【アジアインタビュー】映画『夏、19歳の肖像』が公開中
作家 島田荘司
華文ミステリーの現在と未来
中国・台湾
御手洗潔シリーズなど、数々の傑作小説を世に送り出している本格ミステリー界の巨匠、島田荘司氏。1985年に発表した名作『夏、19歳の肖像』(文藝春秋)を原作にした同名の中国映画が現在、日本全国でロードショー公開中だ。台湾で「島田荘司推理小説賞」を開催するなど、近年、中華圏での本格ミステリー普及に力を尽くす島田氏に、映画の魅力や華文(中国語)ミステリーの展望などを語ってもらった。(聞き手=NNAグローバルリサーチグループ 早川明輝)
しまだそうじ 1948年広島県福山市生まれ。武蔵野美術大学卒業。1981年『占星術殺人事件』で小説家デビュー。代表作に『斜め屋敷の犯罪』『異邦の騎士』などの「御手洗潔」シリーズ、『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』などの「吉敷竹史」シリーズほか多数。新人発掘にも尽力し、華文ミステリーの新人賞「島田荘司推理小説賞」や「島田荘司選 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」の選考委員を務める(NNA撮影)
オールアジアの混合チームで製作
──『夏、19歳の肖像』は、19歳の青年が体験した事件を主題にした青春ミステリーですが、1985年に発表された作品が33年の時を経て中国で映画化された経緯は?
私の本が中国で出版されたのがきっかけです。北京にある新星出版という出版社から、私の本の中国語翻訳版が出版されているのですが、毎月2、3冊、多い時は5、6冊のペースで出ているんです。(『夏、19歳の肖像』(中国語題名:夏天十九岁的肖像)は2013年6月発売)
映画化のオファーがあったのは、(本が出て)それから間もなくでした。版元の文藝春秋ではなく私のところに直接連絡が来て、「いいですよ」と快諾しました。自分の本が外国で映画化されることはなかなかないですからね。素朴に楽しいだろうなぁと思いました。お金の話は一切しませんでしたね。版権(原作使用料)もなく、女性プロデューサーのアン・シャオフォンさんからは「おかげで大変安くこの映画を作ることができました」と感謝されました(笑)。
監督のチャン・ロンジーさんは台湾人。主演のタオ(ファン・ズータオ)ちゃんは中国青島出身で、韓国のK-POPグループ、EXOのメンバーとして活動した経歴がある俳優です。主演女優のヤン・ツァイユーさんは、プロフィルには中国出身と書いてありますが、私にはタイ生まれのタイ育ちと話していました。プロデューサーのアン・シャオフォンさんは中国人。そして私が日本人。オールアジアの混合チームで作った映画です。
──日本を舞台にした小説と違い、映画版は現代の中国が舞台となっていますが、ご覧になった感想は?
すごくいいと思いました。感動しましたね。3分の2までは原作に忠実に話が進行して、原作に出てくる「R」という喫茶店が、名前そのままに出てきたり。日本映画は変えたがるので、その姿勢には原作へのリスペクトを感じました。
後半は、アクションがないなど原作とは違う部分が出てきますが、タオちゃん自身は「アクションをやりたい」と言っていたので、やらせてあげればいいのになと思いました(笑)。
もうひとつ大きく違うのが、ヒロインの女性の描き方。原作(小説)の理津子は大邸宅に住むために、母親の命令で家主である老人の愛人に徹します。一方、映画のインインは、タオちゃん演じる19歳の青年と恋愛をするにはするんですが、老人を本当に好きで、結局は老人の元へ戻り、最期を看取る。老人役がハンサムな役者だったので、この人ならありえると納得いきましたが(笑)。
私の想像ですが、脚本家が女性なので、「自分ならこうする」という願いが書かれている気がしました。母親が大きな家に住みたいがために、娘である自分が、好きでもない人の愛人に徹するなんてバカバカしいでしょ。やっぱり好きだったんだと思います。「実際にこういった状況だったら老人への思いもあるんだ」という主張が映画の脚本にはありましたね。女性脚本家が書いたことによって、リアリティーのある映画になったと思います。
──『夏、19歳の肖像』は先生にとってどんな作品ですか?
書いた当時は、吉敷竹史シリーズが「カッパ・ノベルス」(光文社)で売れたりして、あちこちの出版社で缶詰になっていたすごく忙しい時期でしたね。そんな中、文藝春秋に拉致されるようにして九段下のホテルグランドパレスに連れて行かれて、搾り出すようにして『夏、19歳の肖像』を書きました(笑)。
本格ミステリーではなく、アイデアもトリックもないので、当時はいい作品かどうか分からなかったですね。でも、その後に改訂版が出たり、こんな風に映画になったり。長く続く作品になって大変うれしいことです。
同じ頃に出た『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』(84年)は、「青春の香りがする」と言われた作品でした。まだ若かったし、何を書いても行間や考え方に青春物語的な雰囲気が自然に出たのかもしれないですね。そういった意味で『夏、19歳の肖像』は自分の若い頃の証のような、大事な作品だとしみじみと思いますね。
才能を持った作家の登場に期待
──島田先生は中国や台湾で“推理小説之神(推理小説の神)”と呼ばれるなど高い人気ですが、中華圏でのミステリー小説の状況は?
まず台湾ですが、文化的に日本と密着してやってきた国ですので、文学界の状況が日本と似ていて、松本清張も横溝正史も知っている、という背景があります。新本格系(※1)が出てきたら間髪をいれずに声をかけてくれましたし。台北市の皇冠文化出版という出版社を通じて、私と綾辻行人さんの本が台湾に上陸し(※2)、これまでに数多くの本が出版されています。
※1 1987年に島田氏の推薦を伴いデビューした綾辻行人に代表される、80年代後半から90年代にかけてデビューした本格ミステリーを志向する作家の総称だが、明確な定義はないとされる
※2 『占星術殺人事件』(中国語題名:占星術殺人魔法)が2003年7月に発売
講談社が(2005年に)中国に現地法人を作り、台湾に売り込んでいたものの、全然うまくいかなかったんですが、結果として(皇冠文化出版からの中国語翻訳版の出版をきっかけに)台湾から中国へのパイプができ、東京、台北、北京というルートができました。
次に中国の状況ですが、私や綾辻行人さんの本が入る前までは、本格ミステリーは全くといっていいほどありませんでしたね。シャーロック・ホームズしか知らないような状況でした。思うに、それまで本格ミステリーが広がらなかった理由のひとつに、儒教の影響があるのかもしれません。
例えば中国では「先生」を「老師」といいますが、天才的なひらめきを発揮したり、事件を解決したりする人は老人でないといけないという考えなんですよね。だから、若くてかっこいい変人が、警察を出し抜いて事件の真相を暴くなんて中国では許されなかったのかもしれません。
ですが、本格ミステリーは日本発のアニメやマンガの後ろに付いて、中国でこれからだんだん盛んになり、才能を持った作家も出てくると思います。現地に行くと感じるのですが、ミステリーやアニメのファンはものすごく親日的だし、リスペクトしてくれている。われわれの想像以上の熱意を持っていますね。
──2009年から華文ミステリーの新人賞として、島田荘司推理小説賞を開催されています。10年近く経った心境は?
香港出身の陳浩基(ちん・こうき)さんのようないい書き手も次々と現れていますが、プロとしてやっていける人はまだ少なく、二十数人ほどです。
台湾は先ほどお伝えしたように、日本と似ていて本格ミステリーが大好き。しかし、よくないところも似ています。つまり、英国、米国においてミステリーは文学だけれど、日本では江戸川乱歩の影響で、純文学や文芸畑よりワンランク下がる通俗的な小説であると思われているのは台湾も一緒ですね。
今後、台湾は中国との関係で政治的に難しい時期に差し掛かると思います。となると台湾でミステリーだ何だのと言っていられなくなるかもしれない。島田荘司推理小説賞も開催できるのは21年頃までかもしれないと思っています。
──英国でも新人賞設立をしたいとか
英国のミステリー界はしぼみ気味で、本格ミステリーの新鋭が出てきたという話は聞かない。当然だなと思ったのは、英国には新人のための賞が2つしかないんです。有名なダガー賞の新人賞部門は、受賞をしても出版が約束されていませんし、出版を約束している賞はあるにはあっても有名ではない。(ハリー・ポッターシリーズの)J.K.ローリングも出版社に持ち込みでしたし、そんな状況だから新人がなかなか出てこない。
私は以前から「レッドサークル(Red Circle)」というグループで、英訳短編を書くなどして、日本のミステリーを欧米に紹介する活動をしているのですが、「英国に賞がないのであれば、われわれが賞を持ち込んでレッドサークル賞をやろう」と、半分冗談ではありますがそんな話をしています。
英国各地の図書館を回り講演をしたことがあるのですが、「英米文学に元気がなくなったので日本が頑張った。皆さんの中から才能が出てきて、盛り上げないといけない」という話をしたら、「イェ、イェ(そうだ、そうだ)」って雰囲気になっていましたね(笑)。
先ほどの賞の話は、本当にやるのであれば選考委員はひとりじゃないとギャラや経費の問題で無理だと思います。私ひとりなら、スターバックスで作品を読んで、決めて、発表するだけ。選考委員が複数になると、選考会議の後に「夜の巷に連れて行け」ということになりますからね(笑)。
──最新作および今後の活動予定は?
新潮社から長編『鳥居の密室―世界にただひとりのサンタクロース―』が8月31日に、短編アンソロジー集の『鍵のかかった部屋 5つの密室』が9月1日に発売されました。文藝春秋からは来年に『盲剣楼奇譚(もうけんろうきたん)』という長編が出ます。剣豪の伝説が伝わる金沢を舞台にした冒険活劇ミステリーで、現代の事件と江戸初期の剣豪譚との複雑な二重構造をとっています。
取材メモ
デビューから現在に至るまで、本格ミステリー界のトップランナーとして業界をけん引する島田荘司氏。日本のミステリー小説史は氏の登場によって塗り替えられたといっても過言ではない。そして今、世界へとその活躍の場を広げるなか、語られる中華圏、欧米のミステリー界の状況、さらには世界情勢全般に関する分析は作中の謎解きと同じく論理的で示唆に富むものであった。そして、何より物腰や話の端々ににじみ出る「他者へのやさしさ」が、御手洗潔や吉敷竹史シリーズの根底にあるのだと改めて思った。
- 『夏、19歳の肖像』
- 監督:チャン・ロンジー
- 原作:島田荘司(『夏、19歳の肖像』文春文庫刊)
- 出演:ファン・ズータオ、ヤン・ツァイユー、カルビン・トゥ、リー・モン、スタンリー・フォン、チュウ・チーイン
- 原題:夏天十九岁的肖像 EDGE OF INNOCENCE/2017年/中国/105分
- 配給:マクザム 配給協力・宣伝:フリーマン・オフィス www.maxam.jp/19/
- シネマート新宿ほか全国順次ロードショー公開中
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- 【あらすじ】大学の夏休み。19歳のカン・チャオ(ファン・ズータオ)はバイク事故で脚を骨折し入院。退屈しのぎに病室から望遠鏡で外を覗いていると、邸宅で佇む女性を見つけ、その美しさに引かれていく。そんなある夜、彼女が父親らしき男性と口論の末、ナイフを手に飛びかかる様子を目撃してしまう。男は倒れ、やがて隣の工事現場に現れた人影は、そこに“何か”を埋めていた。真実を確かめようと動き出したカンの携帯に届く、謎めいたメッセージ。自分を監視しているのは誰なのか? 事件の泥沼から美しいあの人を救い出したいという気持ちに衝き動かされ、カンは彼女――シア・インイン(ヤン・ツァイユー)に近づくのだが…。