【プロの眼】台湾映画界のプロ 西本有里
第5回(最終回)
台湾映画の復活と18年期待の新作
台湾
皆さんこんにちは。最終回は、1980~90年代のニューシネマ、2000年代前半の人形劇映画のヒットを経て、台湾映画の復活がうたわれた08年以降の台湾映画市場についてリポートします。
2008年、台湾国産映画として史上最高の興行収入を叩き出し、台湾映画の商業的復活を決定づけた『海角七号/君想う、国境の南』© 2008 ARS Film Production. All Rights Reserved.
純愛映画が口コミで20億円の大ヒット
2008年晩夏、台湾映画界に大事件が起こりました。楊德昌(エドワード・ヤン)監督など、巨匠の元で経験を積んだ新人監督、魏德聖(ウェイ・ダーション)の『海角七号/君想う、国境の南』が大ヒット。当時、台湾歴代最高の興行収入(興収)を誇っていた『タイタニック』(1997年)に次ぐ5億3,000万台湾ドル(約19億6,000万円)という驚異的な記録を打ち立てたのです。
日本統治時代の1940年代と現代の台湾を舞台に、約60年間届かなかったラブレターが2つの時代をつなぐというストーリー。ラブロマンスの枠に収まらない笑いあり涙ありの展開を、情感あふれる音楽でつなぎ、老若男女の心をがっしりキャッチ。口コミ効果でリピーターが続出し、社会現象的なヒットにつながりました。
当時の台湾国産映画市場は、商業的にはどん底の状態で、台北地区(※注)の興収の市場占有率(シェア)を例にすると、国産映画の割合は0.3%~3%という低さ。日本は02年に邦画興収比率が過去最低を記録しましたが、それでも27.1%。台湾映画の苦境は歴然です。07年は李安(アン・リー)監督の米国、中国、台湾、香港合作映画『ラスト、コーション』がヒットし、占有率は7.4%まで上昇しましたが、『海角七号/君想う、国境の南』が当たった08年は、純台湾映画のみで一気に12%の大台に乗せる快挙を成し遂げたのです。
活気を取り戻した台湾映画界は、その後、ヒットの目安である興収1億台湾ドルを超える作品をコンスタントに送り出し始めます。
10年公開の『モンガに散る』は、俳優出身の鈕承澤(ニウ・チェンザー)が監督した青春任侠ドラマ。疾走感あふれる映像とエモーショナルな演出で、裏社会で生きる若者の友情と絆を描き、2億6,000万台湾ドルを稼ぎ出しました。その他にも、父の葬儀を巡って巻き起こる悲喜こもごもをユーモラスに描いた『父の初七日』や、陳駿霖(アービィン・チェン)監督のデビュー作『台北の朝、僕は恋をする』など、佳作の小ヒットが続きました。
コメディーから歴史大作まで名作続出
11年は「台湾で“ウケる”映画がどのジャンルなのか、検証が行われた年」と言えるかもしれません。その口火を切ったのは、旧正月に公開されたドタバタ人情コメディー『鶏排英雄(ナイトマーケット・ヒーロー)』。新人の葉天倫(イェ・ティエンルン)監督がメガホンを取った本作は、コメディアンの豬哥亮(ジュー・ガーリャン)の人気も手伝い、興収1億4,000万台湾ドルを記録しました。これを受け、「賀歳片」と呼ばれる家族全員で楽しめる正月映画がジャンルとして確立され、ジュー・ガーリャン主演の『大尾鱸鰻』(13年)や『大喜臨門』(15年)など、ヒット作が毎年生まれました。
また、人気ネット作家の九把刀(ギデンズ・コー)が自伝的小説を自ら映画化した『あの頃、君を追いかけた』も、興収4億2,500万台湾ドルの大ヒット。香港でも当たり、この年の中華圏映画興収1位に輝きました。これをきっかけに、過ぎ去った青春時代を振り返る“回顧型青春恋愛映画”が、一つのジャンルとして存在感を示し、後に『私の少女時代-OUR TIMES-』(15年)などの名作が誕生します。
そして11年の台湾映画界で、最大の出来事となったのが『セデック・バレ』上下編の公開です。1930年に起きた台湾先住民族の抗日暴動「霧社事件」を描いた歴史大作で、監督は冒頭で紹介したウェイ・ダーション。総統府でのプレミア上映など大々的な宣伝が功を奏し、トータル興収7億9,000万台湾ドルのメガヒットとなりました。
原題『賽德克・巴萊』は、台湾先住民族のセデック族の言葉で「真の人」という意味。ウェイ・ダーション監督は本作の撮影資金を募るため、2003年に200万台湾ドルを投資し、5分間の短編を撮影。当時、筆者はその短編DVDを持って日本の映画プロデューサー数名にアタックし、投資の可能性を探ったことがある(提供:マクザム)
この系列では、ウェイ・ダーションのプロデュース、永瀬正敏主演で、日本統治時代の野球部の活躍を描いた『KANO 1931海の向こうの甲子園』(14年)も興収3億4,000万台湾ドルの成功を収めました。
しかし、16年より台湾映画の勢いに陰りが見え始め、同年に興収1億台湾ドルを超えた作品はわずか2本に減少してしまいます。人気ネット作家の藤井樹が、本名の呉子雲(ウー・ズーユン)名義で監督した、回顧型青春恋愛映画『六弄咖啡館』は興収7,000万台湾ドル以下と苦戦。同ジャンルの『私を月に連れてって』(17年)も1,500万台湾ドルを下回る結果となりました。
17年も厳しい状況が続きました。ウェイ・ダーションのミュージカル映画『52Hzのラヴソング』、陳玉勲(チェン・ユーシュン)の『建忘村』、ギデンズ・コーの学園ホラー『怪怪怪怪物!』と、業界をけん引してきた3監督の作品が公開されるものの、いずれも興収5,000万台湾ドル以下という厳しい結果に。常に興収1億台湾ドル以上を稼いでいたジュー・ガーリャン主演作も同じ状況で、『大釣哥』は同年5月に亡くなった彼の遺作となったにもかかわらず7,000万台湾ドル以下という結果になりました。
一方、目立ったのがホラーやサスペンスなど、ジャンル映画の増加です。『紅衣小女孩(赤い服の少女)2』(17年)や『目撃者 闇の中の瞳』(17年)が商業的に成功を収めていますが、全体としてみれば、観客が既定路線の映画に飽き始めていることが明るみになった年と言えるでしょう。
オリジナル性が台湾映画の魅力
08年からのこの10年間、台湾映画界は興収的には山あり谷ありでした。しかし、ウェイ・ダーション、イェ・ティエンルンといった新しい才能が登場したほか、小説家出身のギデンズ・コーなど、映画界で実績のなかった人々が、独自性のあるアイデアでヒット作品を生むという健全な動きも見られました。邦画のヒット作は、知名度の高い原作ありきで、大手映画配給会社、テレビ局、広告代理店、出版社など、資金もノウハウもある企業が組んで製作するのが一般的です。一方、台湾にはこのように確立された産業システムがないことが逆に、オリジナリティーあふれる作品を生み出す原動力になっていると感じます。個人的には、台湾映画のさらなる飛躍には、既定のヒットジャンルにこだわらない脚本重視の映画製作、そして脚本を読み解けるプロデューサーの育成が肝要だと考えています。
最後に、18年の注目作品をご紹介します。ヒットメーカー葉如芬(イェ・ルーフェン)プロデュースのスリラーコメディー『切小金家的旅館(切小金の旅館)』は7月公開予定。それ以外に、香港発の社会派オムニバス映画『十年』の台湾版『十年台湾』や、テレビドラマ『イタズラな恋愛白書 ~In Time With You~』の脚本家、徐譽庭(シュー・ユーティン)の監督デビュー作『誰先愛上他的(誰が先に彼を愛したか)』など興味深い作品が公開を控えています。本コラムが、今後の台湾映画のさらなる展開に期待していただくきっかけになれば、これよりうれしいことはありません。
注:映画興行収入が公式発表されているのは台北地区の映画館のみで、全省の統計値は未公開
西本有里(にしもと・ゆり)