「東西」の本から「亜州」を読み解く
アジアの本棚
『「米中経済戦争」の内実を読み解く』
津上俊哉 著
経済への影響、より複雑に
筆者は中国経済分析には定評がある、経済産業省出身の著名なチャイナウォッチャー。その人が米中経済戦争について書いたのならタイムリーだと思い、書店で見つけてすぐ購入したが、奥付をみると初版発行は2017年7月と1年前。トランプ政権は誕生していたものの、今日のように実際に中国製品に高関税をかけたり、中国メーカーを制裁するような事態にはまだ発展していなかった。
従って本書の米中経済摩擦や国際情勢に関する部分は、現実の方が先に行ってしまっているのだが、中国経済の問題点を分析した部分はよくまとまっており、現在も有用だ。特に、中国経済がいま抱えている最も大きな問題である地方政府や国有企業の過剰債務問題についての説明は分かりやすい。
リーマンショックが起きた08年当時、中国政府は世界的に落ち込んだ需要を刺激しようと、4兆元(当時のレートで57兆1,200億円)の財政出動を実行し、金融も思い切って緩和した。本書では「国有銀行に『貸出のバルブを全開しろ』という指令が下りて、2009年には銀行から借りたい放題といういっときがあった。(中略)この大金融緩和が製造業の設備投資、不動産投資、政府のインフラ投資が爆発的に伸びる引き金を引いた」としている。
その結果、鉄鋼ではリーマンショック前に年産7億トンだった設備能力が10億トンまで拡張したが、いまの設備稼働率は7割。「拡張した分だけ設備が過剰になっているようなもので、これでは投資が回収できる訳がない」。にもかかわらず、「借り続けて投資し続けるものだから、どうみても借金を返せそうにない企業が増えてくる」。この流れの末に今日の過剰債務問題がある。海外のインフラ建設を支援する「一帯一路」構想も、過剰な鉄鋼やセメントのはけ口を作る狙いがあるとされているが、海外でも過剰生産能力の消化は簡単ではない。
ただ、中国は国家財政がまだ潤沢であり、当面中央政府の負担で、国有企業や地方政府の傷んだバランスシートを支えるだろう、というのが筆者の見立てだ。しかし、これは日本でもバブル崩壊後にも行われた一種の問題先送り。中国には、フィンテックやビッグデータ解析などITを活用したニューエコノミーも急速に育っているが、上記のような過剰生産能力と債務に苦しむ重厚長大産業も少なくない。国内に2つの異なる経済が共存している形だが、本書では「国有企業改革とバブルの清算をしないのでは、中国の生産性向上はオールドエコノミーの浪費で食い潰されてしまう」と指摘している。
中国には「2020年に国内総生産(GDP)を10年の2倍にする」という大きな国家目標がある。中国共産党はその達成が貧困層の撲滅、国民の生活水準向上につながると言ってきたので、21年に建党百周年を迎えることもあり、絶対に下ろせない金看板だ。そのためには6.5%以上の成長を続けざるを得ないのだが、筆者はそうした高い成長目標を無理に実現しようとすると、改革がおろそかになりかねないという。問題先送りによる債務増加を避けるためには、無理な成長をあきらめ最終的に日本のように低成長に耐えるしかない。
しかし中国国民には、最後は政府が何とかしてくれるという根強い信仰があり、それが大きな問題になるだろう、と警告している。いまの米中経済戦争はそうした状況の下で起きているので、国内経済への影響はより複雑になっているように思う。
『「米中経済戦争」の内実を読み解く』
- 津上俊哉 著 PHP研究所
- 2017年7月発行 860円+税
【本の選者】岩瀬 彰
NNA代表取締役社長。1955年東京生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業後、共同通信社に入社。香港支局、中国総局、アジア室編集長などを経て2015年より現職