NNAカンパサール

アジア経済を視る June, 2018, No.41

「東西」の本から「亜州」を読み解く

アジアの本棚

『折りたたみ北京
-現代中国SFアンソロジー-』

SFと現実が重なる現代中国

最近読んで印象に残った中国関係の本2冊、ルポルタージュとSFという取り合わせなのだが、頭の中で響きあっている。ひとつは『食いつめものブルース 3億人の中国農民工』(山田泰司、日経BP社、2017)。農村から都市に出稼ぎに来ている「農民工」を取り上げた本はいろいろ出ているが、中国在住のフリーライターが、農村出身の廃品回収の業者や、農村の留守児童(親が出稼ぎに行って祖父母などと暮らしている子どものこと)らと個人的に交際しながら、彼らの生活や考え方を詳しく描いたのは本書くらいだと思う。

この本はNNAカンパサール3月号で詳しく紹介しているので、そちらを読んでいただくとして、もう1冊の『折りたたみ北京-現代中国SFアンソロジー-』(ケン・リュウ 編/中原尚哉ほか 訳、早川書房、2018)は最近の一押しだ。中国出身の米国人SF作家で、権威あるヒューゴー賞、ネビュラ賞を受賞しているケン・リュウ(劉宇昆)が、最近の中国を代表するSF作家7人の作品から選んだ13編を英訳して出版したアンソロジーの日本語訳。中国語でしか読めなかった作品群が、まとめて日本語で読めるようになったという意味では画期的だ。

ケン・リュウは本書の前書きで、「貧富の格差や、検閲といった現在の社会問題への風刺というコンテクストで中国のSFを読みたくなるのはわかるが、できるだけそうした誘惑に抵抗してほしい」と読者に釘を刺す。しかし、SFながら妙なリアリティーにあふれている作品も多く、『食いつめものブルース』で描かれているような現実の中国とじわじわ重なってくる。

表題作の『折りたたみ北京(北京折叠)』を例にとると、3つの空間に分かれた「折りたたみ式」都市になっている北京が舞台。この作品では、北京は富裕層が住む第1空間、中間層が住む第2空間、ごみ処理場で働く40男の主人公、老刀(ラオ・ダオ)が住む第3空間に分かれていて、毎日「交替」の時間が来ると、都市全体が折り畳まれて、新たな世界が立ち上がるということを繰り返している。老刀は第2空間にいる男から、第1空間にいる女性へのラブレターを託されて、「違法」に別の層に潜り込んで拘束される。第1空間の豊かな暮らしに圧倒されるが、また自分の世界に戻っていく、というストーリー。

作品世界の設定自体が、中国の都市内格差を強く想起させ、主人公の老刀も『食いつめものブルース』に登場する著者の友人で、廃品回収業のおじさんとイメージがダブる。中国にはもともと『聊斎志異』(りょうさいしい)や『閲微草堂筆記』(えつびそうどうひっき)に代表される怪異文学の流れがあり、異界との往来というのはよく取り上げられてきたテーマだ。こうした古い小説には「走無常」と呼ばれる、冥界とこの世の連絡役を務める人物がしばしば登場するが、別の世界を往来するという意味では、老刀も「走無常」だ。近代化の谷間で忘れられていた怪異文学の伝統が、SFの形でよみがえってきたことは興味深い。

『折りたたみ北京』の作者、郝景芳(ハオ・ジンファン)は、清華大学で物理学を専攻した若手女性作家。彼女を含めアンソロジーに収録されているほかの作家も1980年代生まれが中心で、SF関係のシンポジウムなどで何回も来日したことがある人も多いようだ。彼ら彼女らの今後の作品が非常に楽しみになってきた。(次回は関連してケン・リュウのことを取り上げます)


『折りたたみ北京-現代中国SFアンソロジー-』

  • ケン・リュウ 編/中原尚哉ほか 訳 早川書房
  • 2018年2月発行 1,900円+税

『紙の動物園』の著者ケン・リュウが、中国のSF文学をけん引する7作家の13作品を選び収録。表題作の『折りたたみ北京』は、SF小説の文学賞として最も栄誉がある賞の一つである「ヒューゴー賞 中編小説部門」を16年に受賞。

【本の選者】岩瀬 彰

NNA代表取締役社長。1955年東京生まれ。慶應義塾大学文学部を卒業後、共同通信社に入社。香港支局、中国総局、アジア室編集長などを経て2015年より現職

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