい。日本の伝統的な武道は礼節を重んじますし、武道以外でも日本のスポーツには性質として、そうしたものがあります。日本のスポーツは、部活動や体育の授業と深く結びついて発展してきました。こうしたことは日本の強みだと思いますし、アジア展開を図る上で、上手に活用したい。スポーツを通じて身体だけでなく、心も鍛えられるような仕組みができればいい。

官民連携の下、100カ国・地域の1,000万人以上を対象としたスポーツ国際貢献事業「スポーツ・フォー・トゥモロー」を進めています。こうした事業を通じて、日本の体育の授業や部活動、運動会を輸出できればいいと思います。

スポーツツーリズムの需要掘り起こし

──日本のスポーツ産業にとって、アジアはどのような位置づけでしょうか。

20年に東京五輪・パラリンピックが開かれますが、冬季は18年の韓国・平昌に続いて、22年は中国・北京と東アジアでの開催が続きます。18年のアジア大会が開かれたインドネシアのジャカルタでは、32年の五輪・パラリンピック招致に名乗りを上げようという話もあります。アジアはこれからもっと発展しますし、若い人はもっと増えていくでしょう。経済成長が著しいアジアで、国際的な大型スポーツイベントが開かれることは、スポーツ界にとっても、地政学的にもすごく重要なことだと思います。

スポーツには実生活に役立つメリットもあります。例えば、水泳ができれば、水にもぐって魚を捕まえられたりできる。ただ、アジアの人々が裕福になってきて、楽しみとしてのスポーツを享受できるような段階にきている。

今、官民連携で日本へのスポーツツーリズムの需要拡大を図っています。われわれ官庁、旅行会社、スポーツ関係のメーカーが連携しながら、海外の人たちに日本に来てもらって、スポーツを体験したり、観戦したりする機会を増やそうといろいろと議論しています。

例えば、東南アジアの人々は、自国で雪を見ることはないので、雪に対する憧れが強い。日本でスキーやスノーボードなどのスノースポーツを体験してもらえるといい。

また、日本には四季があり、山、川、海などの豊かな自然があります。これらを生かしたアウトドアスポーツを楽しむこともできる。アウトドアスポーツに関しては、同じシチュエーションは二度とありません。登山にしてもさまざまなルートがありますし、季節によって景色も変わる。何回来ても楽しめる天然のすばらしいコンテンツだと思います。

──東京五輪・パラリンピックをはじめとした国際的なスポーツイベントは、日本の経済にとって追い風になりますか。

19年のラグビーワールドカップ、20年の東京五輪・パラリンピック、21年のワールドマスターズゲームズは、非常に人気の高いスポーツイベントですので、海外から多くのお客さまが日本にいらっしゃるでしょう。日本人と交流し、日本文化に触れ、日本食を食べることで、おそらく日本を好きになってくれると思います。一度好きになってもらえば、リピーターになってもらえますし、こうした大会を通じて、われわれも海外の日本ファンを増やしていきたいと思っています。

──20年の東京五輪では「金メダル30個」を目標に掲げていますね。達成の見通しはいかがですか。

私は「1964年の東京五輪の日本チームがライバルだ」と言っています。64年は日本選手が16個の金メダルを取りました。2020年の目標に対して、数の上では約半分ですが、当時の競技は163種目だけ。20年は339種目となり、割合からすれば、金メダル30個は妥当と考えています。

目標達成に向けて、各競技団体からヒアリングをして、選手らからの要望を聞いたり、問題点を挙げてもらったりして、できる限りのサポートをしています。

20年までに負の部分を大掃除

──18年は日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックル問題をはじめ、指導者の在り方が社会的にクローズアップされました。選手に対する体罰も日本のスポーツ界が抱える課題だと思いますが、どのような対策を取っていますか。

スポーツ指導の在り方や競技団体のガバナンスの強化策について、スポーツ庁の中でも話し合っていますし、スポーツ議員連盟による提言なども受け、さまざまな対策を練っています。20年の東京五輪・パラリンピックを前に、日本のスポーツの負の部分が目立っていますが、選手はやはり五輪・パラリンピックに出たいですし、指導者は指導者でいたい、役員は役員でいたいというのが偽らざる本音です。今まで不適切なことがあっても声に出せなかったのが、いろいろなことがオープンになってきて、少しずつ前向きに変わっている状態だと思っています。20年までにきれいに掃除して良い形で五輪・パラリンピックが迎えられるよう取り組んでいます。

アジア人が日本でしてみたいスポーツ
人気は登山やスノーアクティビティー

スポーツ庁がアジアの国・地域で行った、日本で経験してみたい「する」「みる」スポーツツーリズムに関する調査によると、「する」スポーツでは、中国、香港、韓国は「登山・ハイキング・トレッキング」がトップだった。台湾とタイは自国では経験することができない「スノースポーツ・スノーアクティビティー」が人気。一方、「みる」スポーツでは、野球のプロリーグがある韓国と台湾で日本のプロ野球に対する関心が高く、中国と香港は「武道」、タイは「バレーボール」が人気を集めた。

調査は2017年10月6日~20日に、直近3年以内に訪日経験のある20~60代の男女各150人を対象に実施した。

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